花武担 第二章 簡雍(二)

「将軍!」

 高く澄んだ声に簡雍は我にかえった。

 たちまちに、死臭は遠くなり、空気は優しくうるんだ。凍てついた黄土のかわりに、今踏みしめているのは、四川の肥沃な赭(しゃ)色の土だ。春霞みのなかに、梅や桃、篠竹の濃い淡いが眩しい。遠く霧の向こうで、黄金の微塵が舞っているのは、この国の異国情調を決定的なものにしている、火井(かせい)だろう。

 酒を入れた瓢箪を肩に担ぎ、庭園の道を歩いているうちに、意識は遠く三十年前の中原に飛んだようだった。

「どうしたの?」

 二人の小さな巴蜀の野蛮人が、よく光る黒い瞳を四つ並べてこちらを見あげている。彼女達は、庭池の畔の菜の花の柔らかく茂ったところに座り込んでいた。花穂を結びあわせて作った花輪と、草相撲のあとの車前草のちぎれたものが幾つか散らばっている。

 簡雍は顔を一つ撫でたあと、

「ちょっと昔の夢を見ていたよ」

「どんな?」

 少女が悪戯っぽく笑いながら訊いてくる。

「さぁな。若者の夢の数だけ、老人には秘密がある」

 簡雍が箴言じみたこと言ってごまかすと、少女達は顔を見合わせてくすくす笑った。

「ねっ、言った通りでしょ? いつもこんな風に昔のことは取り紛らわしちゃうのよ」

「ホントだね」

「何だ、お前達、もう馴染んでたのか?」

 二人のひどく打ち解けた様子に簡雍がそう言うと、蘭は手を伸ばして、張嶷の肩をとらえ、頬を寄せあうことで答えにした。

「童子はすぐ垣根のなくなるものだな」

 簡雍は、瓢箪を担ぎなおしたあと、築山の方へ歩き始めた。

 蘭と張嶷もついてくる。

 何がおかしいのか、二人、小鳥のさえずりように、後ろでクスクス笑いあっていた。

 いただきのあずま屋につくと、三人は、陶器の椅子に座った。

 簡雍は手酌で飲み始め、蘭はそれにあわせて、店から持ってきた松の実を卓上に直に撒いた。

「だいたいのところは紹介しあっているのかな?」

 蘭の方が質問を引き取った。

「ええ、名前くらいはね。でも、将軍、こんな可愛い子どこで拾ってきたの?」

「可愛いってお前、男の子だぞ」

「男の子といっても……」

 と、何か言おうとして蘭は続く言葉は飲み込んだ。むきつけなことを言いそうになったらしい。もう一度仕切り直して、

「山精みたいに綺麗でしょ。本当に女の子みたい。私初め誤解してしまったわ」

「誤解って?」

 簡雍が聞くと、蘭は張嶷と顔を見合わせたあと、ペロッと舌を出した。

「馬鹿馬鹿しい」

 簡雍は苦笑した。

 張嶷は分からないらしい。きょとんとした顔だ。

「まぁいいわい。年も近いし、仲良くなってもらおうと思っていたのだ」。

 簡雍は手を伸ばすと張嶷の細い顎をつかんだ。

「改めて紹介しよう。この子の性は張、名を嶷という。色々と事情のある子でな。父母は分からないが、恐らく巴の生まれた。先帝が夷陵で破れたあと、黄元というものが漢豊で叛いたことがあったのだが、それを手ずから鎮圧した際に、彼奴の城でひろいあげ、手元で可愛がっていたらしい」

「そうだったんだ。それで」

 蘭が独り言のように呟いた。

「うん、どうした?」

 簡雍が聞くと、

「いえ、何でもないわ。続けて」

 蘭は手を振った。

「先帝崩御の後は、今、南中で太守をしている馬忠に預けられていたのだが、年も十四になったしということで、成都に遊学に出してきたのだ。まぁ、わしもそれを昨日知ったのだがな。突然、忠からの手紙と刺を携えて、こんな小さな子が訪ねて来たものだから驚いたよ」

 馬忠は、巴西郡閬中出身の人である。

 閬中は成都の東北五百里ほどで、蜀の東北を限る大巴山脈が、四川盆地へなだれ込む途上にある。無数の美しい丘と谷間があり、その丘や谷間ごとに、漢族と蛮族がモザイク状に村落を作って、暮らしている。

 馬忠はもともとの姓を狐、名は篤という。狐など獣くさい姓で、漢族ではありえない。母のもので、彼は、産まれてすぐ母方の家にひきとられそこで養われた。別に父母間の仲に問題があったわけではなく、彼の生まれた土地では、これがあたりまえの俗で、子は母の姓を継ぎ、父親は母方の家に通ってくるものらしい。この辺り、草深い母系性社会の匂いがする。

 今の姓は、父の死によって、断絶の危機のあった、父方の家を急遽継がなくてはならなくなり改姓したもので、その際、名も一緒に忠と改めている。

 馬忠は、三十半ばまでこれといった話もなく、県長などの目立たない仕事をこつこつやっていたが、太守の命により、諸県の兵を率いて、陸遜のために破れた劉備の援軍に派遣されたことで、運命が変転する。

 劉備は馬忠の指揮する軍の整然たる様を見て驚き、

「黄権を失ったが、狐篤を得た」

 と言った。

 黄権は、同じ閬中出身だが、こちらは本籍を荊州に持ち、中原にアイデンティティのある純然たる漢族である。名参謀だった法正とともに漢中奪取のための策を劉備に献じた人物だった。征東の戦の際も、長江の流れに逆らって退却することの難しさを憂い、まずは自分を先鋒にして、呉軍の強さを試せと、有益な諫言をしている。しかし、これは劉備に却下され、黄権は、長江の南を進む劉備と並行して、江北を進む、別働隊の将にされた。

 結局、戦いの推移は彼の恐れた通りになり、江南の劉備軍は、多くの部隊が退却が叶わず、ほとんど壊滅といってよい被害を受けた。夷陵の戦は、対岸で行われたもので、黄権の軍はほぼ無事だったが、江南を呉に占拠されては、蜀への帰りようがない。やむなく魏に降っている。

 この政戦両方にまたがる才腕を有す人物を失ったことは、劉備にとっては敗戦以上に痛恨事だったが、そこに同郷で、しかもそれに匹敵する新しい人材が現れたことはよほど嬉しかったに違いない。先に述べた言葉と同じ内容の文を成都の簡雍に送ってきている。踊るような筆跡だった。

 その後、劉備は病を得て死ぬが、馬忠のことは孔明に言付けていたらしい。

 南方征伐戦時に、建寧の李恢とともに、独立した一軍を率いる将軍として、異例の大抜擢をされた。

 馬忠は、「君は漢族か蛮族か、どっちだ?」と本人に聞いても首をひねらざるを得ない人間だが、それだけに異族に対し偏見がない。孔明、李恢、馬忠の三隊のうち、牂牁を経て建寧に至るという、一番東のルートを進む馬忠の軍は、半ば戦い、半ば教え諭すといった感じの行軍になり、宣撫の功を最もあげた。

 対照的なのは、中央を進む李恢の軍で、平夷から彼自身の故郷である建寧を直撃するというルートだったが、蛮族に対し過酷で、だまし討ちに近い策を李恢が取ったこともあり、激しい反発を招いた。最終的に勝利をおさめたとはいえ、彼の軍は異族から魔物を見るような目で見られ、忌み嫌われた。

 李恢は馬超を帰順させる使者にたったことからも分かるとおり、有能な男だが、もともと建寧八大姓と言われる異姓の大族の出で、李氏は彼の代で急激に漢化した。それだけに無用の力みがあったようだ。この辺り、異民族戦独特の人事の難しさがある。

 戦後、南中の抑えになる人選をするにあたって、当然、李恢と馬忠の名前があがったが、孔明は迷うことなく馬忠を選び、李恢は中央に召還された。李恢自身、故地の同族相手の戦いで消耗したところがあったのだろう、ほどなく故郷から遠く隔たった漢中に隠棲している。

 馬忠は、現在、牂牁太守をつとめているが、異民族に対し、血の通った温もりのある政治をし、見事な治績の功をおさめている。ときに中央から異民族に対し甘すぎるという批判を受けたが、決して方針を変えることはなかった。

 もともと、人の世話をするのが好きな性質なのだろう。彼に育まれた目の前の少年も、不幸な境遇にもかかわらず、安心して満ち足りた顔付きをしている。

「先帝が晩年になって抜擢した男だから、同輩が少なく、心細いらしくてな。何かと頼りにしてくる。わしもそれに人よく答えていたが、まさか、こんなことを押しつけられるとは思わなかった」

 簡雍はそう言いつつ、つかんでいた張嶷の顎を突き放すようにした。華奢な張嶷の体は、百合のようにたわいなく揺
れた。

「ねぇ」

 蘭が低い据わった声色を出した。

「あんまり乱暴なことしないで」

 怖い目をして睨み付けてくる。

 大分、少年に対して情を移しているらしい。長い付き合いで、簡雍も蘭が手強い少女だということは知っている。

 慌てて、簡雍はひとつ咳をすると、

「もう聞いたと思うが、少しからだに事情がある子だ」

 簡雍は、そんな言葉で去勢のことを表現した。

 張嶷も煙が目に入ったような顔を一瞬した。

「だが、何か罪を犯したわけでもないし、自分一人の欲から親不孝を望んだわけでもない。詳しい事情は分からぬが、先帝が拾ったときには、そうなっていて、もう取り返しがつかなくなっていたらしい。少なくとも、わしの目の届く範囲では、そのことでこの子に負い目を背負わせたくない。わしは普通の男として扱うつもりだ。だから、蘭も同じようにしてくれ」

