花武担 第五章 友というもの(四)

 蘭は、小城での買い物のあと、家路を急ぐところだった。

 成都の秋の風物詩である乳白色の霧が濃く出、すぐ前を行く人の背中も白色のなかに溶け入って、ときに見えなくなる。

「いやだな」

 と、蘭はひとりごちた。

 花江の向こう岸は苦手だった。

 商売用に限られた小城のなかはまだましだが、そこを出ると、見知らぬ街なかのような、風景と遠い自分を感じる。回りを取り囲む、背の高い、豪壮なお屋敷たちも、こちらに背を向けた、見知らぬ大人の背中のように見えた。

 霧をついて吹く風が、寒々しく、何か嫌な予感がする。

 早く市橋を渡ろうと、臨江の塩の入った竹篭を持ち直し、歩みを速めようとしたとき、前方で何か騒ぎが起きていることに気付いた。

 場所は、太学の近くだ。この辺りは、甘やかされた若様たちが、たちの悪い面倒事を起こす場所でもある。老将軍が一度大暴れして、しばらくはしょげかえった風だったのだが、最近はほとぼりも冷め、またもとの元気を取り戻したらしい。

 巻き込まれないようにと、野次馬を横目に、さっさと歩き去ろうとした。が、何か張嶷の声を聞いたような気がして、ピタと足を止めた。

 まさかと思いながら、野次馬の肩越しに、様子を伺ってみる。

 そして、驚いた。

 張嶷が、泣き叫び、最近よく簡雍宅に遊びに来て、何度か声を交わすこともあった柳隠という少年が、ひどい乱暴をされていた。いや、乱暴などという生易しいものでは無い。一歩間違えれば、死に至るような殴られ方、蹴られ方だった。

 何とか止めなくてはと、野次馬に助けを求めたが、皆後難を恐れて、手をこまねいている。

 相手は、有名な名流の子供達である。実家に帰れば、地平線まで続く田畑、果樹園、生簀、そして一家郎党の住む巨大なウ(城塞)を持っている。下手に関わると、どのような災難が待っているか。

 野次馬の大人達は、力無く首を振るばかりで、何もしてくれない。蘭は、情けなさに、喉の奥に酸っぱい小石がつまってきて、泣きたくなった。

 と、何の騒ぎだ?と、ちょうど通りかかった少年と目が合った。

 少年は、褐色の肌、くっきりとした二重瞼、紺色の鉢巻をし、竹のようなしなやかな身体をしていた。タイ族の少年のようだが、目元にタイ族特有の険しさがない。漢族の血も幾らか混じっているようだった。

藁にもすがる思いで、蘭は、この少年に助けを求めた。

「友達が、乱暴されてるの。助けて」

 少年は、蘭を見て、暴行の現場を見た。

そして、ニッコリと微笑んだ。

 タイ族は、漢族から見ると突拍子も無いタイミングで笑うと言われる。今もそうだったが、しかし、何とも良い笑顔だった。四時如春と言われる雲南の土地そのものを思わせる笑顔だった。思わず、蘭は見とれた。

 彼は、スラスラと野次馬の群れを抜けると、暴行の現場に、ふわりと鳥のように降り立った。

 タイ族の少年は「やめよ」と言った。訛がきつい。漢族の言葉は苦手なようだ。

「何だ。てめぇ」いじめっ子達が、今度は彼を取り囲んだ。

「君達は強い。皆良く分かった。十分」

 タイ族の少年は、そう言うと、また笑った。いささかも、少年達を恐れている様子がない。

 いじめっ子達は、愚弄されたと逆上し、今度はタイ族の少年を殴りだした。

 しかし、この少年は、殴られても殴られても、竹のような素晴らしい復元力で、元の体勢を取り戻す。そして、決して笑顔をやめない。

 やがて、いじめっ子達の方が疲れてきた。さらには、野次馬達も、タイ族の少年の勇気に後押しされてか、囲みを縮め、口々に、「もう、やめてやれ」と叫び始めた。

 いじめっ子達も、形勢が悪くなってきたことに気付き、鼻白んできた。

 蘭は、倒れている柳隠と、泣きじゃくる張嶷の元に駆け寄った。柳隠の顔は赤黒く膨れ上がり、張嶷は、小さな拳で、しきりと涙をぬぐっている。蘭は、いじめっ子達を睨みつけた。

「こんなにまでする必要が、どこにあるのよ!」

 いじめっ子達も、蘭に言い返した。

「黙れ! 女が、えらそうな口を叩くな」

 下手をしたら、蘭にまで、手を出しそうな空気だった。しかし、タイ族の少年が笑みを含んだまま、少年達と蘭の間に身体を入れた。

「女に手を出す。あまりよくないね」

 そして、笑顔のまま、顎を引き、いじめっ子達一人一人の顔を睨んだ。笑顔の奥で、目が光っている。タイ族は、普段は処女のように温和だが、一旦怒ると手のつけられないような荒れ狂い方をする。いじめっ子達も、殴っても殴ってもビクともせず、さらには段々笑顔が大きくなってくるような、この少年が怖くなってきた。

 野次馬の罵声も激しさを増し、いじめっ子達も、ようやく立ち去ることにした。彼等の一人が、去り際、倒れている柳隠に向って、唾を吐きかけたが、蘭が、手でそれを払った。

「貞に加勢され、哀牢(タイ族に対する差別語)に助けられ、最後は、女にかばわれるとはよ」

 彼等は、最後にそう言うと、笑いながら、太学に入っていった。後には、踏みにじられた蜜柑と林檎が、屍のように転がっていた。

→ 花武担 第五章 友というもの(五)

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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