「早春」 昭和30年の青春群像

連休最終日。はじまる前は永遠に続く、いや永遠に続けと思っていた連休にも、やっぱり終わりが来て、明日からはまた社畜生活。

はやく小説を書くことが、野々村真にとっての「世界不思議発見」のように、僕の天職になってくれないかなぁ。そんなことを思いつつ、小津の「早春」を見る。

小津といえば、定番の親娘ものだが、今回は違う。出てくる登場人物の大部分が20代後半から30代前半の若者達。そして、この映画が発表されたのも、昭和三十一年。日本が、ひょっとしたら、もっとも気力・体力とも充実していたのかもしれない時代、若者の時代だった。

それは冒頭、主人公達が駅のプラットフォームで通勤電車を待つシーンにも顕著に表れていて、活力に満ちた若者達が縁までぎっちり詰まり、現代のように眠そうにまぶたをはれぼったくさせている者など一人もいない。会社の愚痴を言いつつも、週末の合同ハイキング(昔は合ハイと略されていた。要するに合コンの起源ですな)の予定を、楽しげに語り合うなど、とにかく元気だ。

この映画のテーマの一つは、主人公杉山(池部良)と、通勤仲間の千代(岸恵子)との不倫なのだが、小津がとっているせいもあるのだろうが、微塵も暗さを感じない。それよりも、杉山と妻昌子の復元力の強い結びつき、そして杉山を中心とするコミュニティの絆の強さのようなものを感じた。

劇中、杉山のコミュニティは、大きく三つ描かれている。一つは毎朝同じ電車に乗り合わせることから、いつとはなく親しくなった通勤仲間達、二つめはかつて死線を潜った戦友仲間、三つ目は仲人の小野寺や会社をスピンアウトしてバーを経営している河合(山村聡)のような会社仲間。

三つ目は主に上役達で上下の縦関係だが、一つ目と二つ目は今現在の視点から見ると面白い。単に同じ電車で乗り合わせる程度の縁で仲間が出来るということもそうだし、そのコミュニティの仲間達が、勤め先も学歴もまるで違うという点も興味深い。特に戦友仲間達は、丸ビルにつとめるエリートサラリーマンの杉山に対し、鍋工場の経営者や、ラジオの組み立て工など、ほんとバラバラ。しかし、そうした人間達が集まって、あまり階層の違いを感じさせずに、楽しげにお喋りしたり、飲んだり、麻雀したり、合ハイしたりしているのだ。

多分、この時代は、こうした階層の違う人間が、それでもフラット感を失わずに、集まれる若者のコミュニティが幾つもあったのではないだろうか。そして、こうした集まりは、遊びという面だけでなく、ビジネスにおいても、有効に機能していたものと思う。また、誰彼が出世し格差が生じたとしても、同じコミュニティの仲間として、嫉妬や怒りを抑え、社会治安を安定させるという点で、実に重大な役割を果たしていたに違いない。

昭和三十一年は、水俣病が公式に確認されるなど、高度経済成長の矛盾もあらわれだした時代だった。しかし、斜陽の老いた日本で今を生きるはゆまには、早春という不倫をテーマにした映画に、どうしても国力と社会基盤の強さ、そして人々の結びつきの確かさを感じてしまうのでした。

にほんブログ村 小説ブログ 小説家志望へ
にほんブログ村

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ご意見、ご感想はこちら。必ず返信します

名前:
メール:
件名:
本文:

works
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR