中国の阿魏(アウェイ)

おとんがまた中国に一人で遊びに行った。名目は、契約したままになっている中国のクレジットカードの解約ということだったが、それを口実に中国の友人達、特に 親しかった元運転手のアウェイ(阿魏)に会いに行くのだろう。

今は宮崎で悠々自適の年金暮らしを謳歌しているおとんだが、そのキャリアの最後は、中国の合弁会社の総経理、つまり社長というものだった。通常、五十五歳になったら、国内関連会社への出向か、福祉サービスとか、総務とかいう名の、閑職に追いやられるのが通例だったのに、ビジネスの最前線も最前線の場所に飛ばされたのは、それなりに有能だったからだろう。

鉛筆削りしたり、新聞読んだりしながら、細々とサラリーマンとしての余生を過ごせばいいかと思っていたおとんは、この辞令に発奮。50の身空で、 瞬く間に中国語を覚えると、日本人、中国人あわせて千数百人いる会社の経営者として、ばりばり働きだしたのだった。おとんが中国に赴任したのは、 ちょうど一度目の反日デモが発生したときで、はゆまもあのテレビ映像を見てショックを受け、「はやく日本に帰っておいでよ~」と涙ながらに訴えたのだが、「中国がどれだけ広いと思ってるんだ。うちにはあまり影響はない。まぁ、日系資本のデパートは出禁で、イオンにもいけなくなったから、好物のハーゲンダッツは買えなくなったけどね」とさらりと一言。

実際、その三ヶ月後くらいに、初めておとんの住む中国のマンションに遊びに行ったが、少なくともはゆま自身の経験から言うと、脅威を感じたり、不愉快な目にあうことはひとつもなかった。中国の人たちは皆親切で、広州へ高速バスで遊びに行ったときは、言葉に不自由な日本人が乗っているからと 運転手さんが常に気にかけてくれ、目的地に着いたときはわざわざ席まで来て「ここで降りなさい」と教えてくれた。

デパートに中国茶を買いに行くと、チャイナドレスを着たきれいなお姉さんが、作法に則った美しい所作で、中国茶を入れてくれ、じゃぁこれにと途中で決めようとしても、「最後まで飲んでいって」と、すべてためさせてくれた。

街中には、向こうでは日式料理とよばれる日本料理屋が軒をならべ、海老茶色の可愛い作務衣を着た小姐たちが、元気な声で呼び込みをしてい た。反日でもの直後だったが、小姐たちに、他民族しかも政府が名指しする敵対民族の衣装を着ているという屈託はなく、年頃の女の子が可愛い服を着て、自分自身を可愛いと信じきっているときの、満ち足りた表情をしていた。

夜は、冒頭も言った、おとんの運転手のアウェイが、美味しいものを食べに、いろんな場所を案内してくれた。海鮮豊かな広東料理、アウェイの故郷である黒龍江省の東北料理、変わったところでは川えびの釣堀にも連れて行ってくれた。釣堀の水は味噌汁のようににごっていたが、釣ったばかりの川えびに塩を軽く振っただけのバーベキューはほっぺた落っこちそうになるほど美味しかった。また釣堀には併設の養鶏場もあって、これまた取れたての若鳥の骨付き肉を、黒酢と魚礁の味付けで、豪快に中華なべでいためた料理も出してくれた。チンタオビールを飲みながらのこいつは、本気で頭がおかしくなりそうなほど美味く、ビールは砂漠での水のように、すいすい体に入っていった。ちなみに、取れたてってどういう意味?とアウェイに聞くと、満面の笑顔で裏手の方に連れて行ってくれ、そこではランニング姿のおっさん二人が、まさに鶏をしめる真っ最中だった。はゆまは、弟と二人、来た道をすぐにユーターンした。

おとんの経営する、工場に見学に行ったときは、ちょうどローンで新車を購入したばかりの中国人の工員の子がいて、うれしくてたまらなかったのだろう、昼休みに皆に見せびらかすために、工場中を走り回っていた。その車の後ろをたくさんの若い男女の工員がついてまわっているのが、お祭りの山 車のようだった。その様子に、はゆまは戦後直後を舞台にした黒澤明映画のようなみなぎる活気を見て、涙が出そうになったのだった。

おとんが中国にいたのは、2005年から2010年までの5年間。ちょうど中国の高度経済成長の最後の盛りだった時期で、日本の高度経済成長期に青年時代を過ごしたおとんにとっては、第二の青春だったのだと思う。

その旅行中のおとんから先日電話が来た。やはり、アウェイと一緒に飲み歩いているらしい。相変わらず楽しそうだが、気になることも言っていた。な んでも、中国の人たちの表情が一様に暗いのだという。自分が経営者だったときと違い、働く人たちは文句が先に出るようになったとも言っていた。 上げ潮でがんばって働けば誰もが豊かになれると信じられた時代は終わり、勝つものと負けるものの差が出てきたのだろう。待っていても、自分の番は来ないということを悟った人たちが、焦り始めてきたのだ。

「何でも一生懸命じゃった、俺の好きな中国はなくなってきよるのかもしれん」

おとんは少しさびしそうだった。

一方、アウェイは相変わらず運転手を続けていて、ほかの同年代の中国人のように、自分で商売をはじめる気は一切ないらしい。「これ(運転)が好き だからね。商売は嫌いだ」ということだった。満州出身、元人民解放軍空軍で、身の丈は180センチ、体重は100キロ近いアウェイは、チワン族の雌牛のように美しい(アウェイの表現)妻との間に、二人の娘を作った。はゆまが遊びに行っていたころは、二人ともぽくぽくと肥えて、言っちゃ悪いが太った蛙のようだったが、おとんが「今のウェイ家」というタイトルで送れってくれた写真を見ると、南国系の彫りの深い顔立ちに、すらりとした体躯の、美しい少女に成長していた。その二人の娘に挟まれ、がっしりと父の肩をつかむ、アウェイの朴訥な顔を見るにつけ、本当の意味で、中国という国の土台を支えているのは、今も昔もこういう人なのかもしれないと思ったりした。

初めての中国旅行で、デモへの不安をアウェイにこぼしたとき、彼が言ってくれた言葉を思い出す。「政治のことはよくわかないけど、おれがハンドル握っている限り心配はいらないよ。君の爸爸は必ず守ってあげる」

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プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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