ワイルドシングズ

いかにもアメリカンなB級サスペンス映画、「ワイルドシングズ」が見てみると意外とよかった。

「こんなんお前ら好きやろ」といった感じのセクシーカットの連続には辟易したが、何度も何度も、どんでん返しのあるストーリ展開はスリリングで目が離せない。

主役のマット・ディロンが、スクールカーストの頂点、ジョックそのものの容貌なので、アメリカ ンマッチョ万歳の犯罪映画とばかり思っていたら、最後の最後、作品のテーマそのものがひっくり返される。本当にハードでタフでマッチョなのは誰だったのか明らかになるラストは秀逸。

主演兼製作総指揮のケビンベーコンは、最もハリウッドの中心に近いといわれる人物だが、実はかなり知的で、ハリウッド的風潮に批判的な人なんじゃないかな。素直に面白かったです。

【劉邦の宦官】読者の方からのイラスト

拙著、劉邦の宦官を読んでくださった、おとうふ様がイラストを送ってくれました。穏やかな表情の二人に感激。おとうふ様ありがとうございました!!
おとうふさまイラスト

ユーガットメール

ユーガットメールを見た。

1998年製作だから、もう15年前の作品だ。今でこそ、ネットといえば、ネットオタクとか、ネット弁慶とか、マイナスの接尾語がつくことの方が多いが、当時は、ネットサーフィンが趣味と中田英寿が言ったりしたことからも分かるとおり、とにかくナウく(古いね)かっこいい印象の言葉だった。

その世相を反映して、本作でも、ニューヨークのシティボーイ、シティガールによる、正体を隠したままのネットでの交流は、とてもクールなこととして描かれている。

もともと本作は、1940年に製作されたエルンスト・ ルビッチ監督の『街角/桃色(ピ ンク)の店』のリメイク作品。元映画の「手紙で文通」の設定が「インターネットでメール」に置き換えられているだけでストーリは大体一緒。そのため、最新の技術をモチーフにしている割に、話運び自体は古臭い。ネットによる、限られた情報のもとでの交流によるすれちがいや、独特の空気感、そしてどこまで繋がりが広がるか分からないワクワク感(当時からしたら)を描いたということなら、加藤茶が主演した1989年の日本のドラマ「空 と海をこえて」の方に軍配があがるだろう。まぁ、メグライアンはすごく可愛かったけど。

帝塚山音楽祭

先週の土曜日に、友人たちと帝塚山音楽祭に行ってきました。

メインステージそばの大きな東屋の下に、ちゃっかりビニールシートを敷いて、飲みながらのライブ鑑賞。見事な五月晴れの光は、枝やつるをからませて作った屋根に濾されて優しくやわらかく、右手からは万代の水面を渡る涼風、左手からはフラメンコや、ヘビーメタルなどさまざまなバンドの素晴らしい音楽。

ビールはあくまでうまく、自分達が酒樽になったかのように、するするとのどを通っていく。

夜の酒はひとをおしゃべりにさせるが、昼の酒はひとを活発にさせるみたいだ。最後のソナルディエンテさんのライブのときは、皆踊りだしていた。平和で光に満ちた、よい土曜日でした♪

中国文明の歴史〈8〉明帝国と倭寇

「中国文明の歴史〈8〉明帝国と倭寇」読了。

以前読んだ「海と帝国 (中国の歴史)」がやや難解だったのに対し、こちらは読みやすいうえ、読み物として面白かった。責任編集の三田村泰助氏は、「劉邦の宦官」執筆の際に、大変お世話になった「宦官―側近政治の構造」の著者でもある。
今回もこの本のおかげで、なかなか全容がつかみきれなかった明という時代と、その精神が分かりかけてきたような気がする。この本で得た足がかりをもとに、苦戦した「海と帝国」にもう一度挑戦してみよう。

しかし、明という時代は、その国号に反し、何かどろっとした暗い闇の部分を抱えているような気がしてならない。もちろん鄭和の大航海や、近世資本主義の勃興など明るい面もあるのだが、それも何か刑場で粛清された功臣や官僚達の血や、青ざめた首や、真っ白い脂の泡のついた胴体の断面に照りつける太陽のような、残忍さに胡坐をかいた明るさのように感じるのだ。

