花武担 第四章 四聖(三)

 春秋は風のように過ぎ、いつしか暦の上では秋になっていた。だが、処暑も終えたというのに、成都は暑いままで、霧が出る日も多く、うっとうしい日が続いている。

「濡れた布団を被っているような」

 と姜維などは、蘭がいないときにこぼした。

 乾燥して明朗な空気の涼州で育った姜維には、水気の多い成都の空気はやりきれない。また、蜀人の南国的な怠惰さや、放埒さといったものも、気質にあわないようだった。そのため、誇り高い性格もあるのだろうが、他の諸生たちと折り合う事が出来ず、太学での友人も少なかった。しかし、それでも二人ほど、仲の良い友達が出来ていた。

 一人は、広漢の名族、羅氏の子供で、名を憲、字を令則という。羅憲は、大柄な少年で、年は十五で、姜維や張嶷より一つ上なだけだが、身の丈はすでに七尺七寸ある。腰回りも雄大で、腕は丸太のように太く、太紐のような立派な縒りが出来ていた。育ちのよさが、健やかに人格に反映されていて、肉置きが豊かすぎて、二重にくびれた顎を、人からからかわれても、言われた当人が一番おかしそうに笑っているというような、陽気で朗らかな子供だった。彼の側にいるものは、日向に出たような気持ちになった。

 もう一人は柳隠(りゅうおん)、字は休然。年は姜維や張嶷と同じ十四歳で、成都出身の子供だが、城内で生まれたわけではなく、東南三里ほどいったところにある柏合村が産である。とくに家柄がよいわけではないのだが、彼の家族が、作人として孔明の桑畑を管理していた関係で、特例で太学に入れてもらっている。羅憲とは対照的に小柄で、張嶷と同じくらいしかない。河原に転がった石のようにゴツゴツした顔に、張り合いのない目鼻がショボショボという感じで並び、身ごなしも、油の刺していない馬車のように、どこかギクシャクとしている。着ている服も、そちこちすり切れ、袖は鼻をふいたあとで、いつもてかっていた。貧乏くさい少年で、自分の身に突然湧いた幸運を取り扱いかねている様子だった。

 まず羅憲が、姜維に話しかけて仲良くなった。

「李縊を、やっつけたそうじゃん。俺も、あいつ嫌いだから、すっきりしたよ。でも血を流すまで殴りつけるのはよくないな」

 彼はそう言って、姜維の肩を抱いた。李縊との一件以来、太学で腫れ物のように扱われていた姜維に、初めて屈託なく話しかけたのが羅憲だった。

 柳隠は、家柄のよい若様連中から苛められがちなところを、何かと羅憲からかばってもらっていて、いつも金魚の糞のように彼のあとをくっついて歩いていた。そのため、羅憲と姜維が親しくなると、自然彼も姜維と話すようになった。

 外見も性格もまったく違う三人だが、どこか馬が合うのか、いつの間にか、太学では、いつも一緒に過ごすようになった。

 ある日、講義も終わり、三人で太学内の市場前の、槐の木陰でおやつの甘蔗をかじっていると、羅憲が姜維に、何故太学が終わった後、簡雍の屋敷に遊びに行っているのか理由を聞いた。

 簡雍という、羅憲が私淑している殿中無双といわれる博士、譙周を打擲したうえ、太学の誇りだった蔡ようの石碑の半分以上を一人で破壊した老人は、諸生達の間では魔王のように畏れられていた。

「張嶷っていう同じ年くらいの友達が、簡老師の家にいるんだ」

 姜維は答えた。

「どんな子なんだ?」

 羅憲は、その張嶷という子に興味を持ったらしい。

「ちっちゃくて、女の子みたいな顔して、止むこと無い雨だれみたいにお喋りな子だよ」

 姜維は、張嶷について、いくつか話しをしてあげた。巴西の出身であること、幼少期先帝の庇護下にあったということ、崩御後は牂牁太守馬忠の養育を受け、今は成都での遊学のため簡雍に預けられていること。

 あの微妙な問題もあったが、事情があって去勢され、通常の体でないことについては、むきつけな言葉は使わず、察することの出来る程度の表現にして、姜維は伝えた。無愛想な少年だが、その程度の心遣いは出来る。

 羅憲も柳隠も、常よりは感の敏い子供で、その辺りの機微については、たちどころにさとった。そして、別にそのことで、まだ見ぬ、未知の少年の重りの目方を変えるような子供では、二人ともなかった。羅憲と柳隠は、張嶷に会いたがりだした。

「面白そうな子じゃん。それに簡老師も有名な爺様だから、会ってみたい」と羅憲。

「簡老師は、雲長様(関羽)や益徳様(張飛)にも遠慮しなかった人というけど、大丈夫かな?でも、その張嶷って子には会ってみたいかな」と不安げに、こちらは柳隠。

 あまりに二人が、うるさく張嶷と簡雍に会いたがるので、姜維は簡雍邸まで連れて行ってあげることにした。

 羅憲と柳隠が初めて簡雍邸を訪ねた時、張嶷は白地に桃色の縁取りの錦衣を着、腕には藍が染みた絹の香袋をかけ、足に赤色の糸履(しり)を穿いていた。簡雍邸の門が開き、この姿が、羅憲と柳隠の目に飛び込んだ時、二人は、大輪の花束が突き出されたように感じた。

「わぁっ、どなた?」

 張嶷は、羅憲と柳隠を見ると、大きな目を瞼からこぼれそうなほど見開き、嬉しそうに二人の手を取った。

「ひょっとして、姜維の友達?良くこんな無口な子の友達になれたね。ほんとに喋らないでしょ?」

 二人が、どぎまぎしている間も、張嶷は休みなく話しかけ、勝手に笑い出す。羅憲も柳隠も、もうこのときには、太陽が舞い降り
たような張嶷という少年の虜になっていた。時折まじる軽口も、猫がじゃれて、甘く肉に食い入る爪のように心地よい。

 少年達四人は、すっかり意気投合した。その日は、簡雍邸で、日が暮れるまで話し、遊び続けた。

 夕陽が、下西門にかかるころ、ようやく皆帰ろうとしたが、別れ際、張嶷は、また羅憲と柳隠の手を取った。

「また、来てね」

「うん、また来るよ」

 羅憲と柳隠は約束した。

「毎日来てね」

「毎日は分からないよ」

 羅憲は言った。

「ううん、毎日来て」

 張嶷は言った。大きな瞳が潤み、ひとりでに大きくなっている。

 羅憲と柳隠も、また次の日から毎日簡雍邸を訪ねるしかなくなった。

→ 花武担 第四章 四聖(四)


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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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