靖国神社考

神社についてつらつら考えている。

日本の多くの文化がそうであるように、神社もまた中国起源である。
古代中国では、自分の邑で旅人が斃死した場合、墓を作るだけでなく、社を作って手厚く祀った。

どうしてかというと、旅人は目的の場所がどこか別にあったはずで、魂はそれを求めてさまよいでやすい。黄泉の世界から、うつし世に出た魂は、きっ とわが邑に害をなすだろう。そうならないように、通常の、死体の上に重い石を置く、つまりお墓という物理的な封じ込めのほかに、社というスピリ チュアルなバリアも置いて、二重に封じ込めをはかった。これが、神社の起源である。

時代が下ると、社は旅人だけでなく、強い思いを残してこの世を去った人達にも設けられることになった。例えば、春秋時代の呉のごししょは、主君ふ さに死を賜ったが、その激情ゆえ強い怨念を抱いている、と人からおそれられた。結果、各地に社が設けられ、端午の節句のように、彼の無念を慰める 儀礼も行われることとなった。

中国の社が伝わり、独自発展を遂げた日本でも、神社の目的は結局のところ同じである。例えば諏訪は、はじめ土ぐもがすみ、それを出雲族が追い、最 後に天孫族が侵略してくるという、因縁深い土地だが、そこに築かれた諏訪神社は、鹿の生首に、猪の生肉を捧げ(土ぐもの祭祀儀礼)、建御名方命、八坂刀売命(出雲族の神)を祀っている。最終的な勝者となった天孫族が何を畏れ、誰を封じ込めようと したか、ことさら説明しなくても明白であろう。

また、日本で最も有名な怨霊神、菅原道真が祭られている北野天満宮も、藤原氏の自分達が陥れた政敵を畏れる気持ちが作らせた。元寇の敵側の死者が 祀られている元寇神社も別に博愛の精神によって出来たわけではなく、他神社と同じく敵方の怨みを畏れる気持ちがそうさせているに過ぎない。

つまり神社の本来の目的は、死者のこの世に残した強い思いの影響を遮断、ブロックすることなのである。この時、死者が生前、善人であったか、悪人 であったかは関係ない。斃死した旅人が、強盗にむかうところであったかもしれないし、殺人を犯した後の逃亡犯であったかもしれないことを、古代中 国人が考慮しなかったようにである。

である以上、神社に祀られている人々に祈りをささげることと、その生前の考えを引き継ぐこととの関連性はない。そうでなかったら、天孫族は諏訪神 社に敵対民族の復活を願ったことなるし、藤原氏の人々は北野天満宮に自家の勢力を削ぎ天皇親政を願ったことになる。元寇神社にお参りしている人々 となると正気を疑われるレベルになるだろう。自民族の滅亡を願っていることになるのだから。

ここで靖国神社にまつわる議論を振り返ってみると奇妙なことになることに気づく。「軍国主義者を祀る神社などけしからん。お参りするな」と言って いる人達が、その軍国主義者たちの思いをこの世に野放しにしておいてよいと言っていることになるし、「いや愛国者達だ。その意志を引き継ぎ、きち んとお参りするんだ」といっている人たちが、その愛国者たちの思いを封じ込めようとしていることになる。お互いの議論が相手にむかわず、自分の後 頭部に突き立っているのだ。

神学論争という言葉からも分かるとおり、宗教議論は、何がなにやら分からなくなることが多いが、そのなかでも、最も奇妙な論争が、この靖国神社に まつわるものだろう。一度みな冷静になって、祈るとか、祀るとかいうことが、自分の精神のなかで、どういった意味合いを持っているのかきちんと問い かけた上で、話し合いを進めていくべきだと思う。

ちなみにはゆまは靖国参拝論者です。枕元にカーキ色の軍服着た人が立って「大東亜共栄圏どないなってん?」と聞かれるのはしんどいので。

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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