SNSと変身願望

最近、twitterをはじめた。まだ使い方はよく分からないが、なかなか面白い。人のつぶやきを見ているだけでも楽しいし、簡単に自分の近況を伝えることができるのはなかなか便利だ。バルス祭も楽しませてもらった。皆が盛り上げようとしていることに、素直に乗っかって、盛り上がるのもたまにはいいものだ。

twitterに限らず、facebook、mixiとか、他のSNSも使わせてもらっている。学生時代の友人と、また繋がりが出きて、本当に便利な時代になったものだ。旧友が頑張ってる姿を見ると、自分も頑張ろうと励みになる。

ただ、若干の不安もある。

いつも誰かと繋がっているという感覚は、人を強くもすれば、弱くもする。特に作家という職業は、一人で妄想を膨らませ、文章を連ねていく、孤独なものだ。必ず、身に繭をまとって、外界から背を向け、自分の世界にどっぷりと浸る時間がいる。というか、作家だけじゃなく、どんな職業でも、こういった時間は必要だと思う。

また、働くということに限らず、人生においては、一人、自分の内界に深く沈潜する時間が必要なときが、必ずあるんじゃないだろうか。特に自分の今の環境に納得できず、転職や引っ越しをしたいと思うとき、既存の友人とのつながりがその妨げになる場合が多い。

うちのブーチンは、はゆまが家に帰ってくると、必ず足につきまとい、匂いをかぎ、そして頭をこすりつけて、自分の匂いをつける。匂いを通じて、「あなたはあなたね。そしてわたしはわたしよ」ということを確認する毎日の儀式だ。基本的に、人間の友達同士のコミュニケーションも同じで、同窓会のときなんかは、それが顕著にあらわれる。みんな「いやー、変わらないなぁ」って嬉しそうに言うよね。

だから、自分を変えたいときは、大好きなはずの友達達とのつながりが逆にしんどくなってしまう。

親しかった友達から急にパタッと連絡取れなくなって、それっきり。こんなに極端じゃなくても、卒業とか引っ越しがきっかけで交流のなくなった友人というのは皆結構多いと思う。また、意識するしないに関わらず、貴方自身が友人の前から姿を消したと思われている場合だってあるだろう。でも、それはとても寂しいことではあるけれど、いちがいに悪いこととも言えない。人生のしかるべきときに、自分を次の段階に進めるために、繭をつくり、さなぎになって、変身を遂げたということなのだから。実際、はゆまも小説家修行中は、以前の友達達とは本当に一切連絡を取らなかった。

だが、それがSNSが常にあると、友人達とずっと繋がった状態のままになってしまう。「あなたはあなた。そしてわたしはわたしよ」という日常的に繰り返される儀式のなかで、いつしか変態の機会を逃してしまうのではないだろうか。はゆまのような大人はもういいかもしれないが。小学校のときから、スマホ片手に、LINEを操る今の子供たちのことは心配だ。

あまりいい例ではないかもしれないが、アメリカのスラム街「ハーレム」の住人が、貧しいまま世代を重ねていくのは、あまりにも住民間の結ぶ付きが強固なせいらしい。ストロングタイズというそうだが、子供のときにつきあっている人間と、大人になってつきあう人間の顔ぶれが変わらず、その仲間内同士での評価があるため、貧しくてもそこで自足してしまう。勿論、これは悪いことではないが、そのせいで、ハーレムの人達がつかむ権利のある機会を逃しているのだとしたら、とてももったいないことだと思う。

SNSの結ぶつきが、子供達をしばりつける、ストロングタイズとなって、変身の機会を奪ってしまう。何となく、そんな懸念を抱いてしまうのだ。だから、皆様、時々は、twitterでのつぶやきを一休みし、スマホも押し入れに放りこんで、一人旅などに出掛けられますよう。

なんて書いたブログの更新をtwitterでつぶやいてみる。

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三国志連載小説
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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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