歴史小説は老人の散歩なのか?

七月のはじめあたりから、立て続けに四通ほど、ご批判にあたるメールが来て、少々げんなりしている。もちろん、昨今世間を賑わせている川越シェフの問題でもあるまいし、ご意見は真摯に受け止めて、次作に生かしたい。

が、さすがに原稿用紙数十枚にも及ぶメールを受け取ると、内容の良し悪しとは別に、この晴れ渡った夏の日差しの下で、ほかにすることはないのかしら?と少々心配になってしまう。

どなたも中国の歴史に堪能な方で、その歴史考証における突込みの細やかさは実に見事なものだ。ただ、正直な話、市場に出る作品というのは、歴史考証における校正はかなりみっちりやり、突っ込まれるところも、アウトかセーフかぎりぎりグレイのところを、演出とか、キャラクターの行動における必然性とかの観点から、「ええいっ」という覚悟で書ききった部分であることの方が多い。なんで、せっかくメールをいただいたのに悪いが、正直読んでいて退屈。

また、皆様、既存の中国歴史小説とかドラマを読んだり、見たりしていた方々のようなのだが、そういった方々の観点から言うと、はゆまの「劉邦の宦官」は中国歴史小説ではないそうなのだ。なぜなら、「お約束」を破っているから。

お約束の中身についてははっきりと書いてらっしゃらないので、はゆまもよく分からないが、どうもその行間からは、自分の歴史像や人物像、そして歴史小説像と違うものを書かれたことに対する、苛立ちのようなものを感じる。

こうした反応に出会うと、はゆまはどうしても司馬遼太郎氏の言葉を思い浮かべてしまう。司馬氏は「義経」という作品を書いたあとに殺到した読者の批判を受け、多くの歴史小説読者にとって、歴史小説は自分の知識の再確認の儀式でしかない、とそうこぼした。自分なりの人物像や歴史像がまずあって、そこから逸脱するものについては、受け入れられない、ということなのだろう。

しかし、もう最初からある歴史像や人物像を、先達の作家が編み出した方法論で書いた歴史小説に何の意味があるんだろう。それは、言わば、老人の散歩みたいなものだ。同じルートをたどり、同じ歩幅で歩き、弱まった心臓と頭脳でも受け入れられる程度の刺激を楽しむ。変わり映えしない道、変わり映えしない風景。新しい喫茶店が出来た程度の刺激は喜ぶが、それ以上のものは求めない。

もともと、歴史小説の読者層というのは、他の小説と比べて高い。最初から時代背景や、人物の知識が入っているんで、頭のなかで世界を立ち上げるのに、脳のプロセッサの負担が少ないからだろう。こりこりに固まった頭脳には受け合いなのかもしれない。

もちろん、老人の散歩を介添えする老人介護の仕事もとても大事で尊い仕事だと思う。ただ、それははゆまの仕事ではない。

もともと、はゆまは中国歴史小説は古典だけ読んできて、いわゆる歴史小説家の方々の作品は、司馬遼太郎さんとか、陳舜臣さんとかの大御所を除きほとんど読んでいない。

中国歴史小説で作家デビューしようと決めたときから、なおさら読まなくなった。なぜなら、新人というのは、ある分野に新しい風、新しい読者をともなってやってくるべきものだと思ったから。

歴史も好きだが、漫画やアニメも大好きで、少女漫画もガンガン読み、堀井雄二さんや、中村光一さんみたいなプログラマーになりたくて、ITの道へ進んだという、歴史小説家としては異色の自分の経歴ならではの視点と、方法論で、書かなくては意味がないと思ったのだ。

そして、何かいい題材はないかな~と思って史記を探っていたとき、目に止まった、樊噲伝に一瞬だけ出てくる、名もない宦官。老い疲れた劉邦に膝を貸し、樊噲に罵られただけで、歴史の重々しい緞帳の裏へたちまちのうちに消えてしまう人物。いかなる解説書でも、背景として描かれるだけで、誰からも、二千年省みられることのなかった人に、貴方は誰? 何を見てきたの? と問いかけていく小説を書こうと思ったのだ。

「歴史小説苦手だったけど、この本は読めました」そんな感想も多い。そして、こういった感想が、はゆまにとって一番嬉しい。新しい読者を、中国歴史小説という分野に連れてこれたということになるからだ。

今、第二作についてエージェントの方と企画中だが、それも、既存の歴史小説とは全く違うものになるだろう。もちろん、メールをくれた方々には悪いが、一切の「お約束」を破ったものになる。どうか楽しみに待っていて欲しい。

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三国志連載小説
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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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