次代の異民族王朝だった清の、専制の暗さはありながらも、どこか颯爽とした、社会の風通しのよさと比べれば、やはり明は重く、生きづらい時代だったような気がしてならない。

余談だが、本書で出色なのは、倭寇というか日本人全般の記述。襲撃と略奪の被害はすさじいながらも、フランスのアステリックスを思わせるような、ユーモラスな蛮族として描かれている。朝貢の使者が、寧波の迎賓館で、女真人と腕力を振るって殴り合っていたというくだりでは思わず大笑いしてしまった。

湯村温泉

有給を一日もらい、金、土で湯村温泉に行って来た。

車の運転は苦手なので、阪急三番街から高速バスで。三時間ほどごとごと揺られると、景色が段々鄙びてくる。やわらかい曲線の棚田、田舎特有の大きな蔵付きの家、いつまでも飾ったままのばかでかい鯉のぼり、とんでもないセンスのドライブイン。審美的には決して美しいものばかりじゃないけど、宮崎の田舎で育った自分には懐かしく親しみ深い。

道の両側に迫る山々の、緑の照り映えは、五月晴れのせいで目にきついくらいだったけど、所々でしだれている藤の紫色がやわらかく、なごませてくれた。

泊まる旅館は、湯村温泉バスセンターそばの井づつやさん。天皇陛下もお泊まりになったという老舗だ。豪華~というほどじゃないけど、雰囲気のある落ち着いた感じの宿で、部屋も広くて綺麗。

荷物を置いたあと、早速温泉街に繰り出すと、昭和の時間を閉じ込めたタイムカプセルのような町並みだった。町の中央を流れる川のそばに、荒油と呼ばれる98度の源泉が沸いていて、地元の人がそこで卵や蟹や野菜を煮たりするということだった。

その源泉と川の水を引き込んだ足湯用の川に沿った小さな疎水もあり、まだ日の照っているうちに浴衣に着替えた観光客や、地元の人達が足をつけて談笑していた。はゆまも連れと一緒に足をつけると、結構あつい。川の水につけて時々足の熱を冷ましたりしながら、のんびり町の様子をながめる。湯煙のなか元気に駆け回る地元温泉小学校(本当にこういう名前)の子供たち、橋の下で日差しをよけながらタケノコの皮をむくおばちゃん達、川を気持ちよさそうに泳ぐ丸々と肥えた錦鯉と丹頂鶴。

そのうち日も陰って来た。風呂上がりのビール一杯サービスが18時までだったことを思い出し、慌てて旅館に戻る。まずは、最上階の展望風呂へ。驚いたことに洗い場が畳敷きだった。軽く汗を流したあと、お湯につかると、抵抗なく柔らかい肌触りだった。でも、顔を洗うために、手ですくうと、とろっとした感触がある。体の老廃物を取り除き、お肌にいいということだったが、なるほど効きそうである。

開け広げられた大きな窓から、夕陽を背に巣に戻っていく鳥の音、稜線が西日に黄金色に縁取られた山波が見える。風呂桶の縁に座って時々風に当たったりしつつ、ぼんやり過ごすのが幸せでとても贅沢な感じだった。

お風呂から上がったあとは、サービスの生ビールを一杯きこしめす。ゆだった体に、キューとアルコールが染み渡り、細胞がぴちぴちはじけていく。やっぱり温泉旅行最大の楽しみはこれだ。

その後は、メインイベントの夕食。部屋に持ってきてくれることになっていて、献立は、「丹波牛のステーキ」「もさ海老と鯛の鍋」「地取り野菜の天ぷら」「お造り五種盛り」などなど。とにかくボリュームが多く、そしてうまい。ビールも、水のようにするすると体に入っていく。

仲居さんが御膳を下げると、お腹一杯なうえ、酔いと旅の疲れで眠ってしまいそうだったが、最後の力を振り絞って、地下二階の健康風呂へ。ここは、大浴場だけでなく、湯村温泉の伝統という立ってはいる水深の深い露天風呂や、打たせ湯、泡風呂、岩盤浴など、種類が豊富。全部楽しんだあと、部屋に帰って就寝。枕に頭を置いた瞬間、真っ逆さまに落ちていったといっていいくらい、ストンと意識を失い、気づくと翌朝だった。

