花武担 第一章 武担(七)

(これは負けかな)

 しかし、蘭も街で育った娘だ。

 気が強く、弁も立つ。

 そう簡単に尻尾をまくわけにはいかない。

(ふん、なにさ。この娘だって、朝昼夕の三食には、獣か魚を殺して食べないわけにはいかないだろうし、そうしたら、出るものだって出る。同じ人間じゃないか)

 気を取り直して、もっと意地悪な目で、あらを探してやろうと、少女を見据えなおした。

 そうして、よく見ると、左目の縁に一つ小さな黒子がある、また内斜視だろうか。右の瞳がやや内に寄っている。

 欠点といえば欠点である。だが、それらの欠点が、この少女の場合、整い過ぎて、ともすれば平凡な印象に堕しかねない顔の調和を挑戦して崩し、その美しさをより高次な、神秘といってもいいようなものに昇華してしまっていた。

「ふふっ」

 鈴が微風に揺れるような短く澄んだ笑い声がした。

 蘭の様子におかしさを感じたのか、少女が口中で笑ったようだった。

 あなどられたかと重い、きっとにらむと、少女も蘭のことを穏やかに見返してくる。

 近視もあるのかもしれない。こちらを見る目つきが、遠眼鏡を逆から見るように遠いものになっている。それが何やら自分の深いところまで見通されているような気がして、蘭はドギマギしてきた。

 やがて、少女が口を開いた。

「ねぇ、どこから来たの?」

 男の子みたいな話し方。

 少し巴の訛りがある。

「いきなり庭に現れたでしょ。山精かと思って、びっくりしちゃった。ひょっとしてここの子なの?」

「違うわ」

 いきなり打ち解けた感じで話しかけてきたのが、何となく腹立たしく、そっけなく言うと少女はちょっと傷ついた風だったが、すぐ微笑みを満面に浮かべると、

「僕は性は張、名は嶷。昨日、成都に来たばかりなの。ねぇ、君の名は?」

 と聞いてきた。

(嶷?)

 蘭はおやと思った。

 嶷は若くして英明であることや、利発な気質をあらわし、通常男児につけられる名だ。

(何か大変な勘違いをしていたかもしれない)

 蘭は慌てて今まで少女と思っていた存在を見直した。

 よく見ると、上着こそ女物のようだが、下は地の厚い胡(ズボン)を穿いている。

 また、腰には一双の剣を帯びていた。一つは三尺ほどと長く、もう一つは一尺五寸と短い。長い方は刀で、短いほうは両刃の突剣のようだった。いずれも、朱漆の塗られた鞘におさめられていたが、その鞘というのが無数の傷の走った年期のいったもので、持ち主の雰囲気にはまるでそぐわなかった。柄の飾りも素っ気なく、馬革が巻いてあるだけだ。両刀それぞれの下げ緒は牛の尻尾の房で出来ていて、中国の始祖神、伏羲と女媧が編み込まれていた。

「ねぇ、あなたひょっとして男の子」

 そう口に出しそうになって、慌ててその言葉を飲み込んだ。初対面で性別を聞く馬鹿もいない。

 困っていると、向こうの方が解決の糸口を垂らしてくれた。

「変な恰好かな? ぼく、大監なの」

 蘭は目を見張った。

 大監は宦官の意で、去勢された男子のことを指す。

 先帝の頃は、ほとんど見なかったが、今上帝になってから増えだし、蘭も市場などで、でっぷりと太った宦官が買い付けにやって来て、店の親父と値段の交渉を甲高く嗄れた声でしているのを見掛けるようになった。

 宦官にも、大人になってから去勢されたものと、まだ子供のうちに去勢されたもの、二通りあり、前者を貞といい、後者を通貞という。

 貞は、太っているうえに、髪も眉もなく、肌は腠理(そうり)はがれてしわくちゃという化け物としかいいようのない外貌をしているが、通貞の方は素質があるものは、美少女も顔負けの美貌の持ち主になる。

 蘭も、一度、通貞が大人の宦官の付き添いで、官設市場に来ているものを見掛けたことがある。

 この少年のように、息を呑むほどの美貌の持ち主だったが、目元がただれていて、どこか裾の汚れている印象を受けた。塩を入れた壷を抱えていたが、その真っ白な腕が蝋のようにとろりと溶けて地に落ちてしまうように見えたことをよく覚えている。

 男の子にとってのそれが失われるということが、どういったものであるか。女である自分には完全に理解することは出来ない。しかし、とても痛く、とても恥ずかしい思いをしたすえに、身の一部を引き裂かれ、人の持つ楽しみの大部分を奪い去られてしまうものだという程度のことは分かる。市場で見掛けた少年は、自分の履歴も、未来もとうに捨て去ってしまったような、そんな捨て鉢な表情をしていた。

 しかし、それと同族のはずの、この張嶷と名乗る少年の、好奇心に溢れて、こちらを見つめる目にはなんの陰りもない。桃色の頬も精気に満ちて、はち切れそうに、ぽくぽくと照り輝いている。

→ 花武担 第一章 武担(八)

この記事へのコメント

- 伯倫 - 2014年04月15日 00:13:48

これは……魂消ましたねぇ・・・
いよいよ目が離せません(;^ω^)

Re: タイトルなし - 黒澤はゆま - 2014年04月15日 05:55:54

作者です。

コメントありがとうございました!
ぼちぼち更新していくので、今後ともよろしくお願い申し上げます。

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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