猫なんかよんでもこない

外周三キロほどの近所の公園を、週に二回ほどジョギングするようにしています。今の家に引っ越してから、休止期間(暑いときや寒いときやめんどくさいとき)もはさみつつ、かれこれ三年ほど続けてきた習慣なのですが、その間、顔見知りの友人ができました。

妙齢の女性で、ちょうど公園を半周ほど走ったところの、けやきの木の下でいつも待ってくれています。驚いたようにみはった、目のふち一杯の黒目が美しく、二桁近くの子供をはぐくんだおっぱいも豊かです。時折舌をしまい忘れ、それが口元にはりついた小さな花びらのようになっているお茶目なところもあります。

彼女は、はゆまを見つけると、箱座りから立ち上がり、二、三度ストレッチしたあと足元に駆け寄ってきます。そして、意志的な目をひかせらせてこちらを見つめつつ「ミャオ」と泣くのです。

はゆまは彼女のことを勝手に「ピー」と名付けているのですが、ピーははゆまが歩道の縁石に腰掛けると、膝の上に乗ってきます。そして、彼女が納得するまで、はゆまの膝の上で座り続けます。まだ納得していないときに、どけようとしても無駄で、すぐ膝の上にまた乗って来ます。

どうも、ピーははゆまのことを可動する自分の縄張りとでも思っているようです。

公園には捨てられたアライグマもいて、その中の一匹がはゆまとピーに興味を持ち、円を描きつつこちらに近づいてきたことがあります。はゆまは「おーラスカルや。可愛い」と思っていたのですが、ピーは敵愾心向きだしで、耳がぴんとたっていました。円は段々せばまってきて、ついにラスカルははゆまの膝に足をかけました。その瞬間、

「ギャァッ」

凄まじい気合いの声と共に、ピーの右フックがラスカルの頬に炸裂しました。二匹は、そのまま団子になって、はゆまのまわりを転げ回っていたのですが、やがてぱっと離れると、ラスカルは逃げだし、ピーもそれを追って、どこかへ行ってしまいました。一人残されたはゆまは、河合直子ってこういう気持ちだったのかと思ったものです。

さて、そんな猫好きのはゆまの猫漫画コレクションに、また一つ新作が付け加えられました。「猫なんかよんでもこない。」

怪我でボクシングの道を断たれた作者が、二匹の猫(雄のクロと、雌のちん子)との出会いにより、荒廃した生活から立ち直り、漫画家として再生するまでを描いた物語です。元ボクサーという経歴の割りには、この作者の絵柄はシンプルにデフォルメされてて本当に可愛いく読みやすいです。

しかし、そんな可愛い絵柄で描かれるのは、よくある猫モノのほのぼの系とはひと味違う世界。のっぴきならない作者の状況もふくめ、猫達を取り巻く過酷な世界がありのまま描かれています。猫エイズにかかり弱っていく雄猫クロ、そのライバルだった野良の雄猫達の栄枯盛衰。

胸につまる話も多いのですが、特に切なかったのは、避妊手術をうけた雌猫ちん子(本当にこういう名前)が部屋にひきこもり、雄猫達の盛んな泣き声に背を向けているシーンですね。

作者の確かな描写力で、丸っこく小さく書かれた背中が傷ついているのがひしひしと伝わってくるのです。

猫に避妊手術を受けさせることを、さも良心的な飼い主の行動のようにいう人がいますが、人の身勝手で猫の心と体を傷つけているという後ろめたさは一応感じて欲しいですね。人にとってそうであるように、猫にとっても性愛はただの繁殖活動ではなく、アイデンティティの確率に不可欠な命懸けのことなのです。

この本を読んではゆまも猫を飼いたくなったのですが、じゃぁ、ピーを身請けするかといえばそれは考えもの。週に二、三度会うという、今の距離感が二人にとってベストなのかもしれないし、ピーにはピーで大事な縄張りと仲間がいるでしょう。それに、なにより、人が猫に惹かれる最大の要素は、その本質的な自由さにあるのですから。

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三国志連載小説
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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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