武士道 狼のルール

武士道について、あれは江戸時代に官僚化した侍が作ったもので戦国時代の血膨れした武士とは別物だとか、いやそもそも新渡戸稲造がねつ造したもので日本にそのような美徳は最初からなかったという人がたまにいます。

しかし、武士道を「儀礼化したディスプレイによって攻撃衝動を抑える仕組み」と定義すると、それは平将門の時代からありました。

そもそも野性動物は皆「儀礼化したディスプレイによって攻撃衝動を抑える仕組み」を本能的に備えています。狼はどれほど激しい喧嘩を行っても、相手がお腹を見せたら攻撃をやめますし、猿も勝者が敗者にまたがって、マウンティングの体勢をとればそこで闘争は終わりです。

これは相手を完全に滅ぼし尽くす、バトルロワイヤル的闘争をやってしまうと、群れ総体の力が弱まってしまうからで、敗者は劣位にはおかれますが、放逐されることなく、体面をそれなりに保った形で、群れのなかで遇されることにます。

ただ、ボスが負けた場合は別です。狼も猿も、多くの場合、敗北したボスは、群れから追放されるか殺されます。劇的なのは山羊の場合です。山羊のボスは、挑戦してきた若者に敗れると、群れから背を向け、急峻な崖の斜面に立ちます。そして、そのまま何も食べず、何日も何日も立ち続けるのです。やがて、空腹と戦いの傷で力尽きると、彼は崖から転がり落ちるという形で、自らの命を絶ちます。これは数少ない野生動物の自殺の例なのだそうです。

このように野生動物は、儀礼化したディスプレイによって攻撃衝動を抑え、勝者と敗者の立場を決め、群れのなかに取り込む、あるいは追放する仕組みが、本能にプログラミングされています。

ただ、人間は大脳の過剰発達によって、本能がこわされてしまいました。そのため、どこで矛をおさめるか、勝者は敗者をどういたわるか、敗者は勝者にどう服従するか、といった問題は、本能ではなく、文化の形で規定しようとしました。

なので、どんな原始的な部族でも、人間の集団なら皆、ある程度の戦いのルールは持っています。ただ、それが極度に洗練され、道といわれるまでのレベルに至ったのが日本だけだったということです。

これは民族集団が出来た初期の段階から、自分達の世界を狭い島国と認識していたこと、そして人種的にはかなり多様でありながら、政治的には高度に統一されていたことに起因するのだと思います。群れのなかでの闘争だという意識が常にあったということですね。ユーラシア大陸的感覚から言えば、まだ勝負がついていない段階で、さっさと腹を切ってしまう、いさぎよい武士達の姿は、崖の斜面に立ち続ける山羊のボスを想い起こさせます。

ひるがえって、現在の世界をかえりみると、輸送機器の発達で世界は狭くなり、人間の持つ武器は巨大になり過ぎました。武士道という名称でなくとも、「儀礼化したディスプレイによって攻撃衝動を抑える仕組み」を、全人類共有の文化として持つべきなのではないでしょうか。

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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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