孔明の北伐と秦の東進

今、書いている小説のため、中国関係の資料を読み直している。で、創元社の「中国文明史図説4 雄偉なる文明」の秦の遷都ルートを見ていたら、これが、孔明の第一次北伐のルートとそっくりなことに気づいた。

孔明の第一次北伐は馬謖の失態により、街亭で潰えるのだが、街亭は秦の三つ目の首都だった秦亭のすぐ隣である。もし、馬謖の失敗がなく北伐が続いていたら、天水・南安・安定、かつて秦が関中進出前に勢力を扶植した土地を安定させた後、秦遷都の跡を追って、汧、汧渭の会、平陽、雍城、そして長安というルートを辿ろうとしたに違いない。

また、秦の東進は、周の東進の跡を追ったものでもあった。三国志の時代、殷周革命以上に正義の戦争はなく、日本の武将が、東海道を西進して、源頼朝・義経が平家を逐い天下を握ったのを真似したがったように、孔明もまた武王・太公望の正義の師を再現させたかったのだろう。孔明のファッションでも書いたが、孔明は痛烈なほどのかっこつけである。その思いは、ひときわ強いものであったように思う。

そうした観点から見ると、北伐開始時、どのルートを辿るかを巡る孔明・魏延の論争もまた違った色合いで見えてくる。純軍事的には最適解だったろう、最短ルートの子午谷を通り、長安を長駆奇襲しようという案を提出した魏延は孔明のことが分からなかっただろうし、軍事は政治のためのページェントでもあると考える孔明には魏延のことが分からなかっただろう。

ある時代の事象と類似のものを、別の時代に見出し、その両者の比較・類推をもって、考察を深める。歴史を学ぶ楽しみの最たるものはここにある。

にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ご意見、ご感想はこちら。必ず返信します

名前:
メール:
件名:
本文:

works
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR