クラウドソーシングと孔子

孔子の『論語』にこんな言葉がある。

君子は器ならず。

一般的には、「君子は一つのことにかたよることなく、幅広くその能力を発揮するべきである」という意味に解釈されている。もっと端的に、器用貧乏になるなよって意味だという人もいる。

ただ、この言葉の意味はもっと深い。器はある用途のもとに作られた器物・道具の意味だ。これらが提供するのは機能だけである。例えば、弓。弓は矢を放つという機能だけを持ち主に提供する。放たれた矢が何に刺さっても、無力な子供や女性や老人であったとしても、弓自体は知ったことではない。関わった事項の結果責任を、器は決して取らないのだ。

孔子が言いたかったのは、そうした器・道具、機能の一提供者ではなく、仕事の結末に対しても責任を取れる全人的な存在となれ、ということだったと思うのである。

最近、クラウドソーシングについて興味を持って調べている。要するに、仕事を極小に細分化し、ネットの向こうの、クラウド(群衆)に発注するということのようだ。すでにアメリカのNASAやAMAZONなどが、この方式を採用して大きな成果を上げている。

クラウドソーシングは確実に、今後、世界の潮流となり、様々な人の仕事のやり方を変えていくことになる。はゆまみたいに人間関係の調節に時間を割くのを馬鹿馬鹿しいと思うタイプには願ったり、叶ったりのことのようだが、どうも懸念を感じてしまう。パソコンの前に座り、自分の技能のみを切り売りし、決して、人格的な評価を仕事から与えられない人々。そんな、先の言葉を借りれば、ただの器、断片化された人間達が増えていくということだが、それでよいのだろうか?

はゆま的には、いついかなる時代でも、社会基盤の根っこの部分は、結局のところ、報酬以上のものを仕事にかけている人々、全人的な存在として仕事に関わっている人々の踏ん張りで支えられていると思うのだが。器だけで、君子のいない社会、それがどういったものになるか、はゆまには想像もつかない。

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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