 蘭は年の割にませた自分の胸の上に手を置き、

「諾」

 と言った。

「先帝ともひとかたならぬ縁がある子だ。蘭や、親しくしてやってくれよ」

「勿論」

 蘭はそう言うと、先にしたように張嶷の肩を抱き、頬を寄せた。張嶷も嬉しそうに、桃色の透けた頬に笑窪を作って、蘭に体を預けている。そうして、二人顔を並べると、姉妹のように見えた。

 簡雍は慌てた。

「蘭の方が少し年上かな? 余り甘やかさないでくれよ。馬忠は、この子が娘くさくなるのを恐れて、外に出したんだから。文にあったが、先帝は、この子は英雄になるといったそうだ」

「この子が?」

 蘭はおかしそうに笑った。

「わたしよりもちっちゃいくらいなのよ。手だってほら」

 蘭は張嶷と手をあわせた。張嶷の指の先は、蘭の第二関節にやっと届く程度だ。

「ね」

 と言ったあと、蘭は自分の大手が恥ずかしくなったのか、慌てて袖に手を隠すようにした。

「英雄なんて荒っぽいこと無理よ」

「いや、なるさ」

 と簡雍は言いつつ、張嶷の腰に帯びている剣を見た。

 あの時、あの時だけでなく、自分の進む道の先で、道しるべのように、必ず光っていた一双の剣。今、それはちっぽけな宦官の柳のような腰におさまっている。

「先帝のご遺志だ」

 蘭はなおも何か言おうとしたが、簡雍の声の重さと、表情の影がひどく深いものになっていることに気づいたのか、口を噤んだ。

 簡雍はもう一度言った。

「劉哥哥のご遺志だ」

 劉哥哥と言ったとき、張嶷は、大きな瞳をこちらに向けた。その墨々(ぼくぼく)とした、したたるような黒に、春の庭の色合いが美しく溶けていた。

→ 花武担 第二章 簡雍(三)

花武担 第二章 簡雍(一)

 砂塵にまみれて太陽は黒く、世界は鉄と血と硫黄の匂いに満ちていた。

 放棄された村、破壊された街、人の死体で詰まった井戸、溝に転がる千切れた足や腕、樫の木になった親兄弟全て揃った一家の果実、赤毛の犬がくわえてどこかに持って行く涙の跡の残る白い少女の首。

 どこまでも、どこまでも、不可思議な美しささえある、神の怒りのあとのような、徹底的に毀され、徹底的に見捨てられた、荒廃の景色が続く。

 それが、その頃の中原だった。

 簡雍はまだ三十になったばかり。

 七尺の頑健な体は疲れを知らず、どんなことに出会っても、壮年の心は恐れを知らないはずだった。

 しかし、それでも、泗水のほとりでその光景を見たとき、こう思わずにはいられなかった。

(この世は確かに終わろうとしている)

 川幅が二十里もある泗水が、人の死体の山で埋まり、流れが止まってしまっていた。

 頭上には大陸中から集まったとしか思えない鴉の群れ。彼らは黄色い目を細め、ケーケーと鳴きながら、黒い渦になって空を旋回していた。時折降下し、御馳走の山に頭を突っ込んでは、人の目の玉や、真っ青な腸といったものをくわえていく。

 それは、紀人の憂い通り、天の怒りによって、空が裂け、断片になって剥がれ落ちていく様のように見えた。

 風向きがこちらに変る。

 生温かい空気とともに、凄まじい臭いがした。

 隣で張飛が毒づく。

「くそみたいな匂いだ」

 簡雍は狐の襟巻きで鼻を覆いながら、泣いている自分に気づいた。

 発酵した死骸から起こるガスに引火してか、そちこちで青いかげろいがたつ。それは、死者達の果て知れぬ無念と哀しみ、そして怒りを示しているようだった。

 死体の山から一つ、枯れ枝のように細く小さな足が突き出している。履いてるのが、お下げを二つ垂らした喜娃娃の描かれた子供用の赤い靴だったことを認めたとき、簡雍はえづいた。

(もう終わりだ)

 尭と舜と禹が一辺にあらわれたとしてもこの世界を救うことは出来ないだろう。桀と紂と王莽が同時に生を受けたとしても、ここまで世界をひどくすることは出来ないのだから。

「くそみたいな匂いだ」

 張飛がまた同じ事を言った。

 その傍らで関羽はむっつりと黙り込んで馬を進めている。身も心もばねが入っているようで、常に騒々しく、活動的な男だが、この惨状に言葉もないようだった。後ろに付き従う、顴骨高く眦の切れ上がった烏丸騎兵も、途上で保護した飢民の群れも、皆一様に口を噤み、ただ黙々と重そうに足を運んでいる。

 聞こえるのは、乾き凍てついた風の音と、死骸の膨れた腹が破裂するどこか間の抜けたパンという音のみ。

 奇妙に歪んだ、悪い神の見る、悪い夢のような景色を過ぎながら、簡雍は、

(自分達はどこへ行くんだろう)

 と、思った。

 黄巾の乱から始まった後漢末の争乱は、初平四年その極に至った。

 上は皇帝を虐待し、下は人民に対して収奪の限りを尽くし、その所業は魔王という他ない董卓は、前年ようやく王允の手によって取り除かれた。が、そのことがかえって、群雄達の動きに縛りをなくしたようだった。中原はいわばたがが外れた。

 河北では袁紹と公孫瓚が激しい勢力争いを繰り広げ、袁術は南陽に圧政を敷き、董卓亡き後の長安は、その残党の李傕や郭汜といった虎狼のような人間の手に落ち、秦以来の三輔は人跡絶えた荒野に変わった。

 最もひどかったのが河南で、元々は、首都洛陽や、名士の産地とも言うべき学問の巷、潁川を抱え、中国で最も繁華を極めた土地だったはずが、黄巾の乱や、続く董卓と群雄の戦いの主戦場になったために荒れ果て、飢民の群れが言葉の比喩ではなく、本当にお互いに相食む修羅の土地に変わった。

 かつては豊かな土地だっただけに、生まれる難民の数も多い。それが黄巾党の残党と合流し、まだ食料のある村落にいなごのように襲いかかっては、略奪と虐殺を繰り返している。悲惨なのは、こうした略奪によって、また新たな難民が生まれ、昨日の被害者だったはずの彼らが、今日には生き残るため加害者側に変わってしまうことだ。略奪が略奪を生み、虐殺が虐殺を生んだ、不信と憎しみは雪だるま式に膨れあがり、同時に難民の群れも限りなく膨張していく。その群れはいつしか、受け口になった黄巾党の名を取り、青州黄巾党と呼ばれるようになった。

 先の春、この百万を超える青州黄巾党を曹操という男が降し、自分の勢力下に組み入れた。十万を超える難民群に対しては、袁紹や袁術といった大勢力でも受け入れるのに躊躇するのが普通で、公孫瓚などは渤海からの流民三十万を、まるで害虫か何かのように酷薄に攻撃し追い払っている。それが、董卓との戦いのなかで、長沙の孫堅と並んで、最も勇名を挙げた人物とはいえ、勢力としては零細で弱小な曹操が、百万もの難民を受け入れたことは、天下に驚きと感動を与えた。

 簡雍もまたその報を聞き、乱世に聖人顕ると思ったものだが、それが年も改まぬうちに裏切られた。

 自分の本拠地に呼び寄せる途中だった、父親をはじめとする親族一同が陶謙の領土で何者かに殺されたことを口実に、吸収したばかりの青州黄巾党全てを動員、中原で唯一戦乱に巻き込まれず、平和だった土地、徐州に攻め込んだのだ。

 青州黄巾党は、物を奪い人を殺すことには慣れているくせに、正規の訓練は受けず、軍としての規律はないという悪夢のような集団だ。戦場となった土地に、これまでにない天災のような災厄をもたらし、その結果が、今眼前に広がる光景だった。

 救いを求めるように前を向く。

 集団から少し離れて、一人の男が青毛の馬を進ませていた。

 身の丈は七尺五寸、大きな耳と、広い肩を持っている。

「おい、哥哥(あにき)はどういうつもりなんだと思う?」

 黙り込んでいた関羽が口を開き、話しかけてきた。

 手鼻を一つかみ、目を拭ったあと、簡雍は答えた。

「どうもこうも、このまま進んで、陶謙の野郎のいる郯に行くんだろうが」

「馬鹿、そんなこと聞いてるんじゃないよ。俺にはどうも徐州についてからこっち哥哥が上機嫌に見えて仕方ないんだ」

 また、前を向く。

 確かに、その背中は弾んでいるように見える。

「哥哥のやつは会ったことはないが、曹公のことはいつも褒めてただろ? 曹公が河南の難民共、青州黄巾党とかいうやつを吸収したときも、我が事のように喜んでた。それが、親を殺されたとはいえ、事の真偽も確かめずに、いきなり徐州に攻め込んだうえ、何の咎もない住民に対して、この有様だ」

 関羽は鞭で死体の山を指し示した。

「瓚の奴とは馬があわなくなってたから、援軍に外に出されたのは、渡りに船だっただろうけどよ。信服してた人間の本性を見たうえ、飛のやつでも参っちまう光景の連続だ、気が滅入るのが当然じゃないか」

 関羽は簡雍の方へ馬を寄せると、声の調子を落とした。

「大きな声では言えないが、徐州に入って、この光景を見て哥哥は実は喜んでるんじゃないか。少なくとも、何というかな、これまでと違って、行動に迷いがなくなったように見えるんだ」

 簡雍はもう一度男の方を向いた。

 すると男が、死体の山の方を向いた。

 立派な鼻を持った精悍な横顔が露わになる。男は、右手を軽く握って腰に当て、鷲のような胸を張っていた。

「……!」

 信じられぬものを見た。

 男は死体の山に向かって、両の口角を高々と裂いて笑ったのだ。まるで、猛禽が獲物に襲いかかるときのような、獰猛極まりない表情だった。

 簡雍は慌てて顔を伏せた。

「おい」

 隣の関羽も同じものを見たらしい。

 簡雍の肩を一つ叩くと、

「怖い、怖い」

 と言いながら、遅れがちになっている飢民達に発破をかけるために、後ろの方へ下がっていった。

(あの表情の意味は?)

 関羽が去ったあと、しばらくしてから、簡雍は顔をあげたが、そのときには男はもう視線を戻していた。彼はノンビリとした仕草で、長い手を後ろに回し、ポリポリと腰の辺りをかいている。

 その鯨のような太い腰に、一双の剣があった。

 一つは三尺ほどと長く、もう一つは一尺五寸と短い。長い方は刀で、短いほうは両刃の突剣だった。いずれも、朱漆の塗られた鞘におさめられていた。柄の飾りは素っ気なく、馬革が巻いてあるだけだ。両刀それぞれの下げ緒は牛の尻尾の房で出来ていて、中国の始祖神、伏羲と女媧が編み込まれていた。

 簡雍は、その剣を見つめながら思った。

(一体、この男は自分達をどこへ連れて行くつもりなのだろう)

 進んでも、進んでも、横手に見える、川を埋めた死体の山は尽きない。

 死臭は、黄泉の国から直接吹き上がってくるもののようにますます濃い。

 道中で出会った、危ういところで難を逃れた難民たちは、もう中原は避け、荊州や揚州、あるいは益州といった土地へ避難していくらしい。彼らは一様に、凍り付いた目をしていた。きっと流れた先で、新たな憎しみと不信の種をまくことだろう。

 赤い傷口をむきだしに、世界の裂け目は止めどもなく、天際に届くまで広がっていくもののように思えた。

→ 花武担 第二章 簡雍(二)

花武担 第一章 武担(九)

「鼈霊が来た頃の四川は、今よりもっと川の勢いが盛んでね、盆地全てが湖みたいだった。成都の辺りもほとんどが水の底。おぎや、あしがはびこり、大きな山や白い石や赤い石が幾つも水の底に沈んでいた。だから、その頃だったら、私達が立っている場所も、きっと魚や海老の住み処ね。ただ、あの山、武担だけが、水面から顔を出していた。その頃の武担は高さ千丈もある大きな山で、武担の他に陸に見える山はなかったから、単に山とだけ言われていたそうよ」

 記憶というのは不思議なものだ。首飾りのように、最初の玉をひとつまみさえすれば、あとは苦もなく次々と、その連なりを引き出すことが出来る。蘭は幼いとき、祖母の膝の上で聞いた話を続けた。

「楚からやって来た鼈霊は、百丈もある樫の一本木を削って作った船を、山の麓につけると、腕が四本もある人みたいに働いた。山を削っては、その土で堤を作って洪水を防ぎ、溝を掘って悪水を流した。そうして、少しずつ乾いた土地が増えていくと、水を怖がり山に住んでいた目が縦に裂けた人たちを呼んだ。鼈霊は平地に降りてきた人たちに、蚕を養うこと、鵜を飼うこと、水牛で田を鋤くことを教えた」

 話しているうちに、不思議なことが起きた。蘭の頭のなかに、幻とは思えぬ確かな質量を持って、そのときの情景が浮かび上がったてきたのだ。龍蛇のトーテムを持って民族を指麾する、日焼けした、精悍な顔つきの長身の男と、その男のもと嬉々として働く半裸で入れ墨をした目が縦に裂けた人々。

「鼈霊の言った通りにすると、蚕は光る絹を織り、鵜は肥った魚を吐き、水牛の鋤いた田の稲は一茎に六つの穂を実らせた。それで、目が縦に裂けた人たちだけじゃなく、他の色んな人たちも鼈霊の元に集まるようになった。赤い肌の人、長いすねの人、巻き髪の人。顔かたちもばらばらの色んな種族の人たち。部落が出来、村に育ち、最後に街になった。こうして、産まれたのが成都という街よ。そして、鼈霊はこの街の王様になった」

 築山の上から見える風景が千年前のものに戻る。塼で固めた城壁が消え、「北の人」達の屋敷が消え、釉薬をかけた瓦が光輝く大城の豪壮な宮殿達が消えた。代わりに武担を中心にして広がる、竹を縄で編んだものを壁にして、稲藁で屋根を葺いた竪穴式の住居の群れと、それを囲む木柵が見えた。住居は幾つかの集まりになっていて、それぞれの集落の中心にたつのは、白虎や日輪、それぞれの民族の氏族神をかたどったトーテムだった。

「たくさんの人が幸せになったけど、それまで我が物顔で四川中を浸していた、水龍は面白くなかった。ある日、水の鱗を逆立て、泥の髭を怒らせながら、成都の街に襲いかかった。たちまちのうちに家や田は水につかり、住民全員が山の上に避難した」

 逆巻く濁流。刻一刻と水かさをまし、一歩一歩山の裾を浸していくヘドロ混じりの水。恐れおののく、様々な顔付きの人たち。そのなかで、ただ一人、吹き荒れる暴風にむかってまばたきさえしない男。

「鼈霊は鉄の剣を抜いて戦った。戦いは千と六十日続き、盾は三十二万個こぼたれ、刀は四十五万本折れ、船は六十五万艘沈み、矢は一千六百五十五万本放たれた。でも、億兆の人が斃れた戦いの最後に鼈霊は悪龍を斬り殺した。悪龍は地響きを立てて倒れ、そのせいで地軸は西から東へ傾いた。四川の土地が西が高く、東が低いのはそのせいよ。三つに裂けた悪龍の死体は、成都を流れる錦江、岷江、花江になった」

 ここで、一度蘭は話を切って、こめかみを押さえた。ひどく疲れていた。話しているのは自分のはずだが声がどこか遠い。自分ではない、何か別の大きな存在が自分の口を借りて少年に語りかけているような不思議な感覚だった。

「大丈夫?」

 蘭の様子を見て、張嶷が心配そうに声をかけてきた。

 蘭は無理に笑って見せると、再び話を続けた。

「悪龍を倒し平和にはなったけど、長く続いた戦いのせいで、人の数はとても少なくなってしまった。だから、鼈霊は人々を錦江のたもとに集め、夜が果てるまで歌垣をさせた。男の列と女の列は、近づいては離れ、離れては近づき、からかいあい、歌いあった。やがて、悪龍との戦いで斃れた人たちの分だけ恋が起こり、連れ合いが出来、赤ちゃんが生まれた。でも、たった一人、番いを見つけることが出来ないものがいた。それが鼈霊。旅と冒険を重ねた鼈霊には、どの女の人も退屈でつまらないものに思えたの」

 きわどいことを話しているのではと、蘭は耳が火照るのを感じた。胸も高鳴る。しかし、もう己の口が動くのをどうすることも出来なかった。蘭は河面を切って進む龍船の上で香木の櫂の音を聞くように、自分の言葉を聞いた。

「お嫁さんが見つからないものだから、鼈霊は部屋にひきこもるようになった。王様の気分も反映して、街全体の雰囲気も暗くなった。蚕は絹を織るのをやめ、鵜は魚を吐くのをやめ、水牛は田を鋤くのをやめた。街の人は皆、目が縦に裂けた人も、赤い肌の人も、長いすねの人も、巻き髪の人も先行きを案じて、嘆き悲しんだ」

 樫の木の戸が降ろしたままになっている族長の大きな家と、炊煙のあがらなくなった小さな家。ためいきをつく老人達と、おなかを空かせて泣き声をあげる子供達。

「その頃、遠く北の武都に、一人の少女がいた。その少女は、もともとは男の子だったのに十四歳のとき女性に変化した。嘘みたいに綺麗な子で、空に向かって歌えば鳥が肩に止まり、川に向かって手を叩けば魚が陸に騰がり、森に向かって踊れば獣がやって来て自分から餌にしてくれとねだった。まだ、桟道も出来てないころだったのに、少女は鳥も飛べない山々を越え、漢中を、蜀を自由に行き来することが出来た。皆少女のことを山の精だと言った。成都の人々はその噂を聞きつけると、この少女なら鼈霊も気に入るかと、使者を送って成都へ来てくれるよう頼んだ。少女の部族は、赤い髪の人たちで、馬に乗り、羊を飼っていた。少女と赤髪の人たちは、四十二万の羊と共に、山を降り、成都にやって来た」

 万丈の山が頂く雲冠がそのまま降りてきたような四十二万の羊の群れ、馬に乗って平野に降りてくる赤い髪を一房後ろに垂らした人々、そして、先頭にいるのは、鳥のトーテムと、柏の輿に乗った美々しい少女。少女は、戸豹の革の裙と、沈鰹(長江ワニ)の鱗の襦に、翡翠の髪飾りをつけ、髪と瞳を虹色に輝かせている。

「鼈霊は少女を一目見て気に入った。鼈霊は少女の名前を聞いた。少女は武(ムゥ)と答えた。少女は鼈霊の名を聞いた。鼈霊はそれまで誰にも明かしたことのない真名を教えた。それは開明(ホーミィ)というものだった。鼈霊と武はその日のうちに結婚式をあげた。赤い髪の人たちはお祝いに四十二万の羊を殺して捧げ、遊牧の生活はやめることにした。鼈霊は花江と錦江の間の沼地を山の土で埋め立て、そこに彼らを住まわせた」

 心が色彩と音の奔流に溢れそうになる。口は熱狂と陶酔のなかにある巫女のように勝手に動き、蘭を見知らぬ景色の土地に連れて行こうとする。

「鼈霊は気鬱が治り、また元の、いやそれ以上に元気な姿を見せるようになった。蚕は絹を織り、鵜は魚を吐き、水牛は田を鋤くようになった。武は次々に子供を産み、その数は六十人を超えるまでになった。それでも、武はいつまでも若々しく見た目は少女のままだった。何度閨を重ねても下腹は清らかなままで、武は閨の度に初々しい呻きをあげた」

 話の内容が祖母から聞いたはずのないものも含まれるようになっていた。それは蘭一個の存在を超えた、秦による一万人の植民、光武の御世の呉漢による大虐殺にも消えなかった、蜀人の血脈の記憶によるものだった。

「赤い髪の人たちが遊牧の仕方を忘れ、それよりも田を水牛で鋤き、稲苗を植えることの方が上手になったあとでも、武は武都の山々を、鳥と魚と獣と過ごした日々を忘れなかった。特に成都が珍しく晴れ、空に青色が見えるようになったときなど、武はぼんやり北の方を眺めることが多くなった。ある日、武は鼈霊に北に帰らせてくれるよう頼んだ。しかし、鼈霊は怒って許さず、六十人の子供達も泣いて止めた。同じ事が三回続き、そのうちに武は病気になった。鼈霊は国中の占い師と、魔術師を集めたが、武の病気を治すことは出来なかった。病になって六十日後に武は死んだ。鼈霊は、嘆き哀しみ、赤い髪の五人の力士を武都に送って、その土を成都のなかまで担いでこさせた。そして、堤や澤の埋め立ての度に削られ、今はすっかり平たくなってしまった山の跡に土盛りをさせ、そこに武を葬った。それから、その塚のことを少女の名を取って、武担と呼ぶようになった」

 話は終わった。暴れ馬からようよう無事に身を地上に降ろすことが出来たもののように、蘭は深く安堵の息をついた。めまいがするので「ごめん」と言いつつ、少年の肩につかまった。少年は身を差し入れてやりながら、

「面白かった。ありがとう」

 と顔をほころばせた。

「どういたしまして」

 まだ、頭のどこかが先ほどの世界、「北の人」が持つものとは違う、別の神話の世界に浸っている。蘭は頭を、濡れた犬のように激しく降って、その余韻を振り払った。

 蘭は少年を見下ろしつつ、

「ごめん。調子に乗って変なことも言った気がする。でも、そうね。だから、あの山は武担といって、背もあんなに低いのよ。成都の街は皆武担から始まったの」

「うん、うん」

 少年は熱心に何度もうなずきながら、きらきらと笑った。

 蘭はその笑顔を見つつ、神話の武という少女はこの少年のような子じゃなかったのではないかとちらと思った。

 まじまじと見てしまったのかもしれない。

「どうしたの?」

 と、少年がいぶかしんだ。

「ううん、何でもない」

 と、蘭は目線を反らした。

「そういえば」

 照れ隠しに、武担と「北の人」との関わりのことを、つけたりのように付け加える。

「先帝が皇帝になったときも儀式はあの山の南の麓で行われたわ。」

 そのときは、先帝の友人だった簡雍も美々しく着飾って、儀式に列席したはずだ。ただ、華やかははずのその典礼は、友人の一人関羽が死んだ後だったので、どこかうら寂しい雰囲気だったという。

「先帝が亡くなったあとも、武担に葬られたの」

 男の子から女の子に変化した可憐な少女の上に、激烈な中原の闘争をくぐり抜けた、血まみれの恐ろしげな男が、折り重なって倒れたことになる。

「それは……」

 先帝が、自分も鼈霊や武のようによそものだが、成都の人たちから末永く愛され、残していった政権も、成都にとっての武担のように住民から親しまれ馴染まれることを望んだからかもしれない……

 そう言おうとして、蘭は自分の手の下の少年の肩が震えていることに気づいた。見ると、少年の大きな目から引きもきらず、涙があふれこぼれている。

 蘭は慌てた。

「ごめんなさい。私、何かおかしなこと言った?」

 張嶷は首を振った。

「ううん、そうじゃないの」

 しかし、そう言いつつ、激しい歔欷はやまない。

「そうか……先帝はあそこに」

 張嶷は流れる涙を拭いもせずに、じっと武担を見ていた。

 山椒や桂、木蓮に飾られた武担は、曇天と物憂い春の霞みにおおわれたこの成都で、それだけが色彩のあるもののようにして照り輝いている。

 少年はもう一度独りごちた。

「そうか……先帝はあそこに」

 簡雍が築山で一人泣いていたときと同じく、少年の涙を前に、蘭は何を出来ぬまま立ち尽くすしかなかった。

→ 花武担 第二章 簡雍(一)

花武担 第一章 武担(八)

 蘭は少年に対する態度を決めきれぬまま、まずは、

「私は蘭よ」

 と名乗った。

 張嶷は、

「蘭、蘭」

 とつぶやき、その響きを口の中で味わうようにしていたが、やがてにっこりと微笑み、

「よい名だね」

 と言った。

 ぱっとその辺りに日が差し、世界の広がるようなよい笑顔だった。

 その笑顔を見て、蘭はこの子を嫌うのはやめにした。

「ありがとう。私もあなたの名前、とても素敵だと思うわ」

 張嶷は、蘭の愛想に、右頬を右肩につける独特の礼で報いたあと、

「ねぇ、友達になって。君のことは阿蘭(蘭ちゃん)って呼べばいい?」

「いいわよ。私はあなたのことを阿嶷(嶷ちゃん)って呼ぶわね」

 話しているうちに、相手が同性でもなければ、厳密にはいわゆる雄でもないことが分かったからだろうか、ひどく気安くなってきた。

「成都は初めてなんでしょ。色々教えてあげる。初めはこの庭からかな。何と言っても、私六歳からここで遊ばせてもらってるのよ。何でも知ってるの」

「嬉しい」

 張嶷は両手をあわせた。

 木の葉のように小さな手だ。

 去勢という履歴を知ったせいもあるだろうか、蘭はひどく庇護心が掻き立てられた。

「さぁ」

 と手を取る。

 少年は立ち上がったが、蝶の羽をつまんだように手応えがたわいない。立ち上がらせてみると、背丈は蘭の肩ほどしかなかった。蘭が七尺近くあるから、六尺そこそこといったところだろうか。張嶷は信頼しきった様子で、蘭のことを見あげていた。

(あの子が生まれて、私に妹か弟がいたらこんな感じだったのかな)

 蘭は、ふと自分がまだ幼い頃、簡雍と出会うか出会わないかの時期に、雌雄も分からぬまま、母の下腹から水になって流れた命のことを思い出した。

「池の方に行きましょう」

 蘭は、張嶷の手を一度握りなおしたあと、庭池の方へとくだる築山の階段を踏んだ。

 しかし、歩を進め、築山の中腹まで来たところで、ぴたと張嶷が足を止めた。

「どうしたの?」

 と振り返ると、

「あれ」

 と少年は西北の方向を指差した。

 指し示す方を辿ると、武担山があった。

「あぁ、あれ、武担山というのよ。小さいけど、綺麗な山でしょ。みんな、あの山で方角を知るの」

 蘭は手早く答えると、また歩きだそうとした。

 しかし張嶷は根が生えたように足を動かさない。

「どうしたの?」

「もっと教えて」

「もっとって。ただの山よ。別に特別なことのない、ただの……」

 少年の大きな目がひとりでに潤みだしている。

「教えて」

 ひどく真剣な表情だった。

「本当に何でもない山なんだけどな」

 蘭は、少年の様子に戸惑いつつも、天気予測の目印に使われるとか、娘たちの間では占いの種になっているなどといったことを教えてやった。

 しかし、少年は、

「もっと、もっと」

 とせがんでくる。

「困ったな」

 仕方なく、頬に手を当てながら、頭の中で武担にまつわる知識を探っていたが、やがて、置き忘れていた玩具のような、遠く古い記憶に行き当たった。

「死んだおばあちゃんから聞いた話よ。とても昔の話。尭や舜や禹よりももっと昔の、まだ人と獣の境も、人と山精の境も、人と神様の境もあやふやだった頃の話。その頃、この国は目が縦に裂けた人たちが住んでて、王様の名は鼈霊(べつれい)といったの」

 少年の興味をひいたようだ。顎をあげ、目を見張って、聞き入っている。

「鼈霊はとても強くて、とても賢い王様だった。でも、もともとはよそもので、楚から長江を遡ってやって来たの」

 話しつつ、蘭はちらと、十三年前に、森を幾つもつぶして大船団を仕立て、荊州からやってきた剽悍極まりない人間集団、先帝劉備と「北の人」達との符合を思った。

→ 花武担 第一章 武担(九)

「毎日に。」

素敵な画家とブログを紹介したい。

富士様という方で、ブログの名前は「毎日に。」

http://fujiatsu302.blog69.fc2.com/

twitterをきっかけに知ったのですが、、子供の頃に見た夢に迷い込んだような、独特の世界観がたまらなく魅力です。招待してもらった個展では、ふとした拍子にめくれて露わになった、もう一つの、危うく魅惑な世界を浮遊しているような、不思議な感覚を覚えました。

色々な方に、その魅力を知って欲しくて、今回紹介させてもらいます。

是非クリックして、その独特の世界を堪能されますよう。

花武担 第一章 武担(七)

(これは負けかな)

 しかし、蘭も街で育った娘だ。

 気が強く、弁も立つ。

 そう簡単に尻尾をまくわけにはいかない。

(ふん、なにさ。この娘だって、朝昼夕の三食には、獣か魚を殺して食べないわけにはいかないだろうし、そうしたら、出るものだって出る。同じ人間じゃないか)

 気を取り直して、もっと意地悪な目で、あらを探してやろうと、少女を見据えなおした。

 そうして、よく見ると、左目の縁に一つ小さな黒子がある、また内斜視だろうか。右の瞳がやや内に寄っている。

 欠点といえば欠点である。だが、それらの欠点が、この少女の場合、整い過ぎて、ともすれば平凡な印象に堕しかねない顔の調和を挑戦して崩し、その美しさをより高次な、神秘といってもいいようなものに昇華してしまっていた。

「ふふっ」

 鈴が微風に揺れるような短く澄んだ笑い声がした。

 蘭の様子におかしさを感じたのか、少女が口中で笑ったようだった。

 あなどられたかと重い、きっとにらむと、少女も蘭のことを穏やかに見返してくる。

 近視もあるのかもしれない。こちらを見る目つきが、遠眼鏡を逆から見るように遠いものになっている。それが何やら自分の深いところまで見通されているような気がして、蘭はドギマギしてきた。

 やがて、少女が口を開いた。

「ねぇ、どこから来たの?」

 男の子みたいな話し方。

 少し巴の訛りがある。

「いきなり庭に現れたでしょ。山精かと思って、びっくりしちゃった。ひょっとしてここの子なの?」

「違うわ」

 いきなり打ち解けた感じで話しかけてきたのが、何となく腹立たしく、そっけなく言うと少女はちょっと傷ついた風だったが、すぐ微笑みを満面に浮かべると、

「僕は性は張、名は嶷。昨日、成都に来たばかりなの。ねぇ、君の名は?」

 と聞いてきた。

(嶷?)

