花武担 第三章 姜維(二)

 食以外のことに関して言えば、少年と老人は、大体のところ馬があった。

 簡雍は、溺街の陋巷を散策するのが好きだったが、そのときは必ず張嶷を連れていく。

 方や岩を割り砕いて辛うじて人らしき態を取ったような老人で、方や水もしたたるような美童である。並んで歩くと、空気に断層が生じているようで、同じ人間界の住人とは思えない。この珍奇な組み合わせは、たちまちのうちに新たな溺街の名物になった。

 口さがない連中の口の端から、一瞬だけ、老将軍の寵童という噂がたったが、簡雍の女遊びの陽気さと豪快さにすぐ打ち消された。実際、簡雍は、脂の乗った三十過ぎの年増が好きで、廓で側に寄せるのもそういった春秋に煮込まれて、実った腰に確かな命を感じさせる女ばかりだった。

 張嶷には、一つ奇癖がある。

 行き交う人を、いちいちじっと、お互い抱くような近さになるまで、見つめるのである。異常なほど人恋しがりなためで、彼からすれば、知り合いにもかかわらず、挨拶もしないで行き過ぎることは、有り得べからざる悲劇だった。

 こぼれそうなほど大きな目のうえ、遠めがねを逆から見るような、あの独特の視線である。大概の人が、どぎまぎし、目の箭に足を射ぬかれたように立ち止まってしまう。まだ成都に来たばかりなのだからあたりまえだが、大抵、顔見知りでも何でもない。

 しかし、張嶷は、それならそれで構わないようで、立ち止まった人に対しては、みずらを結った子供だろうが、腰が折れ杖をついた老人だろうが、

「こんにちは」

 ととろけるような笑顔で挨拶する。場持ちする性格で、話しかけられたものは、ついつい話し込んでしまう。

 彼は、この手で、溺街の住民のほとんどと友人になってしまった。

 溺街の住民は、張嶷のことを「阿嶷」と呼んで愛した。

 しかし、やはり、なんといっても、成都での一番の親友は蘭で、張嶷が成都に来てから、半月ほどが過ぎたこの日も、二人は簡雍邸の例の東屋で「蔵枚」手に握った瓜子の数当てをして遊んでいた。

 春も峠を過ぎている。

 築山の上から見える景色は、桃や紅から、若葉の色へゆるやかに移り変わっている。足元から立ち上る土気も盛んで、時折吹く風が涼を与えてひどく心地よい。

 卓の上に撒いた、瓜子を蘭が握る。

「いくつ?」

 と聞くと、

「五つ」

 と張嶷は答えた。

「一、二、三、四、五。また当てた。阿嶷凄いわね」

 張嶷は当てた五つの種を口に放ったあと、今度は自分が種を握った。

「次は阿蘭の番だね。さぁ、いくつ?」

「四つかしら」

「一、二。二つだよ」

「あぁ、また負けたわ」

 この手の勝負になると、張嶷はとにかく強く、九割は言い当ててしまう。

「これじゃ、いつまでたっても蘭は瓜の種が食べられないね」

「ふふ、その通りね」

 勝敗が最初から決まった遊びなど、面白くなさそうなものだが、蘭は気にならないようで、機嫌よく負けてやっている。

 そのうちに、簡雍が庭園に姿を見せた。

「老師」

 張嶷は、簡雍のことはそう呼ぶようになっていた。手を振ると、簡雍も手を振りかえしながら、こちらにやってくる。

「やっぱりここにいたか」

 簡雍は卓の上の瓜子を二、三口に放った。真四角といっていい頑丈な顎に据え付けられた、これまた老人とは思えぬ臼のような歯で、実を咀嚼しつつ言う。

「これから、対岸の太学に行ってくる。入学の手続きだ。まともなやつが皆、漢中に行ってしまったから、朝廷を通すと、万事、事務が煩瑣でいかん。直接わしが行った方が早いだろう。嶷、明日から、お前は諸生だ」

 蘭と張嶷は顔を見合わせた。

 蜀の学制はほぼ後漢のものをそのまま引き継いでいる。八歳までは父の手元で育てられ、それ以降は初等、中等と学問の進度に応じて、段階が進む。

 初等では、書館、書舎、小学といった聚や鄕落単位の教育機関で、閲里書師や、孝経師と呼ばれる師のもとにつく。司馬相如の「凡将篇」や史遊の「急就篇」、揚雄の「訓纂篇」といった初学者用のテキストで、字を覚えたあとは、経学の基礎や中原の音での誦読方を「孝経」「論語」で学び、算術や地理的知識を「六甲」「五方」「書計」で身につける。

 初等を修了すると、中等となり、県や侯国単位に設立された公立の校か、私学に進む。ここでは、経師と呼ばれる師につき、論語や尚書などの経文暗誦をやらされる。書かれてあることの、是も非も考えさせず、ただひたすら文章を、少年の柔らかい脳にもみ込んでいくわけで、学問の階梯のうち、ここがもっとも辛く、また面白くない。簡雍は、経済的な問題もあったが、この中等で、筆を放った。

 中等を終えると、大体生徒は十五才程度の年になる。まだ学問を進めることを望むものは、諸生となり、郡単位に作られる学か、首都の太学に入学する。

 もちろん、高名な学者が個人的に設立した私塾に通うものもいる。盧植の塾に通った劉備などはこの口である。残念ながら途方もない劣等生だったが。

 成都の太学は、後漢の首都洛陽にあったものを模して作られたもので、通学路に植わって名物だった槐(えんじゅ)の木も、大学者であった蔡邕の筆によるという、四十六枚、総字二十万字に及ぶ、六経の石碑もそのままである。

