海の上のピアニスト アメリカへの夢

新年初買い物ということで、鶴見の三井アウトレットパークに行って来た。シャツにパンツをお買い上げ。明日、飲みに行くから、早速着て行こうっと。

帰ってからは、huluで「海の上のピアニスト」を見る。

監督は「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ。廃船直前のヴァージニア号から、タキシード姿の1900が出てくる幻想的なラストシーンといい、ストーリーは少々難解だが、美しい映像、美しい音楽、それらに身を預けているだけでも十分楽しめる作品になっている。

しかし、一応はゆまも物書きのはしくれなので、解釈的なものを言わせてもらうと、1900は旧大陸が新大陸に抱いた幸せな夢の象徴なのだと思う。この物語の主要な部分は、コーンと1900がヴァージニア号で出会う1927年から、コーンが下船する1933年までの五年間だ。

この五年間はアメリカにとって、最も幸福な時代だった。リンドバーグが大西洋の単独無着陸飛行に成功し、ミッキーマウスがロサンゼルスのスタジオで生まれ、ヤンキースタジアムではベーブルースがホームランを量産、ニューヨークではスコット・フィッツジェラルドがゼルダと共に遊び狂いながら小説を書き散らしていた。勿論、作中出てくるように、ニューオリンズでジャズが全盛の時代でもある。

第一次世界大戦で誇りを傷つけられたヨーロッパにとっては、まばゆく仰ぎ見るような国だった。何百、何千万という人々が、まっさらな夢を抱きつつ、大西洋を越えていった。また、父親代わりのダニーを失った1900に「ongaku」とささやく日本人女性が登場するように、そのなかには日本人の姿もあったはずである。

移民船でもあったヴァージニア号に産み捨てられた1900は、いわばそうした何百、何千万という移民全員の子供であり、彼らの抱いた夢の落とし子だった。しかし、アメリカへの夢は、挫折であれ、成就であれ、到着してしまえば消えてなくなってしまう。ただ、永遠に米国にたどりつかない移民ともいえる1900の身の内にだけ、その夢は不滅のまま息づいている。

そう考えると、不可解にも思える1900の下船の決断を下しながらそれを翻しNYに背を向け船に戻るシーン、またコーンの忠告を断り、海上で爆破解体されるヴァージニア号と運命を共にするシーンも納得できる。1900が陸に降り立つことは、夢の終わりなのである。

コーンが下船するのは1933年。世界恐慌への対策としてロンドンで行われた世界経済会議は失敗に終わり列強のブロック経済への傾斜はますます激化、ドイツではナチスを率いるヒトラーが首相に選ばれる。日本もまた、国際連盟から脱退。世界中がお互いに背を向け始めた時期だった。そして、コーンが楽器店にトランペットを売りに訪れ、1900の物語を語るのは、第二次世界大戦による大いなる破局の直後だった。

この間に、旧大陸がアメリカへ抱いた夢の形の一つは終わりを迎える。だから、1900もまた大戦直後のこの時期に、ヴァージニア号と運命を共にしなくてはならなかったのだ。では、それでアメリカへの夢は終わってしまったのだろうか?

否。

売り飛ばされた1900のピアノのなかから見つけ出されるレコード、そして語り続けられていく1900の物語と同じく、アメリカの夢は形を変えながら永遠に生き続けていくのだ。「人生は無限だ」そう叫ぶ海の声に引き寄せられる何百万という人々の心のなかで。

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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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