 蘭はおやと思った。

 嶷は若くして英明であることや、利発な気質をあらわし、通常男児につけられる名だ。

(何か大変な勘違いをしていたかもしれない)

 蘭は慌てて今まで少女と思っていた存在を見直した。

 よく見ると、上着こそ女物のようだが、下は地の厚い胡(ズボン)を穿いている。

 また、腰には一双の剣を帯びていた。一つは三尺ほどと長く、もう一つは一尺五寸と短い。長い方は刀で、短いほうは両刃の突剣のようだった。いずれも、朱漆の塗られた鞘におさめられていたが、その鞘というのが無数の傷の走った年期のいったもので、持ち主の雰囲気にはまるでそぐわなかった。柄の飾りも素っ気なく、馬革が巻いてあるだけだ。両刀それぞれの下げ緒は牛の尻尾の房で出来ていて、中国の始祖神、伏羲と女媧が編み込まれていた。

「ねぇ、あなたひょっとして男の子」

 そう口に出しそうになって、慌ててその言葉を飲み込んだ。初対面で性別を聞く馬鹿もいない。

 困っていると、向こうの方が解決の糸口を垂らしてくれた。

「変な恰好かな? ぼく、大監なの」

 蘭は目を見張った。

 大監は宦官の意で、去勢された男子のことを指す。

 先帝の頃は、ほとんど見なかったが、今上帝になってから増えだし、蘭も市場などで、でっぷりと太った宦官が買い付けにやって来て、店の親父と値段の交渉を甲高く嗄れた声でしているのを見掛けるようになった。

 宦官にも、大人になってから去勢されたものと、まだ子供のうちに去勢されたもの、二通りあり、前者を貞といい、後者を通貞という。

 貞は、太っているうえに、髪も眉もなく、肌は腠理(そうり)はがれてしわくちゃという化け物としかいいようのない外貌をしているが、通貞の方は素質があるものは、美少女も顔負けの美貌の持ち主になる。

 蘭も、一度、通貞が大人の宦官の付き添いで、官設市場に来ているものを見掛けたことがある。

 この少年のように、息を呑むほどの美貌の持ち主だったが、目元がただれていて、どこか裾の汚れている印象を受けた。塩を入れた壷を抱えていたが、その真っ白な腕が蝋のようにとろりと溶けて地に落ちてしまうように見えたことをよく覚えている。

 男の子にとってのそれが失われるということが、どういったものであるか。女である自分には完全に理解することは出来ない。しかし、とても痛く、とても恥ずかしい思いをしたすえに、身の一部を引き裂かれ、人の持つ楽しみの大部分を奪い去られてしまうものだという程度のことは分かる。市場で見掛けた少年は、自分の履歴も、未来もとうに捨て去ってしまったような、そんな捨て鉢な表情をしていた。

 しかし、それと同族のはずの、この張嶷と名乗る少年の、好奇心に溢れて、こちらを見つめる目にはなんの陰りもない。桃色の頬も精気に満ちて、はち切れそうに、ぽくぽくと照り輝いている。

→ 花武担 第一章 武担(八)

花武担 第一章 武担(六)

 気づくと、路地を抜け、花江のたもとまで来ていた。

 ここから、船着き場や洗濯場になる石畳みへと続く階段がある。

 そこを中腹まで降りて、手を伸ばした場所が、屋敷の塀の裂け目だった。

 階段を降りながら、蘭は花江に視線を向けた。

 いつもは、川面を埋め尽くすように一杯の画舫(うかれぶね)が、今日は一隻もない。それらは恐らく、雨戸や苫を降ろして、それぞれの属する妓楼のたもとに、羽を休める水鳥のように静かにもやってあるのだろう。

 川面には、ただ、真っ白な、柳絮(りゅうじょ)が雪解けの溶け残りのようにして流れている。それで、いつもは多くの住民の生活にまみれ、濁って見える花江の水が、今日は妙に澄んで見えた。

 どこかで、葬式の太鼓が鳴るのも聞こえる。その音は、いくつもの場所で、重なり合いながら響いている。誰かが悲嘆して泣く声も聞こえてくるようだ。戦死の報がまたどこかの家に届いたのだろうか。

 今、この国は戦争をしている。

 この年の初め、「北の人」達が大挙して北に向かい、桟道を超え、はるか彼方の涼州、恐らくこれまでも、これからも、決して蘭の履歴には触れることのない土地に攻め入ったのだ。それで、成都中の若い男も、花江の向こう岸の人たちも皆いなくなってしまった。

 先帝のご遺志ということだった。

 しかし、初めは調子のよかったその戦も、馬謖とかいう若い将軍の失敗のせいでうまくいかなくなったらしい。

 まだ、敗北の全貌は分からない。

 しかし、血相を変えて、市橋をこえ、政庁のある小城へ駆け去っていく早馬や、五月雨式に届く戦死者を包んだ馬革の袋を乗せた車の数を見れば、それがどのようなものだったかおおよそ予想はつく。

 いずれにせよ、私達は負けたのだ。

 ただ、親類を失った人たちには悪いとは重いながらも、兄や弟がいないせいもあって、戦いは川向こうで鳴る雷の音のように遠く、自分のこととして考えることが出来なかった。それよりも、今、自分の身体の深いところで鳴る、止めどのない響きの方が大きく近かった。

「まだ、はやいわ」

 そう、また独りごちながら、蘭は塀の裂け目を潜った。昔は、空き間に十分な余裕があって、苦労せず向こうにつくことが出来たのに、今はとても狭く、特に腰の辺りがつかえそうになる。そのうちにきっと通ることが出来なくなるだろう。そして、きっと、それはそんなに遠い未来ではない。

 まろび出るようにして、ようやく塀の向こう側に出た。

 ほこりまみれになって、蘭は、裙をパンパンとはたきながら立ち上がった。

 見あげると、築山に誰かいる。

 逆光で見えにくいが、簡雍だろう。

「将軍」

 と声をかけると、あちらも気づいて、「おや」という風にこちらを向いた。

「ねぇ、将軍」

 髪をととのえながら、築山の方に歩いて行く。

「私、今日相談したいことがあるの」

 そう言いつつ、築山の麓まで来たところで、蘭はぴたと足を止めた。

(嫌だ)

 酸いものでも飲んだように顔をしかめる。

 築山にいるのは簡雍ではなく娘だった。

 しかも、自分と同じ年くらいの。

(そんな人じゃないと思っていたのに)

 少女はこちらを見下ろしてあどけなく首をひねっている。

(お妾さんだ)

 蘭は、馬の糞でも踏んづけたような思いがした。

 簡雍は、高位の人間には珍しく、畜妾の習慣がない。

 妻子もいないため、このままでは家が絶えるのだが、あっさりしたもので、

「簡家はわしで終いだ」

 というのが常だった。

 ただ、まわりの方が、絶家の親不孝を惜しんで、うるさいらしい。結婚という年ではなくとも、別棟に妾を置いてはどうかと、薦めてくるようだったが、簡雍は、

「今さら妾でも家族なんて面倒だし、こんな爺のせいで、年頃の娘を日陰者にするのも嫌さね」

 と、すべて断っていた。

 蘭も年頃の娘らしく、性にまつわるうるさい論理感を持ち始めていたが、簡雍のそうした姿勢は、清潔で好ましいもののように思えた。

 無論、簡雍も完全に枯れて、脂っ気が全くないというわけでもない。それどころか、妓楼には三日と置かずめかし込んで出掛けていく。

 だが、蘭も遊里のたもとで育った娘だ。同じ女遊びでも、妓楼通いにはどこか甘い。それに、畜獣のように娘を家に囲い込むのと、魏の曹操の妻がそうだったように、己の美貌才覚で巨富を蓄えることも出来る妓楼の妓女と遊ぶのとでは、後者の方がどこか陽気で明るいように思えた。

 簡雍は、妓楼では、金離れがよく、遊び上手なうえ、妓女にも親切なので、大変人気のある客らしかった。化け物じみたご面相にもかかわらず、簡雍の酒席に呼ばれた妓女は、なかなか場から離れたがらない。

 これは店の客から聞いた話だが、あるとき、まだ二十歳そこそこの若僧達が、妓楼にのぼった簡雍にからんだことがあったという。自分達の宴の場に、お気に入りがなかなか来ないのに苛立った結果だった。彼らは、娘を求めて、妓楼の二階で宴を張っていた簡雍の酒席に乱入したのだ。皆、名家の貴公子達で、にきびを頬に浮かせたうらなりどもだったという。

