AKB48と詩経

白川静さんの、詩経を読了。

一度挑戦したことはあったのだが、そのときは、詩の読み下し文が頭に入らず、挫折してしまった。今回は、創作中の作品のため、漢文のシャワーを浴びている最中なので、すんなり文章が頭のなかに入り、無理なく最後まで読み進めることが出来た。

説話的解釈に終始し、儒教的価値観のなかで窮屈に窒息してしまっていた古代詩を開放し、古代中華民族の感情の発露を、今の世によみがえらした白川静氏の偉大な業績を、まずは賞賛せずにはいられない。はゆま的には詩経のなかで一番好きなのは、

「摽有梅」

摽(なげう)つに梅あり
その実七つ
我を求むる庶子
その吉なるに及べ

摽(なげう)つに梅あり
その実三つ
我を求むる庶子
その今なるに及べ

摽(なげう)つに梅あり
頃筐に尽きたり
我を求むる庶子
その今なるに及べ

だろうか。

来月出す本のなかでも使わせてもらったが、歌垣を交わす乙女のみずみずしい感情が、文中にあふれている。しかし、よく考えると、この詩は、うら若い娘さんが、男に向かって、情けを喚起するために、歌った歌詞で、その意味では、「AKB48」とか「おにゃんこ」とか「モーニング娘」とか、そういった系譜の起源と考えてよいはずである。それが、読み下し文で読むと、実に堅苦しい。

もちろん、読み下し文の荘重さも独特の魅力があり、決して人類史から消してはいけない響きだとは思う。中国の儒者たちが、この詩篇を経典として有難がる様を、その様ごと、翻訳しようとしたら、こうした訳し方しかなかったのだろう。

だが、たとえて言えば、現在の「会いたかった」とか「ヘビーローテーション」とかの歌詞を、数百年後の子孫の、しかもよいおっさんが、正座で大事そうに読み上げている読み方とすれば、こんなこっけいなことはない。

白川氏は儒教的解釈に封じられていた、古代詩の生な感情を、その研究によって解き放つということで、多大な業績をあげられた。だが、どうそれを日本語で読みあげた際の音律のなかに甦らせるか、翻訳するという部分での仕事には手をつけないままであった。

白川氏の志を継ぐ人、疾くあらわれよ。そう願わずにはいられない。

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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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