朝飯も豪華で、昨日の御馳走に重たい胃にはきついかな~と思ったが、一度箸をつけると結構あっさりお腹のなかに入った。井づつやさんを、チェックアウトしたあとは、もう一度温泉街をぶらぶら。大阪に戻る高速バスは13時55分発だったので、結構時間があったのだ。なんかバブリーな感じのするリフレッシュパーク湯村にも入ってみる。温泉の共同浴場というよりは、スーパー銭湯みたいな感じであんまり風情がなかったけど、二階の休憩場は広々としているうえ、ほとんど貸し切り状態で気持ちがよかった。ちょっと仮眠を取ったあとは、旅行の締めくくりに、リフレッシュパークとなりの但馬ステーキレストラン楓へ。二日続けてのステーキだが、かまうものか。

さすがに鉄板で目の前で焼かれるサーロインはひと味違う。柔らかく、別にかまなくても、舌に乗せただけでジワっと肉汁が口の中で広がる。ソースで食べるのもいいが、テーブルにあった岩塩でシンプルに味付けしてみたのも素晴らしい。昼間から飲むビールもさらに素晴らしい。

支払いを済ませると、バス出発までにちょうどいい時間になっていた。再び井づつやさんで、湯の花などお土産を買ったあと、乗車。連れにあきれられつつも、買い込んだビールの蓋を開ける。一口目をあおったときにバスが出発した。後ろに去ってゆく湯村の温泉街を眺めつつ思った。「また、来ようっと」

文楽かんげき日誌に寄稿させてもらいました!

国立文楽劇場主催のweb企画、文楽かんげき日誌に寄稿させてもらいました。良かったら見て下さい。そして、是非千日前の文楽劇場に足をお運び下さいますよう。本当に、文楽は面白いです!!!

http://www.ntj.jac.go.jp/bunraku/diary/h24/diary27.html

「姪っ子のごんぎつねの感想が問題になっているんだが……」に言寄せて

はゆまの昼間の仕事はいわゆる社内SEというやつで、毎日カタカタカタカタ、プログラミングをしています。

コンピュータはもの凄く頭のいい面もあるが、基本馬鹿なので、どんなことでも指示通りにやってしまいます。一度などは、誤って、オーストラリアとシンガポールの在庫を逆につけ替えてしまいました。グローバルな会社では、ミスもグローバルですね。そのときは、先輩から半殺しの目にあわされたあと、「コンピュータは誤読はしないぞ。誤ったプログラムはあっても、誤った解釈(コンパイル)はないからな」と言われました。

さて、一方、夜の仕事。夜の仕事も結局は、コンピュータのディスプレイに向き合って、カタカタやっていることには変わりはありません。文章(ソース)を書いて、他人に見せ、解釈してもらう。コンピュータが人に変わっただけで、実は昼も夜もやっていることは一緒だったりします。

プログラムが、ただそれをテキストファイルとして置いておいても意味がないように、はゆまの夜書いた文章も人に読んでもらわないと、何の価値も産み出しません。小説が完成するときというのは、最後の「了」という一文字を作者が打ったときではなく、誰かが読んで解釈し、物語世界がその人の頭のなかで立ち上がったときです。だから、夏目漱石の「こころ」などの百年続くロングセラーは、今このときも誕生しつづけています。

ただ、コンピュータの場合は、どのマシンに、はゆまのプログラムを入れても、同じ動きをします。バグを含めて、全く同じ動きです。まぁ、クソmicrosoftのバージョンアップという名の改悪のせいで、vbaマクロが突然動かなくなったりはしますが……それはあくまで例外です。

一方、小説の方は、その反応は人様々。ある人は泣いて感動するかと思えば、ある人は「何これ」と放り出す、またある人は「こんなの小説じゃない」と怒り出す、あるいは笑い出すなどなど。百人いれば百通りの反応が返ってくるはずです。

物語を表現する媒体は数多くあります。映画、漫画、演劇、アニメ、ゲーム、パントマイム、絵画、焼絵ガラス、会話などなど。そのなかで、文字だけで表現する小説は、最も情報量が少ないメディアです。例えば、長編小説は一般に20万文字あると言われています。これをバイト数に変えるとたった40万バイト、最近のゲームやDVDに収められた映画の情報量と比べてみると、映画2時間で約4.8ギガバイトだから1000倍以上の差があることになります。

これは表現者にとっては一面不利になることです。例えば、「赤い」と書いたとしても、この文字から連想される色は、人によって様々。文字表現では、伝えたいことを、百パーセント伝えきることは絶対出来ません。これが映画なら赤い何かを映像情報として出せばいいだけですから、その優劣は絶対的なものです。

情報量が少ないということは、物語を受け取る側に多大な負担を強いるということでもあります。この小説の情景描写は凄いとかいう批評が載ることがありますが、でも、それは嘘っぱちです。だって小説なんて結局本だったら全てインクの染みだし、ネットだったらただのスクウェアの発光体の集まりです。直接情景描写をしているのは小説ではなく、受け取る側の脳です。皆様の大脳がフル回転して、文字によって喚起された映像を作り出そうとしているのです。褒められるべきは受け手の脳のほうで、書き手のほうではありません。

何度も言っている通り、小説は読み手によって完成させられます。他の媒体と違い小説は作り手側と読み手側の共同作業によって物語が作られるという性格が強いのです。その割合は5割といってもいいくらいだと思います。

しかし、この媒体としての不利こそが、小説がこれまで生き延びてきた所以であり、そしてこれからも生き延び続ける理由になります。読み手側の判断や経験に多くが委ねられ、解釈の自由度が高いという点が、小説の利点なのですね。

さて、長い枕が終わって、タイトルの件について。(騒動のあらましについてははてな匿名ダイアリーさんのまとめをチェックしてね)一旦了となった小説のテキストに対する距離は、書き手と読み手で等距離です。なので、書き手は読み手の読み方に対し、ケチをつけることは決して出来ません。プログラムと同じく、誤った解釈というのは、単純な事実誤認とかをのぞけば、ないのです。

で、はゆまが思うに、書き手ですら、その読み方に対し誤読だなんて言う資格はないのだから、この姪御さんの感想について教育者がおかしいということ自体おかしいと思います。むしろ中学生という年齢の割りに、姪御さんは、よくテキストを読み込んでいる方です。自分の経験もふまえ、きちんと考えを述べている点も素晴らしい。

勿論、もう少し、ゴン側の都合を斟酌してあげればという思いもあります。が、それはまた年齢を重ねれば同じテキストでも違った風景が見えてくるはず。よい小説というのは年齢に応じて違う色合いや艶を見せてくれるものなのです。

それよりも心配なのは、この騒動のせいで、姪御さんが萎縮し、教育者におもねった凡庸な感想文を書くようになるのでは、ということ。書き手側からすれば、議論が深まる感想や考察は大歓迎で、「あぁ~そういう見方もあるのかぁ」というレビューが絶賛よりも実は嬉しかったりするのですけどね……なので、姪御さんは、これに負けず、どんどん教育者の目を剥かせるようなユニークな書評を書いていって欲しいものです。

「G戦場ヘヴンズドア」日本橋ヨヲコ

はゆまは今3LDKのアパートに住んでいて、書き物をするときは、そのなかで一番玄関近くの六畳ほどの部屋を使っている。

天井まで届く本棚と机が一体になったやつにPCを置いてカチャカチャやるのだが、ブーチンはお気に入りの電気座布団の上。冬の間に自分の匂いがしみついたらしく、スイッチを入れない季節になっても、これじゃないと納得しない。いつも香箱すわりで働きぶりを監視している。

いわば書斎のその部屋に置く本は決まっていて、執筆に必要な資料集とかのみだ。小説や漫画、雑誌などの気が散るものは一切置かない。

だがただひとつ例外があって、それが「G戦場ヘヴンズドア」

漫画家を目指す二人の少年の成長を描いた漫画だが、とにかく面白い。三巻という分量もいいし、ストーリーの密度と展開はほぼ完璧。そして、創作を志すものにとっては箴言のごとき名言の数々。

「読者はあんたのファンじゃないのよ。がんばって読んでくれるなんて思わないことね」

「本物との差を決定的に分ける一線て、いったい何なんですか!?」
「人格だよ」

「この世界は読者が花(主役)。オレらはそれを引き立てる草だ(ワキ役)だ」

すばらしいよね。

作者のあとがきもとても素敵で、

「じゃあ、どんなもので漫画を作っているかというと、たまに、本当にたまになのですが、一瞬だけ、この世の本の一部の実存と構造が分かる瞬間があって、それを切り落として描かずにはいられなくなるのです。

その時のわたしは、信じてもらないかもしれませんが、熱さとは真逆の、無に近い状態でいるのです」

尊いなぁと思う。こういう感じは(おこがましいけど)とてもよく分かるのだ。はゆまも結局のところ、歴史の人物や事件の、ほんの一部の実存や構造が恩寵のようにはっと分かる瞬間があって、それをどうしても表現したくて、机にかじりついているのだと思う。

この漫画と出会ったのは、ちょうどはゆまが小説本気でやるかどうかの門口に立っていたとき。だから、最初は斜に構えていた町蔵が、段々一番やりたかったこと、漫画に向かっていくさまには、痛切な共感を覚えた。大袈裟でなく、どんと創作の道に向かって、背を押してくれた作品と言っていいのかもしれない。

そして、今でも、執筆に疲れたり、怠け癖が出そうなときは、この漫画を開いて、青臭い台詞を吐きながら、ペン一筋に漫画の道へとひた走る、町蔵と鉄男の姿に闘志と勇気をもらっている。

もし、まだ読んでない人がいれば、是非読んで欲しい。人生を変えてしまうかもしれない。それだけの力のある漫画です。

ヘロドトス「歴史」

ヘロドトス「世界史」読了。

といっても、こんな大著とてもとても一読でマスターできるもんじゃない。登場人物の数は膨大で、しかもアルカイオスとかカンダウレスのような聞き慣れないカタカタ読み。似たような名前、もしくはまったく同じ名前も多い。名乗りの際、必ず父称をつけるのも、日本人にはなじみが薄い。

それに語り自体、脱線が多く、その脱線もあまりに大きな迂回路――ナイル川の全景と、その成り立ちをなぞるような――を通るので、本線に戻ったときは、あれはなしはどこに向かってたんだっけ?となる場合が多いのだ。

あくまで読了で読破じゃないから、また、間をおいて、もう一度読もうと思うが、ヘロドトスという人物には好感が持てた。今でこそ「僕歴史好きなん です」といえば、「へ~」と通じるものがあるが、この人の場合、自分の趣味嗜好を他の人に知ってもらうのには、随分骨がいったことと思う。だって、この人が歴史の父なんだから、それまで歴史なんて言葉はなかったのだ。過去の事件と事件とをつなぎ合わせ、ひとつらなりの雄大な物語にするという作業を、誰にも理解されないまま、この人はひっそりと孤独に続けなくてはならなかった。

文献をあさり、聞き取り調査をし、当時というか、今でも尋常じゃない距離を、異民族や山賊の襲撃、疫病、飢餓に襲われながら旅した。

それだけの情熱の持ち主の割りに、語りにはファナティックなところが少しもなく、フェアでやさしい感じがする。それは、彼にとって異民族であるペルシャ人に対する説明のときに顕著だ。伝奇的な話を取り上げすぎという批判もあるが、そのおかげで、語りに色合いや艶が出て、次を読みたいとい う気にさせてくれる。いくら荒唐無稽なことでも、それはそれで、正攻法では通じにくいことを通じさせようとして作られる場合が多いので、ちゃんと記録してくれるのは有難いのだ。とくに、はゆまのような創作者にとっては。

公正でやさしい語り口、伝奇的な話ものせる懐の広さなど、さすがに歴史の父といわれるだけあって、色々な点で見習いたい人だ。それと、多分、この人は地理オタクだと思う、地政学的な描写になると、本筋を忘れて饒舌になるところがある。やっぱり歴史を語りたいという情熱をささえるもののひとつに、衒学的なてらいというのが最初からあるんだなぁ。

