花武担 第五章 友というもの(三)

 柳隠は、唇をかみ締め、拳を握り締めた。自分のことなら、いくらでも我慢が出来る。しかし、友人の張嶷や、師である簡雍についてまで、言われるのは自分の身を切られるより辛かった。

 ふと気付くと、張嶷を見る四人の目が、ひどく湿度の高い、そのくせ温かみは微塵も感じられない、爬虫類のような嫌らしい視線になっていた。柳隠は、この四人が、好色かつ早熟で、まだ何の仕事をしたこともないくせに、二、三人の蓄妾をやっていることを知っている。

「なぁ、貞のあれってどうなってるのかな?」

 いじめっ子の一人が言った。

 四人は、この企みに、大いに興が湧いたらしく、皆一様に、見よう、見ようと騒ぎ出した。女を抱く前のような、上気した顔になっている。

 張嶷は、彼等の爬虫類のような目と、血と脂で膨れたような面付きを見ると、無数の毛虫に足元から這い上がられるような悪寒を感じた。物心ついたころから、劉備、馬忠、簡雍と、時代を代表する一流の男から養育されてきた彼は、このような低劣極まりない人間というものを見たことが無かった。

 四人は、身を固くしている張嶷をすっかり取り囲むと、美しい振袖を後ろ手にまわして掴みあげ、身動きが取れないようにした。

「ここでは、人目があるから、太学のなかにまで連れ込んじまえ」

 張嶷は、彼らの手が触れている部分を、自分の身体ごと切り裂きたいほどの嫌悪を感じながら、先ほどからの暴言の衝撃で、胸も悪くなり、気も遠くなってきていた。目の前が赤と黒の光でチカチカしだし、もう忘れたはずの、去勢されたときの情景が浮かんできた。赤黒い血で汚れた曲刀と、鉄さびの匂い。恥ずかしさや、悲しみや、痛み。

 ゆっくりと視界が、黒い靄に包まれ、張嶷の全身から力が抜けさっていく。

 柳隠は、張嶷の様子がおかしいのに気付いた。

「頼むから、やめてくれ、用があるのは僕だろう」

 何とか、張嶷から、この下劣な若者達を引き離そうとする。この穢れた魂の持ち主達は、冗談でなく、本気で人の傷口を白昼暴いて見ようとしているのだ。しかも、単に面白そうだからという理由で。

「うるせぇ!」

若者の一人が、柳隠を突き転ばす。それでも、割って入ろうとすると、一番大柄な少年が、丸太のような腕をふるって、柳隠の頭を殴った。頭の芯まで、ビィンと響く凄まじい一撃だった。柳隠が、頭をかかえて、うずくまると、いじめっ子達の嘲笑が振ってきた。

 柳隠は、頭をクラクラさせながらも、張嶷の身を案じ、顔を上げた。張嶷は、大柄な少年に、米俵のようにかつがれ、かどわかされようとしていた。いつもは太陽を思わせる光のこもる瞳が灰色になり、瘧のように身体を震わしている。

 その様子を見たとき、柳隠の中で、何かがはじけた。あふれるような激情が、これまで彼が抱いたことも無い感情が、小さな身体を満たした。

「こいつら、絶対に許さない」

 あつらえ向きに、太学の壁を補修するための磚が、回りに散乱している。無我夢中で、そのうちの一つを取り上げた。そして、それを、張嶷を抱えている少年の顔に叩きつけた。彼の勇武を、世界に見せ付けた最初の一撃だったのかもしれない。

 磚を叩きつけられた少年は、鼻血を出しながら、かかえている張嶷と一緒に倒れた。倒れた拍子に、張嶷の持っていた袋も投げ出され、蜜柑や林檎が、周りに散らばった。

 いじめっ子たちは、石がしゃべったのを見るような目で、柳隠の抵抗を見た。柳隠が、庶民階層出身の人間が、自分達に逆らうなどとは考えてもいなかったのだ。

 柳隠は、倒れている張嶷に駆け寄った。張嶷は、真っ青な顔で、震えている。薔薇色の頬も、すっかり色を失ってしまっていた。

 助け起こそうとしたその時に、凄まじい蹴りが、柳隠の腹を捕らえた。

 立ち上がった大柄な少年が、反撃に出たのだ。
「この野郎、ゆるさねぇ」

 柳隠は、自分の身体すべてが、蹴られた腹部に巻き込まれ、くるまれ、落ち窪んでいくような痛みを感じた。胃の腑が、きゅぅとし、すっぱいものがこみ上げ、吐いた。息が出来ない。

 大柄な少年は、それにもかまわず、柳隠の襟を掴む。怒りで、顔が赤黒くなり、醜悪な顔が、さらに醜くなっていた。

 柳隠も必死だ。張嶷に向って、早く逃げろと手を振りながら、その襟を掴む手にくわっと噛み付いた。

「あぁっ」

 大柄な少年は、悲鳴をあげた。こいつ!と言いながら、その大きな拳で、柳隠の頭やら顔やらを、めったやたらに殴る。殴るたびに、ごつぅん、ごつぅんという凄まじい音が鳴り響いた。それでも、柳隠は顎を外さない。

 他のいじめっ子達も、加勢に出た。この程度の低い暴君たちは、自分達の権威が、ちらとでも脅威にさらされたことが許せず、残忍さを増していた。

 一人の少年が、助走をつけた残酷非情な蹴りを柳隠の背中に入れた。ついに、柳隠は倒れた。

 その倒れた人間に対しても、いじめっ子達は、足蹴にし、立ち上がらせては殴り、また足蹴にしを繰り返す。

 張嶷は、まだ、頭がボンヤリとし、耳に栓を詰められた時のような遠さで世界を感じていたが、こわれた人形のようになった柳隠が、いじめっ子達の間で、クルクルと弄ばれているのを見て、ようやくハッとなった。

 このままでは、本当に柳隠は死んでしまう。

 張嶷は、泣きながら、傷だらけの柳隠の身体の上に覆いかぶさった。

「やめて、やめて」

 張嶷は、自分を守ろうとしてくれた小さな英雄にしがみつく。

 しかし、いじめっ子達は貴種の血筋らしい冷血さを発揮して、攻撃を全くやめようとしない。張嶷は、柳隠から剥ぎ取られ、突き転がされた。

「お前の料理は、また後でしてやるよ」

 シシシッと四人は怪鳥のように笑った。

 このまま殴り続けたら、柳隠は死ぬかもしれないが、所詮は庶民の出。なぁに、自分の名流の血が守ってくれる。自分に逆らった庶民を叩き殺すというのも、一興ではないか。自分の勇武を表すエピソードとなってくれるだろう。

 この未完成で、未熟で、身震いすることを知らない、名門の子供達は、そう思っているようだった。

→ 花武担 第五章 友というもの(四)

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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