花武担 第三章 姜維(四)

 成都の太学は、学舎が二百四十房、教室の総数は千八百五十室あり、さらに、教授や諸生の住まう寮や、書籍や紙を売る市、学内で罪を犯した者を収容する獄まで備えられている。

 簡雍は、半日かけて、これらの建物が郡立する構内を駆け回り、教授連と交渉しようとしたが、はかばかしくなかった。

 そもそも、建物が多すぎて、どこに教授がいるかもなかなか分からなかったし、噂の方が簡雍の足よりはやく、やっと、房を突き止めても、居留守を決め込こまれる場合の方が多かった。

 教授は、蜀科により、十四人と決まっているが、その十三人までから、居留守か、婉曲な拒絶を言い渡されると、簡雍は泣きたい気持ちになってきた。

(一体、この若僧達は自分のことを何だと思っているのか)

 涿郡の簡憲和といえば、魏・呉でも、戦慄をもって聞こえる名だ。

 また、この国の成り立ちをさかのぼっても見よ。

 劉備・関羽・張飛という、我の強い難物達が次々に巻き起こす厄介事をこつこつ片付けてきたのは一体誰であったか。

 成都攻略の際、劉璋に対して難しい交渉をやり遂げたのは一体誰であったか。

 さらに言えば、そもそもこの国は、生家の斜め向かいにいた狂児の、「いつか皇帝になる」という戯言を、それこそ幼児の頃から、自分が真剣に聞いてやったおかげで、出来たのではないか。

 簡雍の履歴は蜀という国と切り離しがたく密に結びついている。いわば、親が子に持つのと、まったく同じ気持ちを、この国に対して抱いていた。しかし、今、その子に、「誰だ、お前は?」という顔をされ、差し伸べた手をは無慈悲にらいのけられたのである。

(可哀想に)

 簡雍は、自分を憐れむと同時に、張嶷のことを思った。

 簡雍の人生のなかで、中等で学問を放り出してから、劉備の挙兵に参加するまで、つまり、十四歳から二十歳までの間というのは、もっとも鬱屈した、出来ることならば、履歴から消し去りたいと思うような暗い季節だった。それだけに、張嶷には、その頃もっとも目映く見えた太学で輝かしい青春をおくって欲しかった。

(あの子は入るのは無理か)

 あきらめて、昭得将軍の印綬と、栗の作った竹簡を抱えて、とぼとぼと、足をひきずるようにして、簡雍は太学の正門へと歩きはじめた。

 気づけば夕方になっていた。

 槐の並木の影が、長く斜めに道に倒れかかっている。夕餉の食材を買うために学生たちが、構内の市に集まり、小鳥の群れのように笑いさざめいていた。学者の荷を学生達が分け合って担ぎ、お供しているのが行き過ぎる。もう寮の自室についたものもいるのだろう。遠く、炊煙が幾つも棚引いているのも見える。それらの風景は、外征中の軍の苦境もわきまえずと思いつつも、悔しいかな、若さに満ち幸せそうだった。
 
 眩しい景色に目をふっと右手にそらす。

 すると、

(うん、これは?)

 高床の建物があった。

 戸口に向けて階段が延びているが、その段々に、紙の本が口を開けて、虫干しされていた。
 
 どうも書庫のようである。

(そういえば、欲しい本があると言っていたな)

 簡雍は、せめて本ぐらいは分けて貰ってもよいだろうと思い、そちらへ足を向けた。

 戸を開けると、書庫のなかは薄暗く、書物のかび臭い匂いが立ちこめていった。

 二丈の高さのある天井一杯まで書棚があり、書物がびっしりと透き間無くおさめられている。木竹簡と、紙の割合は半々といった程度で、練兵が出来そうなくらいの広さがあった。

