日本海があるのになぜイギリス海はないのか?

19世紀のロシア海軍の提督にクルーゼンシュテルンという人がいました。

当時のヨーロッパ人の冒険心や好奇心の強さを一身に体現したような人で、帆船を駆って世界中の海を旅し、ロシア人としては初めての世界周航も成し遂げました。

日本史の関わりとしては、あのレザノフ事件の際、レザノフを乗せていた旗艦ナジェージタ号の船長だったりします。ただ、クルーゼンシュテルンはスマートな人で、外交交渉が上手く行かなかったからといって、はらいせに国境の相手側施設を焼き払うような暴挙については反対の立場だったようです。

レザノフはこの事件の後すぐ死にますが、クルーゼンシュテルンはその後も栄達し、軍人としてだけでなく水路学者としても赫赫たる名声をあげ、晩年にはロシアアカデミーへの入会も果たしています。

この人が昨今議論されている「日本海」の命名者です。

その事実は最近有名になってきているのですが、実はクルーゼンシュテルンはもう一つ日本近海の海域の名付け親になっています。そちらは、韃靼海峡といいます。ただ、この名称はロシアが使っているだけで、正式には間宮海峡と言われています。

間宮海峡がIHOも認める正式な名称となったのは、有名なシーボルトの尽力があったからなのですが、その話をしようとすると長くなるので今回は割愛します。本稿のテーマはあくまで日本海なのです。

さて、クルーゼンシュテルンが名付けた二つの海域の名称を並べて見ましょう。

「日本海」
「韃靼海峡」

何か気づくことはないでしょうか?

わからない?

片仮名でロシア語表記にしてみましょう。

「ヤポン海」
「タタール海峡」

もっとわかりにくくなったかな。

実は、両方とも同じ文脈で名付けられているのです。

タタールは、ロシア人だったクルーゼンシュテルンから見てその辺縁部に位置する「蛮族」の名前です。そして、ヤポンもまたクルーゼンシュテルンからしたら、文明人たる自分の世界周航によって初めて文明の光に照らされ「発見」された蛮族の呼称なのでした。

かつてローマはゲルマンの森深くに攻め入り、今はバルト海と言われる海域を発見すると、そこに住む蛮族スエビ族の名前を取ってスエビ海と名付けました。それは、自分の勢威がそんな蛮族の住む海域にまで及んだことを高らかに誇るいわば凱歌でした。

日本海もまた、

「凄いや。日本って本当にあったんだ」

そんなラピュタみたいなノリで、しかも文明から未開へという侮蔑的な視点も含めて名付けられた名前なのですね。

で、ここでタイトルに戻って何故かつて世界七つの海を支配したイギリス海という呼称がどこにもないかを考えるとあたりまえだということに気づきます。イギリス近海の海の名前は、アイリッシュ海にケルト海、どちらもアングロサクソンたるイギリス人から見て異民族の名前です。例外として、イギリス海峡というのがフランスとイギリスの間にありますが、こちらは先のスエビ海とほぼ同時期にローマ人が名付けた名前で、この頃のイギリス人は青い入れ墨を入れ、髪を泥で逆立て、半裸で突撃してくるバリバリの蛮族でした。

まとめると、ローマ・ギリシャ以来の西欧文明というのは新たに発見した海域に、その土地に住む蛮族の名前を冠してつけるというのを昔からやっていて、日本海もその文脈のなかで名付けられた名前なんですね。これはインド洋なども同じです。

だから、別に日本海という呼称は、日本にとって名誉なことでも何でもなくかつてオーストラリアのコアラとか、ガラパゴスのゾウガメとかと同じく発見される側でした、ということを示すむしろかっこわるい名前なのでした。

こんな西欧帝国主義の残骸みたいな名前を今極東の二カ国がむきになって争っていますが、クルーゼンシュテルンが見たら大爆笑するんじゃないでしょうか。

また、韓国は日本に喧嘩を売っているつもりなんでしょうが、実はもっと大きなもの、西洋視点で地名や海域名が名付けられてきたこれまでの世界史の大きな枠組みそのものに喧嘩を売っているということにどこまで気づいているのでしょうか?

はゆまから言わせると日本が絶対に守らなきゃならない海域名は「間宮海峡」の方です。こちらこそアジアが西洋から一方的に発見され地図上に線を引かれ放題されていた時代に、勇気と知恵と冒険心を持って世界史の地図に先鞭をつけた偉大な日本人「間宮林蔵」がいたことを示すものなのです。シーボルトの日本に対する友情に報いるためにも、私達日本人はロシアに乗り込み、「韃靼海峡」と名付けられた地図の上に「間宮海峡」のシールをぺたぺたはり付けてやることにしましょう!

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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