 もちろん、石碑は拓本の移しで、槐は河南にはよくても、四川では植生にあわなかったのか、いくつか枯れてしまった。この辺り猿まねの悲しさで、敷地の広さも後漢のものと比べれば、やや狭い、それでも、後漢全盛の三万とまではいかなくても、一万に近い学生が通う、蜀漢の誇る一代教育機関となっていた。

「太学なんて馬鹿のいくところだって言ってたじゃない」

 蘭が口を開いた。彼女からすれば、張嶷が太学に通うようになると、その分だけ遊べなくなるわけで面白くない。

「いや、易・書・詩・礼・楽・春秋の六経くらいはきちんと身につけなくてはいかん。それとも、蘭お前が学問を教えるか? 字だってろくに書けないだろうに」

「馬鹿にしないでよ。字くらい書けるわ」

「ははは、大方、商売人の七つ文字、貰、貸、売、買、販、律、便、くらいだろう」

「いいえ、私も成都の娘よ。司馬相如様と、揚子雲(揚雄)雄様の文章くらいはちゃんと読めるようになってます」

 司馬相如と揚雄、いずれも成都出身の人物である。二人は、前漢の文学者を三人挙げろと言われれば、必ず入る人物で、賦に優れていただけでなく、先述のように中国全土で使われる初学者用の教科書まで作っている。

「爾して乃ちその都門は二九、四百余の閭あり。両江、その市をさしはさみ、九橋はその流れに帯ぶ。武担は都を鎮め、刻削して連を為す。王基は既に平かにして、蜀侯は叢に尚す。どう?」

 蘭は、揚雄の蜀都賦、成都をたたえたものの一節を、そらで誦って見せた。成都では、郷土の生んだ文化英雄を尊崇し、蘭のような商売人の娘でも、彼らの残した賦くらいは諳んじれるようになっている。

「いや、大したものだ。蘭、班昭だってお前ほどじゃなかっただろう」

 簡雍はそう本気で感心してやったあと、

「だが、賦は所詮、童子の雕蟲篆刻(てあそび)。壮夫たるもの、聖賢の言に触れて心胆を練り、六芸を身につけ、文武を備え、英雄の詩魂をこそ宿さなくてはならない。いや、そう、怒るな。ここは、本人に志望を聞いてみようじゃないか。のう、嶷。太学に行ってみたくはないか」

「うーん」

 張嶷は苦い顔をした。

「もう、尚書は諳んじれるようになったから……」

 張嶷は、馬忠による手ほどきで中等を終えていたが、やはり、古典を暗誦するための、古びた紙をかみ続けるような作業は辛かったのだろう。言葉に冴えがない。

「ほら、乗り気じゃないみたい。やめておきましょう」

「いやいや、だったら、嶷よ。何を学びたいのじゃ」

「孫子に六韜」

「ほうほう、武を好むか」

 自分の本質を武人と規定している簡雍は目を細めた。

「それなら、わしも教えることが出来る。何せ先帝に付き従って百戦をくぐり抜けて来たのだから」

 百敗したことは棚に置いて、老人はそう言った。

「他には?」

「医術を身につけたいな。牂牁では、あまりよい本がなかったから、黄帝内経と、鍼経に素問を学びたいです。それと、算学。九章算術は自分で大体やっちゃったから、次は周髀に進んで暦法を修めたい」

「九章算術? 自分で?」

 簡雍が驚いて聞いた。九章算術は、周代から漢代までの数学問題がおさめられた数学書で、平方根や連立一次方程式、鶴亀算など、高度な内容も含まれている。普通、この本を習得すれば、それだけで、胥吏(事務員)として一生食べていけるとされていた。

「大体やったは言い過ぎなのではないか?」

「ううん、本当よ。この子、凄いのよ。自分でほいほい難しい問題解いちゃうの。阿嶷、あの帳面見せてあげなさいよ」

「うん」

 張嶷がたもとから、反故紙を束ねたものを出してきた。丸や立方体、三角、答曰(こたえていわく)という文言と、数字で透き間無く埋め尽くされている。書き散らしたもののようにも見えるが、図形と数字の並びに、不思議な調和、美しさがある。内容は分からないが、どうも正しい解法が書かれているもののようだった。

「本当のようだの」

 細かい数字に目をやられてしまって、簡雍はまぶたをおさえながら言った。

「ねっ、この子、勝手に自分の興味あることを、どんどん学んでいくのよ。太学なんていらないわよ」

「算学に医術のう」

 最初に述べた兵法も含め、どれも、社会の基礎を支える重要なものと思うが、学問としては、悲しいことに補助教科でしかない。今の時代、なんといっても学問は、儒学であり、その経典である六経を身につけることなのだ。

「そちらは市井にもよい師がおるだろう。また、わしが見つけておいてやる。だが、英雄と広く交際しようと思ったら、どうしても、六経の教養がいる。名士というやつは、なんでもない会話にも、聖賢の言をどんどん引用してくるものだからのう。わしも会話についていけず、随分悔しい思いをしてきたものだ」

「そんなこと言ったって、学問がなくても将軍になれたんでしょう」

「学問がなかったから雑号将軍止まりだったとも言えるかもしれんよ。まぁ、ここは二人ともわしに任せておきなさい。太学は師と友に出会う場。入ってみたら、きっと嶷も気に入るはずだ」

 簡雍は、そう言うと、太学に向かって、さっさと歩き去ってしまった。

→ 花武担 第三章 姜維(三)


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黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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