女性の名前について

前回の記事で丁夫人について「名は伝わっていません」と書きました。別に他意なく書いたことですが、ニュアンスが誤って伝わるといけないので、補足します。

歴史書に女性の名が残っていないのは、中国だろうが日本だろうが、はたまた西洋だろうがよくあることです。これは男尊女卑で女性が軽んじられていたからだという解釈が一般的ですが、この問題は実は少し微妙なのです。

まず、古代社会では東西問わず実の名を呼び捨てにすることは禁忌でした。名をよばれるというのは、魂をわしづかみにされるのと等しい行為で、悪くするとのろいの対象になってしまうからです。そのため、三国時代の英雄達もみな名前のほかに字を持っていて、通常こちらで呼び交わしいあいまし た。

「おい、劉備」なんて呼び方はしないということですね。「おい、玄徳」と字の方で呼ぶのです。また、役職を持っている人の場合はそちらの方を使い ます。だから、曹操は仲がよかった時代、劉備のことを「劉豫州殿」と呼び、劉備も曹操のことを「司空殿」とよんでいたはずです。

じゃぁ、名前は誰が使うのかというと、お父さんお母さん、もしくは塾の先生のように、魂を特定されてもかまわない存在の人たちが使います。また、 何がしかのトラブルがあって、相手の魂をどうにかして消滅させたい、端的に言うとぬっころしやりたいと願っている人も名前を使います。だから、曹操と劉備も、宿敵同士になったあと は、「備!」「操!」と、ダウンタウンの黒人のように名を呼び交し合う仲になっていたはずです。

さて話は戻って女性の場合。女性は巫女とか魔女とか魔法少女とかになったりすることから分かるとおり、魔に近く、のろいをかけやすく、またかけら れやすい存在と思われていました。そのため、本当の名前については、男性よりももっと厳密に守る必要があります。1950年代に「君の名は」とい うドラマがありましたが、昔は本当に「君の名は」と女性にたずねることは求婚と同じ意味でした。いや、それどころか、父や夫に伝えるものすら仮の名で、 本当の名前は母しかしらないというケースもあったのです。

こうした価値感のなかでは、「貴方のお母さんの名前なんていうの?」と聞くのは、「お前の母ちゃんの裸見せて」というのと同じくらい失礼なことで した。司馬遷や陳寿のような歴史家が気楽に聞き取れることではなかったのですね。また、後代まで残る歴史書に実際の名前を書かれることは、女性にとっても裸の写真がずっと記録されるのと同じことで、ありがたくもなんともなかったのです。

前漢劉邦の妻の呂太后は、珍しく雉という名前が残っていますが、これも彼女が劉邦没後、代わりに政治を取った偉大な女政治家だったから記録されているというより、死後その一族が族滅の憂き目にあってしまったために、秘すべき族母の名前も公になってしまったと見るべきでしょう。

こんな風に過去の出来事を見る際に、性急に今のものさしで計ろうとすると、当時の心情や感覚を無視して、まったく事実と違った結論を導くことがよくあります。特に女性の扱いについては、昔は男尊女卑の世界だったという固定観念があるので、誤読しやすいのですね。

はゆまも別に昔の女性に対する取り扱いがフェアだったと言う気はありませんが、過去は過去で、霊的にも身体的にも女性を保護し尊重しようという営みはちゃんとありました。そのなかには、女性の時代と言いながら、実は女性性というのは微塵も尊重されていない現代よりも、よほどうまく出来た仕組みが幾つもあったのです。

はゆまは歴史小説を書いていくことで、そうしたいつの間にかどこかに置き捨ててしまった宝石を拾い上げ、ほこりを払ってやる作業をしていきたいと思います。

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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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