鎌倉のイケメン達

先日、知り合いの女性と宗教談義になった。

それまで、そういったイメージは全くない方だったのだが、マレーシアでコーランの祈りを聞いた経験を語ったところ、目を輝かせて、実は自分も、最近浄土真宗で得度を受けるために修行をしているんだと、目を輝かせて話し出したのだ。

今の日本では、どうも宗教というと、ちょっと正面向いて語れない雰囲気がある。はゆまも、一瞬ひやりとしたのだが、その女性は、なかなか思考の分の厚い、バランス感覚の優れた方で、宗教に対する思いはファナティックなところは少しもなく、温厚でやさしかった。もともと、はゆまの宗旨も真宗で、幼少期から、あの念仏の独特の節回しに包まれて育ってきた。それで、真宗の話題で結構盛り上がったのだが、改めて、鎌倉時代に、次々とあらわれた、法然、親鸞をはじめとする仏僧達は偉かったなと思った。八百年後の若い女性にも理解でき、そして救われる教えを作り上げたのだから。

泥にまみれた庶民が、刀を持ち、葦の茂みを割って、名乗りをあげはじめたのが鎌倉という時代だった。置き捨てられて当然と思われていた心達が救いを求めて蠢動しだすや否や、即座に応える新興宗派が出来るのが、日本の面白さだ。この時代、法然、親鸞だけでなく、日蓮、栄西、道元、明恵など、世界史に出しても恥ずかしくない偉大な宗教家が幾人も産まれた。そして、彼らには、共通点がある。それは何か?

みーんなイケメンでした。そして、すごく声がよかった。山一つ隔ててもお経が聞こえるくらい。

もともと、それまでの既製仏教では、女三界に家なしといって、女性は不浄のもの、救われないものと言われていました。それが、「うんにゃ、救われるで」と、イケメン達が言い出したものだから、さぁ大変。彼らが説法に出ると、女性がわんさか集まってくるのですね。いわば、今でいうロックスターかアイドルみたいなもので、彼らのお経の声を聞いて卒倒する女性がたくさんいたくらいでした。

そのなかでも、一番、シンプルで分かりやすい教えだったのが、浄土真宗。誤解を恐れずに言うと、「念仏唱えとけばええねん。そしたら救われるねん」というものだったので、大ヒット。鎌倉新興宗教のなかでも、最大の勢力を誇ることになり、後に織田信長をどついたり、上杉謙信をどついたりするまでになりました。

もちろん、真宗の教えは、こんなはゆまの雑な説明で語り尽くせるものではなく、もっと奥深いものです。その奥深い襞に分け入って、若い女性が救いの道を探す旅に出ようとするのは(もちろん、今の生活や、将来やりたいことを犠牲にしない範囲でですが)とても素敵なことだし、頑張って欲しいなと思いました。

いつか、はゆまも鎌倉のイケメン達の葛藤や、新しい宗派が出来るまでのドラマを描く小説を書きたいなぁ。

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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