花武担 第五章 友というもの(六)

 姜維と羅憲が、風のように走り去った後、急に簡雍の屋敷はガランとなった。それまで、二人の少年が発していた何か充実したものが、彼等と共に去っていったようだった。

「で、君は誰じゃ?」

 簡雍は、泣きじゃくる張嶷の側にいるタイ族の少年に声を掛けた。

少年は首をひねる。

燕の訛りの強い簡雍の言葉が分からなかったのだ。

 代わりに、蘭が答えた。

「阿嶷達が、乱暴されていたときに助けてくれたの。この子も、殴られたのよ」

 簡雍は、タイ族の少年に、頭を下げた。

「そうか。わしの舎弟が迷惑をかけたの。この通り礼を言うぞ」

 タイ族の少年は、老人から頭を下げられたので、ちょっと戸惑ったようで、そんなに気にしないでくだいという風に手を広げた。

「名前を聞いてよいかな?」

 簡雍は、少年の名前を聞いた。
 
 これは察したらしく、 

「マウクワク」

 と少年はタイ族の音で答えた。簡雍には、どこまでが姓で、どこからが名前か分からない。

「どんな字を書くの?」

 今度は、蘭が聞いた。

 すると、少年は蘭の手を取り、その掌に字を書いた。同世代の男子が苦手なはずの蘭が、少年の仕草が、あまりに自然だったので、黙って掌を差し出してしまっている。少年は、雲南高原に吹く風のような微笑をたたえたまま、蘭の柔らかな手の上に、褐色の指先をすべらした。

「孟獲」

 と少年は書いた。

「建寧の、孟家の子かね」

 簡雍が言った。孔明の南蛮征伐後に異民族でありながら、蜀漢政府から土豪として認められ、支配機構の中に組み入れられた八つの一族があった。建寧八大姓と言われる、焦・雍・婁・爨・孟・量・毛・李の八家である。孟氏は、この八大姓の一つであった。

 ちなみに、この八大姓の中の李家は、馬超を劉備に帰順させたことで有名な李恢の一族である。彼は、孔明の南蛮征伐時にも、一軍の大将として馬忠と共に大活躍したが、同胞相手の戦にやり過ぎてしまい、戦後しばらくしてから、漢中に移住してしまっている、ということはすでに書いた。孟獲は、その李恢の去ったあとの空き家に寄寓しているらしい。

「勉強をしに来たよ」

 彼は、そう言うと笑ったが、このような異族の大姓の子供を、成都に置くのは、人質の意味もある。その点では、張嶷が、成都に来た時に、連れていた酋長の息子達と同じである。しかし、彼からは、そういった境遇にいるという悲愴感は、あまり感じられなかった。自由気儘に、大都会での生活を楽しんでいるようで、全く屈託というものがない。

「あまり、男の子が泣かないよ」

 孟獲は、まだ泣きじゃくっている張嶷の頭を撫でた。

「だって、僕のせいで、休然が。それに、伯約も文則も、喧嘩に行ってしまったし」

「あなたのせいじゃないよ。悪いのは、殴ってた奴ら。泣かないで」

 孟獲は、励ました。慈しみの心が強い少年らしい。

「そろそろ、私は行くけど、元気だしてね。倒れてる子にもヨロシク」

 立ち去ろうとする孟獲に、張嶷が声を掛けた。

「助けてくれて、ありがとう。ごめんね。君も殴られたみたいで」

 孟獲は、気にするなという風に、首を振った。

「また、会えるかな?」

 張嶷が聞いた。

 孟獲は、瞳を上にあげて、ちょっと考える風だった。

「僕、君達の言葉しゃべれるよ」

 張嶷が、言葉を重ねた。

 孟獲は、驚いたようで目を丸くした。その後、

「プアン」
 と言った。

 自分と張嶷を交互に指差す。プアンは、タイ族の言葉で、友達という意味である。

 張嶷は、それに答えて「プアンクラップ」と言った。友達ですよ、という意思を告げたわけである。

 孟獲は、それを聞くと、また例の魅力的な微笑を、その褐色の顔に浮かべた。自民族の言葉で話せる人間がいるのが、嬉しかったのだろう。

 孟獲は、最後に、「パイレーゥナクラップ」と言うと、立ち去っていった。パイレーゥナクラップ、タイ族の言葉で、また会いましょう、という程の意味である。

 張嶷、孟獲。この二人の少年は、後に雲南高原を舞台に、片方は中華の文化・文明の光彩を背負って、片方は南中の数十の民族の誇りをかけて、大地を割るような、ほとんど神話的な戦いをすることになる。世に伝えられる、孔明の「七縱七禽」の故事の真の主役は、彼等であった。


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この記事へのコメント

- 伯倫 - 2014年09月19日 02:55:28

いやはや…何といいますか、かなり思い切ってメスを入れておりますな(;^ω^)
私もこの勢いに続きたいものです(*-∀-)ゞ♪

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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