 暗さに目が慣れてくると、戸から少し離れた場所に、むしろが布かれ、そこにまだ二十台ほどの若い男が一人と、三人の小童が座っているのが見えた。

「ほら、秀。こことここは札の並びが違う。論語の顏淵篇の部分。『是惑也』の次が、『誠不以富亦祇以異』じゃ意味が揃わない。ここは、季子篇の冒頭に繋げる」

 若い男は、小童の一人にそう指示を出していた。

 綴り紐がきれ、ばらばらになってしまった木簡の補修をやっているものらしい。

 簡雍は、そちらの方へ歩いて行くと、

「おい、黄帝内経と、鍼経に素問、それから周髀はどこにある?」

 出し抜けにそう言った。

「はい?」

 若い男が返事した。

 軽石のようにあばただらけのうえ、ごぼうのような細長い顔をしている。冠も座り具合が悪いらしく、不器用に傾いでいた。

「な、何です?」

 若い男はへどもどしながらそう聞いてきた。少々吃音があるようだった。

「だから、黄帝内経と、鍼経に素問、それから周髀はあるか?」

「はぁ」

 男は立ち上がった。

 立ち上がると、にょきにょきと竹が伸びる感じで、驚くほど背が高い。八尺はありそうだった。だが、肉付きが悪く、首から直接腕が延びているように見えるほど肩幅がせまい。おまけに、ひどい猫背である。すすきに似ていた。

「何ですって?」

 細長い顔を、盾のように突き出しつつ、また同じ事を聞いた。学究独特の鈍さがある。

「書物を探しているのだ。三つ。黄帝内経と、鍼経に素問、それから周髀」

「それでしたら、四つですね」

 いらぬ訂正もする。半日の徒労のせいもあって、簡雍はイライラしてきた。

「なんでもよい。先ほどの本はどこにある?」

「えぇと……」

 男は、書物を探すために、書庫の奥の方へ歩いていった。まるで泥田にはまったものが、片足片足泥から引っこ抜くような、ぎくしゃくした歩き方である。彼はしばらく、糸の切れそうな傀儡のように危うい感じで、書棚の間をうろついていたが、やがて、

「こちらです」

 と、一抱え持ってきた。

「おお、よくやってくれた」

 簡雍は、それを受け取ると、

「では」

 と帰ろうとした。

「ま、ま、待ってください」

「何だ?」

「そ、それをどうするおつもりで?」

「持ってかえる」

「そ、それは太学のもので」

「おい」

 簡雍が、凄まじい大声を出した。

 大人達の傍らで、固唾を呑んでやりとりを見守っていた小童達は、この大声に蜘蛛の子のように逃げ散った。

「わしは昭徳将軍、簡雍だぞ」

 男は目を見開き、口をぽかんと開けた。何事か言おうとしてなかなか言葉が出てこない。唇を舌でしめし、頭を拳の根でたたき、長い頬を両手でつまみ、不自由な体から何とか音を出そうとしている。

(こいつ馬鹿にしているのか)

 簡雍は、男の動きに嘲弄を感じ、胸のうちで怒りが膨らんできた。

 そうして、男が、さんざんの時間をかけ、全身を揉み出すようにして、ようよう言った言葉が、

「誰です、それは?」

 だった。

 簡雍は思わず拳骨を固めると、男のほほげたにたたき込んだ。男はたわいなく倒れ、そのまま動かなくなった。

(しまった)

 殴ってみて、さすがに、簡雍は気の毒したと思った。

「わしは昭徳将軍、簡憲和だ。遺恨があれば、溺街に屋敷がある。いつでも尋ねてきなさい」

 書棚の影に隠れて、震え上がっている小童達にそう言付けると、書籍を抱え、逃げるようにして立ち去った。

 簡雍が去って、しばらくしてから、男は小童達の介抱のもと起き上がった。

 彼は、殴られた頬をさすりながら、悲しげに言った。

「また、人を怒らせてしまった」

「いえ、あの爺さんがひどいのですよ」

 小童が口を尖らせて言うと、 

「いや、あれほどの年寄りが、医術や、暦数の本を欲しいというのだから、何か深い事情があるのだろう。ひょっとしたら、自分か奥方が病気で、残された命数を図ろうとしていたのかもしれない。だとしたら、もっと話を真剣に聞いてあげるべきだった」
 
 男は長い顔を棒のように振りながら、そう言った。

 実は、この男が、十四人いる博士のうちの最後の一人で、その学問は殿堂一と言われる、譙周、字は允南というものだった。

「それにしても、どうして、わたしは、こう人との間で怒られたり笑われたり、無用ないさかいを起こすことが多いのだろう」

 譙周は心から困じ果てているように、そうぼやいた。

→ 花武担 第三章 姜維(五)


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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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