 簡雍は、そのうらなり達から自分の膳部を蹴倒されても温顔を変えなかったが、若者の一人がその娘の頭を軽くはたいたことで赫怒した。

「孺子」

 と叫ぶと、その馬鹿者の襟をひっつかんで、二階から花江に向かって投げ捨て、残りはまとめて階段から一階まで蹴り倒してしまった。

 この話をしてくれた客は、

「さすが関将軍、張将軍のお友達だった人だ。やっぱりお強いんだねぇ」

 と頻りに感心していた。

 蘭は乱暴は嫌いだったので、後で簡雍に、

「将軍、随分腕白をしたそうね」

 とやんわり皮肉を言ったが、簡雍は顔をぺろりと撫でて、

「ふん」

 とはにかんで笑うばかりだった。

 傷も皺も一緒くたにくしゃくしゃになった、決して審美的に美しいとは言えない笑みだったが、その笑顔を見ると、蘭は胸がいっぱいになって涙が出そうになった。

 鼻に泥をつけた十二、三の男の子の笑顔のように見えたのだ。

 いずれにせよ、簡雍は少女が友情や愛情といったものを捧げるにたる老人だった。

 しかし、もし簡雍が耄碌して、他のあぶらぎったつまらぬ狒々爺と同じく、娘を、しかも自分と同じ年頃の少女を囲い込もうとしているのだとしたら、友人としての彼との縁もこれまでである。

 急に身なべに起こった厄介事、つまり、成都東北十里の新都に住むという、遠い親類との結婚話を相談しようとしていた自分のたわいなさにも腹がたつ。

 このまま立ち去ってやろうかとも思ったが、もともと自分の庭だった場所に入り込み、しれっとした顔で座り込んでいるこの娘には、一言ねじこんでやらなくては気がすまない。

 蘭は心中で罵声の弓を引き絞り、悪罵の矢をつがえながら、築山を登り始めた。

 登るにつれ、東屋に座っている娘の姿が鮮明になってきた。

 彼女は、上等の蜀錦の襦の上に、赤い比甲(ベスト)を羽織っていた。薄絹の羽衣を首の後ろに通し、腕に遊ばせている。どれも仕立てがよく、いかにも高そうなものだった。

 中腹まで登った辺りで、段々蘭の心中の弓はたわみはじめた。

(なんて……)

 と、蘭は思った。

(なんて、綺麗な子なの)

 陶器の椅子に少し斜め座りに座った娘は、行儀よく揃えた膝の上に小さな手を置き、こちらをじっと見ている。色は透き通って白く、頬には血がほんのりとのぼって桃色、目はあくまで大きく、睫毛が水草のように濃くしげっている。口は、小ぶりで愛らしく、飴玉を含んだみたいに笑窪をくぼませ、うっとりとしたような笑みを浮かべていた。

 蘭は気圧されてきた。自分の器量に対し、肉付きのよさは置いておいて、

(そんなに悪い方じゃない)

 と自負していたが、この少女の美貌というのは、蘭どころか、その美しさを詩に謳われる妓楼の妓女達のなかにも、ちょっと見当たらないものだった。

→ 花武担 第一章 武担(七)

花武担 第一章 武担(五)

 簡雍という老人に対する像がここまで豊かになったとき、蘭はもう少女といっていい年になっていた。

 といっても、たとえば先の帝の親友であったとか、政戦両面である程度の才能があった程度のことで、人の目方を変えたわけではない。

 少女の天秤の重りは、もっと重く、具体的なもので出来ている。たとえば、松の実や、梅の木に揺れる秋千といったもので。

 ただ、老人の孤独の根を理解出来たもののように思うのだ。

 五十年。

 そう口にしただけでため息が出そうな長い時間、生死を共にした大切な大切なお友達を老人は失ったのだ。そして、先祖の墓もないような、遠い異国の地に、独りぼっちで置いてけぼりにされてしまった。

 蘭は、たった一度だけだが、老人の孤独にほんのわずかばかり触れたことがある。それは、十歳の時、家の手伝いで何かヘマをやり、親にきつく打擲された夜のことだった。

 ヘマがどんなものだったか具体的には覚えていない。

 どうせ酒壺に麻布の蓋をするのを忘れていた程度のことだろう。

 ただ、寝床についても憤懣やりきれなく、家出してやるという気で家を抜け出し、真夜中に塀の裂け目を潜って、簡雍の屋敷に入り込んだ。

 成都には珍しく晴れ渡った夜で、中天には丸い月が架かっていた。

 例の築山の方を見ると、簡雍の姿があった。

 なぜかあずま屋の椅子に座らず、アザミや菜の花の柔らかくしげった地べたに、少年のように膝を抱えて座っている。かたわらには常の如く酒壺が置いてある。酒を飲んでいるようだが、池の方を向いているので、蘭のことには気づいていないようだった。

「将軍」

 と、声を掛けようとして、蘭はその言葉を飲み込んだ。

 簡雍の目元に光るものを認めたのだ。

 簡雍は泣いていた。

 傷や皺の奥に折りたたまれた目から止めどなく涙が流れている。

 成都中、月の光に濡れそぼち、銀色の湖の底にひそと沈んでいるような夜だった。庭池を縁取る、梅や桜の梢も、月に生えるもののように、しろがねの枝を伸ばし、しろがねの葉をはやしている。

 とても静かで、聞こえるのは、かすかな老人の歔欷の声だけだった。

 息を詰めて見つめていると、簡雍は、酒杯を持って立ち上がった。

 杯をぱっと空に向かってあおる。

 酒が、宝石のつらなりのように、きらめきながら広がったあと池に落ちた。

 そして、老人は血を吐くような声で叫んだ。

「劉哥哥(あにき)!」

「雲長!」

「益徳!」

 そう三人の大切な友達の名を呼ぶと、人里にまぎれたトラが山を慕うような風情で、おいおいと泣いた。

 蘭は、それ以上近づくことも、また立ち去ることも出来なかった。ただ声もなく塀の裂け目のたもとで、簡雍が酒壺を抱えて院子の方へ立ち去るまで、立ちすくんでいた。

 あとで知ったことだが、老人が花江の向こう岸からこちらにやって来たのは、三人の友人のうちの一人、関羽という人が呉の孫権の手によって斃れてからのことだった。

→ 花武担 第一章 武担(六)

花武担 第一章 武担(四)

 幼いときは、ただもう仲良しの友達というばかりで、簡雍の履歴について深く知ろうとはしなかったが、長じるにつれ、人への興味も深くなってくる。それに、簡雍は、溺街の人や、現政権のお偉いさまたちの来客もあって、常ににぎやかに人に囲まれていたが、蘭が彼から受ける印象は不思議と孤独というものだった。

老人との出会いから四年が過ぎた頃から、

(どういう人なのだろう)

 ということが気になるようになった。

 しかし、老人は多弁で物語り好きのくせに、自分の履歴については、当たり障りのないことばかりで、ほとんど話さない。

 時々酒に酔って、口が軽くなることもあるが、話が程良く進み、核心に近づいてくると、急に見えない壁にぶつかったようにだまりこみ、

「さて、この先はどうなったかな? 爺は忘れてしまったよ」

 と、話を逸らしてしまう。

 ただ、幸いなことに、蘭の実家は酒屋だった。

 口さがない人間には事欠かないし、いつの時代、どんな場所でも、自分の卑小さは棚にあげつつ、古今の人物を好き勝手に批評し、罵倒することを好む人間というのはいるものだ。花街近くのうらびれた酒屋でも、そちこちに即席の月旦評の市がたつ。蘭は、その論者達の言葉を拾って、老人の人物像に肉付けをした。

 そして、分かったのが、この簡雍という老人が大ざっぱなくくりで言うと、「英雄」という人種に含まれるらしいということだった。

 簡雍が、生を受けたのは延熹五年というので、もう七十年以上前になる。

 生国は幽州涿郡。万里の長城のすぐ側で、成都からは千里を隔てている。

 生家は先祖をいくら辿っても役人を出したことのない、いわゆる庶の出だ。もともとの本姓は耿だったが、幽州では簡と同じに発音されるため、周りから読み違えられることも多く、面倒臭くなって改姓したという。大らかといえば大らかな話である。

 そのまま、世が平穏に過ぎれば、簡雍も他の無名の先祖達と同じく、生涯に二、三度体験する牧民の襲撃を大事件とする程度の、平凡な百姓として終わっただろう。だが、彼が二十二歳のときに起こった黄巾の乱と、それを直接の引き金にして始まった大陸中をかき回すような大動乱が老人の生を大きく変えた。

 いや、正しくは、彼の生家と通りを挟んで斜め向かいに、門前に大きな桑の木の植えられた屋敷があったことが、老人の生に決定的な意味を与えた。

 そこには簡雍より一つ年上の若者が住んでいた。

 若者は、身の丈七尺五寸(百八十センチ)という恵まれた体を持ち、鼻は鷲のように高く、目は切れ長で、「肩まで垂れそうじゃ」と冗談を言われるほど大きな耳を持っていた。両腕も長く、特に大袖の杉(さん)を着て、手を広げたときなど、鳳凰が舞い降りたかのように見えたという。

 若者の姓名を劉備、字を玄徳という。

 この若者は幼いとき、門前の桑の木を見て、「僕も大きくなったら、天子の乗っている馬車に乗るんだ」と嘯くのが常だった。天子の乗る車は桑の木で作られる上、その梢の伸びる様がちょうど傘のように見えたからだ。

 運がよかったのか悪かったのか、とにかくこの一代の英雄のたまたま近所に生まれついてしまったということが、老人の運命を決めた。幼いころから、劉備に餓鬼大将が野良犬を手なずける感じで、手荒に可愛がられ、彼が近隣五百人の若者を集めて黄巾退治のために旗揚げしたときも、さも当然のように参加させられた。