【トップ絵】kyuri様ありがとうございました

美麗な作風で有名なイラストレータ、kyuri様が、トップ絵を描いて下さいました~

http://kyuri.chips.jp/

kyuri様、ありがとうございます!こんな笑顔を作中でもさせてやりたかった……

「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」

永遠に続くと思ってたGWも終わってしまった……

まぁ、何にせよ、学生時代、和○山県の○○党の○○長を、食前食後にぶん殴り、野球部相手に「先攻永遠に俺」というジャイアンでもやらないようなむごいことを強制してた方の飲み会を無事終わらすことが出来てよかった。まだ、60代なんだから、もっと長生きしてもらって、どんどんこの方を囲む飲み会を開いていきたいな。

ちなみにこの方は親戚もユニークで、材木を売りに行くと言って、奈良杉の筏とともに熊野川を下り、半年帰って来なかったという叔父さんがいる。ハックルベリーフィンじゃないんだから。熊野川はミシシッピー川なのか。

そんなこんなで賑やかに過ごしたGWだが、ちょっと体が空いたときに、HULUでみた「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」が良かった。

主演のおじいちゃん二人がとにかく愛しい。キューバ出身の元理髪師の老人役は凄い演技だなぁと思ってたら、ゴッドファーザーのロバート・デュヴァルだった。スピードでブレイク前の、サンドラ・ブロックの落ち着いた演技も素敵。多分、この人は本来こういう性格派俳優の方が向いていたのだと思う。

見ていて思ったのは、やっぱり男はじたばたするんだなぁということ。

孤独をどっしり受け入れて生きる、アパートの管理人シャーリー・マクレーンや、規則正しく映画を楽しむパイパー・ローリーの落ち着き方と比べて、男達の老いと孤独に対する悪あがきの見苦しいこと……でも、それが見苦しければ、見苦しいほど、みっともなければみっともないほど、二人のおじいちゃんが愛しくて仕方なくなってくる。う~ん、可愛いってなるのだ。

どこのシーンで昂ぶるっていうわけでもないけど、2時間見ているうちに、おじいちゃん達の孤独が染み渡ってきて、最後にはじんわりおへその辺りに温かいものが残る映画でした。是非是非皆様に見て欲しいな。良い映画です。

国立文楽劇場

前回の記事で書いた、27日に起きたある事件とは、リズールで偶然いしいしんじさんと出会ったことだった。

上下真っ白なスーツで、雰囲気のある人がいるなぁと思ってたら、「こちらいしいしんじさん」とお師様が紹介してくれた。

「えっ、あのいしいさん!?」と驚愕。隣で緊張しながら酒を飲んでいたら、お師様と文楽の話題で盛り上がっている。「文楽かぁ、難しそうだな」と、隣でふんふん聞いていたら、「折角だから見に行ってみない?」と急に水を向けられた。演劇はシアトルでオペラ座の怪人を見に行った際に爆睡してしまい、シャングリラが落ちたところしか覚えていないという苦い思い出がある。一瞬どうしようと悩んだが、「チケットは手配するんで、ただだよ」と言われたので、「是非行かせて下さい」と答えた。

で、翌々日の29日大阪に遊びに来た家族を見送った後、絶対に見るべきと薦められた「心中天網島」を見に行った。

千日前の立派な建物のなかは、大阪にもこんな人達がいるのかという、りゅうとした紳士淑女ばかりだった。和服の人も多い。

はゆまとは違う人種っぽい。

大いびきをかいて、白人のおばちゃんから指差して笑われたトラウマが甦る。

しかも上演時間は通常の映画の倍の四時間。ゴッドファーザーより一時間も長い。ドン・コルレオーネがもう一回撃たれてもいいくらいの時間がある。

「とにかく眠らない」という低い志のもと、幕ががあがるのを、ドキドキしながら待つ。

やがて照明が落ち、緞帳があがり、太夫と三味線がからくりで舞台の袖にくるりと表れる。

ベンと三味線の音。

そして、太夫の野太くよく通る美しい声。

「娼(よね)が情けの底深き、これかや恋の大海を、かへも干されぬ蜆川、おもひおもひのおもひ歌」

心配は杞憂だった。

もうこの瞬間に、はゆまの心は、文楽の世界にわしづかみにされていた。

具体的な物語の内容や感想はまた別のところで書かせてもらうことになるが、「文楽」はガラスケースの中で保存されたいわゆる「伝統」ではなかった。「生きた」「娯楽」だった。あんな充実した四時間はなかったと思う。まだ大阪在住で行ってない人がいれば、このGW中にも見に行くべきだと思う。本当に人生損してる。