 その後は、劉備に従って、動乱の中原を馳駆したが、後漢末の群雄のために百戦してほとんど百敗し、特に一世の英雄で、一時は大陸の三分の二を支配した曹操がこの零細な勢力を初めから目の敵にしていたため、大陸的な規模で逃げまどわなくてはならなかった。

 それでも兄貴を人に頭を下げさせない立場に、つまりは男にしてやろうと、労苦に労苦を重ねた末、ようやくたどり着いたのが益州であった。そうして蜀という国が出来、蘭のような局地的な視点から言うと、花江の向かいに見慣れぬ、春秋の六国の区分で言うと燕や斉風の暑苦しい屋敷群が建った。その時には、五百の若者のほとんどが倒れ、生き残ったのはたったの三人、つまり簡雍と、劉備の義兄弟、関羽と張飛だけになっていた。

 関羽と張飛といえば、益州に限らず、大陸中誰でも知っている、蘭ですら知識のあった、万夫不当の猛将だが、簡雍は、彼らに対しても対等の口を効いたという。一つには、劉備との付き合いだけなら簡雍の方が長いということがある。また、もう一つには、簡雍も二人には劣るにしても立派な器量人であった。

 千人程度の部隊を率いる将卒としては堅実な才腕を有していたし、なにより周旋、外交という分野に関して言えば、その種の才能に恵まれなかった初期の劉備軍のなかで貴重な人材だった。実際、十三年前、この成都という街を降伏させるための使者にたち、難しい交渉をまとめたのが簡雍だった。

 また、あまりおおっぴらに口外出来ることではないが、草創期の劉備政権の陰の部分、例えば策謀や諜報といった部分を担当していたのも簡雍だったらしい。

 長年の付き合いのなかで、簡雍は関羽と張飛の泣き所もつかんでいたのだろう。それで、劉備以外には人なきといった風な、傲岸な態度が常の二人も、簡雍にだけは他の同輩には見せぬ敬意と友情を示した。

 また、それは劉備も同じことで、簡雍に対する接し方は死ぬまで、家来というより友人に対するものであったという。

 今は、もう関羽も張飛も、そして先の帝であった劉備も死んでしまったが、それでも現政権の首脳、たとえば諸葛亮孔明といった人々も、簡雍に対しては相当に気を使っている。

 当然といえば当然であろう。

 この国の成り立ちを全て知る、生き証人のような人間なのだ。機嫌を損ねたら、どんな秘密がその口から飛び出すか分からない。

 簡雍もまた、孔明達の会釈をいいことに、彼らと会うときは、長椅子に寝そべって話すのが常なのだという。

→ 花武担 第一章 武担(五)

花武担 第一章 武担(三)

 簡雍は妻も子もおらず、広い屋敷には、自分と同じ、幽州から流れ着いた李という老夫婦の使用人を置いているばかりだった。

 屋敷は、東半分が蘭と簡雍の出会った庭園、西半分が簡雍と李夫妻の住まう院子になっている。院子は、中央に井戸のある内庭があり、正房や東廂房などの建物がそれを囲んでいる。家屋は全て焼締めた塼で出来ていた。成都では木竹で家を建てることの方が多いから、こんなことも他の家との色合いの違いになっている。 

 簡雍は、李夫婦に蘭が塀の裂け目を潜って来ても、とがめないようにと言いつけた。

「庭で遊んでいる分には自由にさせなさい」

 それで、蘭は、庭園に自由に出入りすることが出来るようになった。

 庭園は、鯉や鮒の泳ぐひょうたん型の庭池、それを美しく縁取る梅や椿、豫樟や篠竹を生やした林、ヒメリンゴやタチバナの果樹園があってまことに広い。蘭はそこで、柔く青くさい芝生のうえに寝転がったり、果樹園でヒメリンゴをもぎったり、庭池に罠をしかけて鮒を捕ったりと、思う存分楽しく過ごした。

 簡雍の方でも、蘭の訪問を楽しみにしているらしい。

 彼女が遊びにやって来ると、老人は築山に登り、酒を飲みながら、荘園を劫掠した匈奴のように気ままに振舞う、小さな侵略者の様子を面白そうに見守った。

 魁偉な顔相の割りに、もともとこの老人本性は情が深く、親切ものらしい。

 蘭が一人遊びに飽きると、膝に乗せ、様々に物語りしてくれたし、蘭のやりたがる子供っぽい遊び、草相撲や西瓜の種を使った数当てなどにも付き合ってくれた。

 八歳の清明節のときには、他の家ではお祭り騒ぎのこの日こそ、酒屋の蘭の家ではかき入れ時になるため、墓前の宴会も、秋千(ブランコ)の遊びもできないといってむずがる蘭のためにわざわざ即席の秋千を作ってくれたりもした。

 益州は「天府の国」と言われるほど豊かな国だ。気候は温暖で、雨風が優しく、赭(しゃ)色の土も指で押せば蜜が染みそうなほど肥えている。

 歴史的に見ても、中原から隔絶した土地のため、大陸の凄惨極まりない闘争とも無縁だった。常に綿でも抱いたような曇りがちの天気もあって、男も女も酷烈な日差しを知らない薄く白い肌を持った、小柄で楚々として、処女のように穏やかな人間が多い。

 そんな蜀人達の目から見れば、先帝の劉備が中原から引き連れてきた人達は、顔付きは猛々しく、口を開けば舌に棘があり、強く大きく荒々しいばかりで、人間味というものが感じられなかった。

 それで、蘭の親も含め、根っからの成都の住民は花江の北側に住む侵略者達を「北の人」とか「中国の人」とかといって隔てを作り、敬遠していた。蘭もそうした風潮に影響され、彼らに対しては根強い反感があった。

 ただ、本来そういった種族のうちの一人である簡雍に対してだけは、蘭は、心のなかに特別な場所を設けてやった。

 蘭はこの頑健な体を持ち、笑うにせよ怒るにせよ感情はいつもむき出しで、くしゃみをすれば一町も先の家の梁までふるわせ、黒酢や醤油に濡れて真っ黒で塩辛くて脂っこい北方の料理を好み、にんにくをかじり、強い酒を飲み、下がかった冗談を連発する野生児のような老人を愛した。

 蘭との交流が深まるにつれ、最初は柄の違う人がやってきたと迷惑がっていた溺街の者達も段々と打ち解け、位階持ちの老人を何かと頼りにするようになった。簡雍もまたもともと世話好きな性格なのだろう。街の者が頻繁に持ち込んでくる厄介事、葬式の手配や、結婚の仲人、借金の依頼に役所とのもめ事の仲介といったものを、喜んで裁いてやった。

 その裁可や、テキパキとした物事の進め方がいちいち確かだったため、いつのまにか簡雍はこの溺街の顔役的な存在になっていた。

 蘭の親達も蘭が簡雍の屋敷を訪ねるのに初めはいい顔はしなかったが、老人が必ず蘭の店から酒を買うようになったこともあり、やがて何も言わなくなった。

→ 花武担 第一章 武担(四)

花武担 第一章 武担(二)

 先帝が、北方の人をたくさん連れてきて、この街にやってきたのは十三年前、蘭が生まれたのと大体同じくらいのことだった。蘭は覚えていないけれど、激しい戦争があって、その果てにこの街は先帝のものとなった。

 体の大きな北方の人たちは皆花江の北、皇宮のある大城の近くに塀の高い、風通しの悪い屋敷をひしめくように建て並べた。

 四川の夏を知っている土地のものからすれば、見ているこちらの方が息苦しくなるような風景だったが、将軍も似た感覚を覚えたのかもしれない。蘭が六歳の頃、川をわたってこちらに越してきた。そして、たまたま空き地だった蘭の家の隣に、屋敷を構えたのだった。

 春にはあざみの柔らかく咲くその空き地は幼い蘭には格好の遊び場だったのだが、たちまちのうちに塼(せん)を重ねた高い塀に、ますのように囲われてしまった。

 ただ、塀の造作が甘かったのか、花江に面した東北の一角がすぐに崩れ、屈めば人の通り抜けられるくらいの隙間が出来た。

 蘭はたちまちのうちにこの間隙に気づき、子供の大胆さで、裙がすり切れるのにもかまわず四つん這いでくぐり抜けた。そうして、失地にたどり着くと、そこは、庭池と、それを巡る椿や梅の濃い淡いも鮮やかな、美しい庭園になっていた。築山も設けられていて、頂上にはあずま屋があった。

「誰だ。お前は?」

 そのあずま屋から固く強張った中原の言葉が降ってきた。

 見あげると、老人が一人、昼酒を飲んでいる。

 背丈はさほどでないが、骨柄がまことに雄偉で、肩幅広く胸板も厚い。ほとんど真四角といってもいいような、猛々しい体を、袍の襟がはち切れそうになりながらようようおさめている。腕も太いがその先の手も異常に大きく、節くれ立った指の中に杯は埋もれてしまっていた。

 顔貌も酷烈無残。無数の傷が縦横無尽に走り、右頬から唇へ斜めに走った傷のせいで口元が冷笑するもののように常に引きつっている。強そうな髭を蓄えた鼻は、魔除けの獅子のように穴が上を向きひしゃげていた。