ただもし注文をつけるとしたら、江戸時代の観客がそうだったように、畳の桟敷で見たかったな。日本人の身体構造的に長時間椅子に座り続けるのはきついし、もともとは、お弁当やお酒(ささ)をすごしつつ、商家の主人が手代相手に「いいか、この筋の意味はだな」とか一席打ったりするのが、本式の楽しみ方だったと思うからである。

GW前半 4/27~4/29

GW前半終了。

なかなかあわただしい三日間だった。

中国旅行から帰ったばかりの父はじめ、家族が大阪に遊びに来てくれたので、あちこち案内して回った。

一日目は、出来立てのグランフロントを見物し「てげでけー」と言ったあと、新阪急ホテルのグルメバイキング「オリンピア」へ。皆食い意地が張って いるので、蛙みたいに腹が膨れるまで食べる。フォアグラ、牛肉やあわびのステーキなどを楽しんだ後の締めは、おとんからの「最後に口直しに食べたラッキョウが一番美味しかったなぁ……」という感想だった。

その後、稼働時間の切れたおとんとおかんはホテルに置き捨て、弟だけを連れてリズール に。そこである事件が起きるのだが、それはまた別の記事で。

二日目は、JR大和路線に乗って奈良へ。古都を見たいというおとんの希望だ。動物が苦手なので、鹿は絶対見たくないと言っていたが、「それは絶対無理だから」と断る。

東大寺→正倉院→二月堂→若草山→春日大社と、奈良公園を満喫。園内に1100頭はいるという鹿ちゃん達も、おとん以外には好評だった。まぁ、宮崎の田舎では鹿刺しにしてガンガン食べてるんだけどね。ちなみに肉のにおいがきついので生姜醤油もしくはにんにく醤油で食べるのがお勧めだ。

公園のあとは、ならまちへ。お土産を物色したり、こじゃれた喫茶店で抹茶を楽しんだのち、奈良の締めにタクシーで大安寺へ。がん封じで有名なお寺だ。闘病中の恩人のためにお守りをゲット後、来たときと同じくJR大和路線で帰阪。

梅田についても夕食までもう少し時間があったので、ルクア、伊勢丹三越でショッピングを楽しむ。服を何点か購入した後、創業明治二年のすき焼きの老舗「モリタ屋」へ。ちゃきちゃきしたいかにもな浪速のおばちゃんが、卓越した手並みで油をしき、ざらめを焼き、肉をいため、割り下で味を整えてくれる。軽く鍋で肉を焼いたあと、割り下は作らず、直接、酒、しょうゆ、みりん、塩、砂糖をぶちこむ、無骨な宮崎式とは違う作り方に、皆興味深々。一枚目はおばちゃんが皿によそってくれるのだが、お肉の甘いこと甘いこと。甘辛味を美味しく感じる日本人に産んでくれたことを両親に感謝。

三日目は、おかんと弟が我が家へ。おとんは動物嫌いなので大阪駅でぶらぶらしとくとのことだった。初対面の客を見ると一目散に逃げるブーチンが今回は珍しく側を離れなかった。やはり家族だからにおいが似ているのだろうか。鼻をひくつかせては不思議そうにクビをひねっていた。

「なかなかいい部屋だね。猫ちゃんも柄は汚いけど可愛いね」

おかんはそういい残して宮崎に帰っていった。

三十分ほどの滞在だったが、家族が居て居なくなあったあとの部屋は、がらんと広く感じる。さすがに遊んで食べて飲んでして疲れたので、おかんと弟が去ったあとの戸の前でたたずんでいるブーチンを抱いて布団でもう一寝入りした。

この日は、もうひとつ仕事があったのだが、それはまた別の記事で。
三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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