 蘭は、老人に向かって、

「私は蘭よ」

 と言った。

 老人も大きな体をさらに膨らませて、

「わしは姓を簡、名を雍という」

 と怒鳴った。

 蘭は口をつぐんで、築山の麓からひたと老人を見据えた。

 老人は続ける。

「字は憲和だ」

 蘭は口を開いた。

「じゃぁ、字で呼んだらいいのね。あなたのことは憲和って呼ぶわ」

「やいやい」

 老人があずま屋の卓に拳を叩きつけた。四川ではあまり見られない、小麦の胡餅(フーピン)を乗せた皿が跳ねる。

「お前はわしのことが怖くないのか?」

「あなたは悪い人なの?」

 首を傾げて聞いた。

「いや、悪い人じゃない」

「じゃぁ、怖がる理由なんてないわ。憲和って呼んでいいのね?」

「おい、わしは昭徳将軍だぞ」

「ふぅん。それで」

 蘭が気のなさそうな返事をするので、むきになって老人は成都の北にそびえる大城を指差した。

「あそこにおわす尊い方から賜った将軍号だ」

「その尊い方は悪い人なの?」

「いや、悪い人じゃない」

「じゃぁ、やっぱり怖がることないわ。あたし憲和って呼ぶわね。憲和、ここで遊んでいい? もともとあたしの土地なの。あなたがあとから来て乗っ取ったのよ」

 老人は目を剥いて蘭のことをにらんだ。

 顔色は赤黒くなり、瞳は黄味を帯び、開いた毛穴一つ一つから火でも吹きだしそうな表情になった。

 だが、蘭はやわらかくその視線を受け流している。

 別に強いてそうしているわけではない。怖さより、むしろ、老人の表情からは、滑稽味と親しみの方を感じたのだ。

 しばらく、老人と少女はつばぜり合いするもののように黙って見つめ合っていたが、案外老人の方がたわいなかった。

 表情をゆるめ、カラカラと笑うと、

「やぁ、蘭、負けたよ。ここまでのぼってこないか? 一緒に松の実や西瓜の種を食べよう」

 と白旗をあげた。

「分かったわ、憲和」

「憲和はよしてくれ。これで、もういい年寄りなんだ」

 蘭は築山を登りだしている。

「じゃぁ、なんて呼べばいいの?」

「そうだな、将軍と呼べ」

「分かったわ。じゃぁ、将軍って呼んであげる」

 話がそう片付いた頃には、もうあずま屋についていた。

「ねぇ、松の実をはやくよこしてよ」

 老人は突き出された手を見ながら、面白そうに笑った。

「わしほどの男が童にいいようにされている」

 それから、簡雍という老人と、蘭は大の親友になった。

→ 花武担 第一章 武担(三)

花武担 第一章 武担(一)

 健興三年三月。

 蘭は、花江に面した自分の部屋の窓から、武担(ぶたん)山を見るともなくぼんやりと眺めていた。

「蜀犬日に吠ゆ」という。

 成都はいつも曇りで、空気のはっきりしない、色合いの薄い街だ。

 窓から見える町並みもかすみがかったように茫洋として、淡墨で描いた絵のようにどこかあわい。

 ただ、成都西北の高さ十丈ほどの小山、武担だけは晴れ間が当たっているのか、春の陽に映え、その仰向けになった娘の乳のような山容がひどく近くに見えた。

 起伏にとぼしい街のため、こんな丘ほどの山でも城内のどこからでも見ることの出来る。山椒や桂(ニッケイ)、木蓮におおわれた武担は、この灰色の街の片隅にそっと置かれた小さな美しい花束のようだった。

 武担は、成都の住民の心や生活の、深いところまで染み渡っている。方角の手がかりに使われることもあれば、

「朝方、山頂に暈がかかっていると、夜は雨」

 といったように、天気を予測するときの目印に使われたりした。

 年頃の娘達の間では、恰好の占いの種で、

「武担の方を向いて、目を強くつむって三呼吸。開けたときに山の色が赤く見えたら吉、青く見えたら凶」

 蘭が、友人の小椒(しょうしゅく)から教わったのは、そんな占いだった。

 言われた通り、目を強くつむり「一、二、三」と数えてみる。

 つばきを一つ飲み込んだ後、おもむろに目を開けた。

 しかし、つむった拍子ににじんだ涙で山は何重にもぼやけ、何色にも見えない。

(これじゃ、何も分からないわ)

 蘭はため息をつくと、脇机のうえの手鏡を手に取った。

 蘭は花江のほとりに店を出す酒屋の娘で今年十四になる。

 花江は、岷江の流れを城内に引き込み、街を東西につらぬいて流れる運河だ。

 この河は、成都西の市橋辺りに来ると、その南岸に楊柳と妓楼を従わせ、絃楽の音と酒客、そして美しい妓女に満ちた遊里の巷になる。

 街のものはその遊里のことを溺街(できがい)と呼んでいた。

 名前の由来は、大雨が降ると、すぐ水に浸かるからだと言うものもあれば、酔客が道ばたにするもので厠の匂いがするからだというものもいた。

 蘭の酒屋はその溺街の妓楼に酒を卸すだけでなく、花街をそぞろ歩きする酒客相手の居酒屋も経営している。蘭は居酒屋の看板娘といったところで、はっきりと二重にくびれた大きな目と、瓜の種のように綺麗な歯並みを持つ美しい少女だった。

 ただ、蜀の産にしては珍しく長身で、肉置きも年の割にませている。

 名前のあたまに小をつけて小蘭というのが通称だったが、口の悪い客などは店の手伝いをする蘭に向かって、小じゃなくて猪だなどとからかうこともあった。

 蘭も盛り場で育って来た街の娘だけに負けてはいない。怒鳴り返すこともあれば、時には手を振り上げて大人の男相手に凄みを効かせたりもした。

 しかし、やはり年頃の娘である。

 店に出ているときはよくても、部屋に一人いると言われたことが身に応え、ついつい傷口をいじるもののように、あげつらわれたことを鏡で確認しようとしてしまう。 

 裏に双魚の文様のある手鏡はとても小さい。

 そこに自分のよく実った頬が縁一杯に溢れそうになっている。

 蘭はその頬を憎々しげに人差し指で押したあと、ほたほたと実った乳を両の手でおさえた。

「まだはやいわ」

 蘭はそうひとりごちた。

 体ほどまだ心は成長していない。同年代の女の友人たちはもう結婚も意識しだし、少しでも姿見のいい男の子を見るとやいのやいのと騒いだが、蘭はまだ男という存在そのものに対してピンと来なかった。

 それに、世間は、目に見えるところだけで解釈するが、実は体のほうだってまだ熟していないのだ。

 蘭は一度戸の側まで行って、誰も自分の房に近づく様子がないことを確認すると、裙(スカート)をたくしあげ、下穿きに手を入れた。

 生真面目に口を閉じた貝殻の上の密やかな丘。

 そこは磁器のようにつるりとしていた。

「やっぱりまだはやいわ」

 そうもう一度ひとりごちてから、立ち上がった。

 部屋を出ると、厨房に行き、客のつけを書きつけた木札を一つ取った。その木札には将軍と赤字で記されている。それから、椀に盛られた松の実を麻の袋に三合ほど入れ、小脇に抱えた。

 厨房を過ぎたが、店には客は一人もいない。父は客用の椅子の一つに座ってぼんやりしていた。

「将軍のところに行ってくるわ」

 蘭はそう声をかけた。

「店の手伝いは?」

「どうせ誰も来ないわよ。だって、若い人は皆戦争に取られたんだもの」

 父はそれには答えず、一つくしゃみをすると、勝手にしろという風に手を振った。

「つけをもらってくるだけよ。すぐ帰ってきます」

 そう言い捨てて店を出た。

 将軍の屋敷は、人一人がやっと抜けれるような細い路地を挟んで西隣にある。

 蘭は、その路地に入った。

 成都の家々は背を伸ばせば中がのぞけそのうなくらい垣が低いのが普通だが、将軍の屋敷の塀は思い切り高く、屋根も片流しになって、外にはみださない。

 それで、路地は日の遮られてひどく暗かった。

 歩いて行く先には、花江と、その向こう岸の、内城を取り囲むように建ち並ぶ、豪壮な屋敷の群れが見える。構えは、皆、将軍の屋敷と同じものになっていた。

 そこら一帯が、先の帝、劉備という人が連れてきた北方の人、つまり将軍のような人たちが住まう区画だった。

→ 花武担 第一章 武担(二)へ

インドネシアなう

インドネシアなうである。

初めて来たが、のっけの空港からなかなか難易度が高い。米ドル25ドルでビザを買わなくてはいけないし、コンベアが短すぎて荷物が出てくるまでに30分かかる。受け取ったあとも、タイやマレーシアではノーチェックだったが、x線検査を受けなくてはならないなどなど。

空港からホテルまでの風景の感じで言うと、同じイスラム国でお互いライバルと意識しあっているらしいマレーシアの発展度が10だとしたら、インドネシアはまだまだ5か6という感じ。市街地に入ってもところどころ真っ暗だし、ビルも少ない。

だが、出会う人は皆陽気でフレンドリー。シャイで真面目なマレーシアとは対照的だ。まず笑顔が迎えてくれる感じである。

古代中国では越として表現された種族が南に拡散して到達した国の一つである、インドネシアは、かつて海洋帝国を築いたこともある。これからおそらくタイも超えて、ASEANの覇権国として台頭してくるだろう。

約一週間の滞在だが、どんな出会いが待っているか楽しみ。

ていうか、花武担の初投稿はインドネシアからになりそうだな。

模様替えと「花武担」について

twitterでも告知しましたが、以前ネット上で公開していた三国志小説「花武担」の連載を、4月初旬を目処に開始します。

その前準備のため、レイアウトを変更しました。

小説となると文字数が飛躍的に増加するので、背景は黒系の方がよいだろうと。本当は、文字色も最も目に優しいと言われる緑にしたいくらいでしたが、それをすると途端にレトロSFっぽくなるので断念しました。

「花武担」はデビュー前に、初めて書いた長編小説で、恐らくこれまで誰も主人公としては取り上げていない人が主人公になっています。まだまだ、稚拙な部分が多く、また、三国志の知識や歴史観についても変わってきたところがあるので、修正しながらの連載になるかと思いますが、お楽しみに。
三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ご意見、ご感想はこちら。必ず返信します

名前:
メール:
件名:
本文:

works
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR