気になる

通帳見たらチャリン頑張った成果が振り込まれてた。

嬉しいもんだ。

ブーチンにでも、マグロのよいとこ食わせてやろう。

昨日は取り付かれたように、wikiとエクセル遊びしてたが、そのなかで気になる漫画に出くわした。

トイレット博士。

なんでもこち亀前は、ジャンプ最長連載漫画だったらしい。wikiをちょっと読むと、

序盤の徹底したスカトロジー表現は、恩師・赤塚の「お前は顔が汚いからウンコ漫画を描け」という指示を受けてのものだった


なんか、もうこの時点で面白い。どんな漫画だったんだろう。ダウンタウンのまっちゃんも大ファンだったらしいし、気になる……

統計に見る少年ジャンプの高齢化と保守化

風邪ひいて退屈な間に、wikiを渉猟していたら、ジャンプの項で面白いものを見つけた。

掲載漫画の一覧だ。これには、スラムダンク・ハンターハンターのような大傑作から、「あててるのよ」と伝説ではじまり、「よっしゃああああ」と伝説で終わったタカヤまですべてのジャンプ漫画のデータが載っている。

こいつをエクセルにコピーし、ちょっと手を入れた後、二つのグラフを作ってみた。

まずは、こちら、ドン。
グラフ1
ジャンプが始まった1969年から2012年度までの年末号に載っていた漫画の連載継続号数の平均グラフ。たとえば、1983年なら103.0となるが、これは1983年年末号に載っていた漫画は連載開始から平均すると103号数継続しているということになる。一年50号とすると、大体平均年齢2歳といったところだろうか。

ぱっと見て分かるのが、近年になるについて、掲載漫画の平均年齢がうなぎのぼりに高くなっていることだ。最新の2012年年末号では平均 319.9。実に6歳である。ワンピース、ナルト、ブリーチ、こち亀などの人気長編作が平均を押し上げているのだろうが、全盛期公称600万部 だった1994年の数値は、171.2号、3歳ちょっとである。それから、段々高齢化していって、今はほぼ二倍の年齢になってしまったということ だ。高齢化傾向にあるジャンプといっていいのかもしれない。

もうひとつはこちら、ドン。
glaf2.jpg
見にくいな。漫画の開始年度と、それが連載終了したときまでの掲載号数の平均グラフである。たとえば、1987年は94だが、この年に連載開始した漫画は平均すると94号目で打ち切りになったということだ。漫画の平均余命といっていいのかもしれない。こちらは、はじめのグラフほど、全体としての傾向は 見当たらない。こち
亀によって1976年が、ハンターハンターによって1998年が山になっているのが目立つくらいだ。だが、近年、特に2009 年以降を見ると、いずれも70週未満で終わってしまっているのが気になる。

総括すると、下記2点のことが言えるかもしれない。

1)ジャンプ漫画は高齢化している
2)新連載漫画が短命で終わる傾向にある

編集陣が長期連載陣に頼り、そのことによってデビュー枠が狭められ、ようやく掲載の決まった新人作家も十分育たない、もしくは育てられないうちに 打ち切られ、そのことによってますます長期連載陣に頼っていく。少年を名乗りながら、ジャンプは今そんな保守化・高齢化のスパイラルに入ってしまっているのだろうか。

風邪

飲みが続いたせいか、風邪をひいてしまった。

床を敷いて休んでると、ブーチンが心配して、枕元にやって来てくれる。ちょうど母猫が子猫を包む感じで、横様に添い寝してくれるのだが、顔をペロペロなめるのが……

滅茶苦茶に痛い。

いかん……全然眠れん。善意を断るわけにもいかないし、どうしよう。

同窓会

土曜日は、前の会社の同期達と、お世話になった人を囲んでの同窓会だった。はゆまが幹事をやらせてもらった。前の会社は、会社自体にはろくな思い出がない。「クズ、死ね」を句読点 のように上から言われまくっていたし、直属の上司の体臭があまりにもきつく、あんまりひどいから、上司が席を離れた隙にファブリーズ丸々一本、椅子にぶっかけたりしてたら、何故か居心地が悪くなって転職したのだった。

が、同年代の仲間は、会社とは別でやっぱりいいものだ。みな氷河期世代で、人生の門口で社会から「お前はいらん」と邪険にされた年代だが、それだけに団結力はあった、たぶん。いい年して公園で花火の打ち合いをしたり、旅行に行って出し物を出し合ったり、とにかく遊びまくってたような気がする。

それから幾年月。ハードな仕事だし、あほで間抜けな経営陣の都合で会社名も組織名もコロコロ変わり大変だったと思うが、誰一人体も心も壊すことなく立派に勤め上げているのはすごいと思う。人生は果てしのない孤独な遠泳みたいなもんだから、立派に働く同期とか同級生と時々会うのは、波間にたくましく泳いでる仲間の姿が見える感じで安心する。それで自分の位置が確認できるのだ。どうやら、潮目から外れているのは、はゆまだけみたいだな。

体調を崩されていた、お世話になった方も幸い持ちかえし、随分元気になっていた。みんなに囲まれ嬉しそうだったのが、はゆまにも嬉しかった。お粗末な幹事ぶりだったと思うが、たまに人間関係の弦を張り直す作業をするのはいいものだ。また、やろうっと。

堺雅人さん御結婚!

おお~!

郷土のイケメン堺雅人さんが、これまた美女の菅野美穂さんとご結婚。

あめでとうございま~す。結婚式を宮崎でやってくれたら、また観光アピールになるな

写経完了

20130321025157.jpg
去年からやっていた、川端康成の「眠れる美女」の写経が完成。

文章がうまくなったかどうかは分からないが達成感はある。

猫なんかよんでもこない。 2巻

土曜日は友達を招いてキムチ鍋会。

友人が訪ねてくるのはもう二度目なのだが、ブーチンは相変わらずお客様が苦手。はゆま以外の人間がいると、大好きなコタツにもなかなか近寄ってこない。だが、押入れに引きこもりっぱなしでいるのもさびしいらしく、時々様子見に出てくる。そのたんびに、つかまって、モフモフされてた。

一晩中、鍋と猫をつつきつつ、いただきもののワインやサントリーローヤルで飲んで騒いでしてたら、いつの間にか失神していた。

昼過ぎ目が覚めると、友人たちは気を使って、静かに帰っていったようで、ブーチン一人が、はゆまの布団の上で大の字で寝ていた。うっすら、飲み会の最中、会社の電話を応対していた記憶があるので軽くあせる。

かけなおしてみると、幸いたいしたトラブルではなかったようだった。粛々とシステムに油をさし、つまったジョブを処理していく。最近おとなしいなぁと思ってたら、人恋しくなったのだろう、三週間ぶりくらいの夜泣きだった。一昔前のアメ車のように、常に手を入れなくてはならない、人間味のある、血の通ったシステムである。はゆまの雇用の面ではいいが、こんなもんいつまで使い続けるつもりなんだろうか。

最近、昼間の仕事に対する自分のウェイトがどんどん軽くなっているのが分かる。小説の方が楽しくて仕方ないはゆまにとって、SEの仕事なんて面白くないし、ほとんど意味がない。山崎邦正が何故か持ってるソフトウェア開発技術者資格くらい、意味がない。まぁ、メーカーのシステム部門なんて、システムの方面でも、物作りの方面でも、二流・三流の人しかいないわな。面白いはずがないか。

トラブルを片付けたあとは、酔い覚ましがてら、散歩にいく。途中よった本屋で、「猫なんか呼んでもこない。」の二巻を発見。早速お買い上げ。喫茶店でコーヒー飲みながら読む。元ボクサーの割りに、この作者の絵は本当にかわいい。そして猫のことを本当によく観察している。

可愛や可愛やばかりでなく、野良たちの過酷な生についても、変に突き放した感じでなく、ありのままに、しかしやさしく描いているところも好感が持てる。ハイイロが最後にお別れに来たシーンは何だか涙ぐんでしまった。新しく拾った子猫が、作者の手を受け入れるシーンもジンと来る。

一巻で完結と思ってたのが、続きが出たということは、人気があってのことだろう。作者自身の恋愛沙汰も出てきたし、三巻が出るのが、今から楽しみだ。

すみれファンファーレ

あたたかくなってきたのはいいが、今年は花粉がひどい。目にはあまり来ないのだけど、鼻がつまるつまる。

アレグラ飲んで少しはましになったけど、しんどいなぁ。はやくシーズン過ぎないものか。

アレルギーに効くというシジュウム茶をすすりつつ、「すみれファンファーレ」を読了。カバーの絵がかわいらしく、前から気になっていたのだ。

読んでみると、主人公のすみれちゃんがやけに大人びているのが気になった。小学四年ってこんなもんだったかしら?

でも、最近は大人が大人にならないまま子供を産んじゃうから、逆に子供の老成がはやいのかもね。常に周りの大人に気を配り、その場、その場を大切に、居心地よくしようと奮闘するすみれちゃんは可愛いというより、いじらしく、かわいそうだった。

はゆまが小4のときは、もっと馬鹿で気楽で、なぁんにも考えずにすごしていたと思うんだけどなぁ。そういえば、その頃の、一番の大事件は、おしっこしてくると言って、通学ルートから林へ離れていったやすぼうが猪のわなにひっかかったことだったっけ。

震災の日に思う メディアのプロとは

2年前の、3月11日、遠藤未希という若い女性が、震災による津波で亡くなりました。24歳でした。

未希さんは、宮城県南三陸町の防災担当の職員で、津波にのまれる寸前までマイクを離さず、「大津波警報が発令されました。高台に避難してください」と 呼びかけ続けました。その声のただならぬ様子に脱出を急ぎ、助かった人が何人もいるそうです。天使の声と後に呼ばれることになる未希さんの声は、 最後の方は震えていました。押し寄せる津波の恐怖に彼女もおしつぶされそうになっていたのでしょう。彼女は、半年後に幸せな結婚を控えている身でもありました。

未希さんは防災無線という、当時唯一有効に機能していたメディアの担当者として、十二分に役割を全うしました。介護を志していたが、両親の希望により、町の職員になったという未希さんの両肩にあのときかかった重責は、理不尽といってもいいものでしたが、彼女はひるまず、逃げませんでした。 彼女が生きていたら成し遂げたであろうすばらしい仕事、築き上げた幸福な家族、それを思うと残念でなりませんが、とにかくも立派だったと思います。ご冥福をお祈り申し上げます。

その一方で、逃げ出し、メディアとしての責務を放り出したクソ野郎もいます。震災3日後の3月14日、原子力安全・保安院は、福島第一原発三号機 が水素爆発したのを見届けると、すたこらさっさと50km離れた福島県庁まで逃げ出しました。風下にあるどの町・村でも脱出どころか、荷造りも完 了していない時期にです。wikiによると、彼らの任務は、下記のとおりでした。

1. 原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理及び廃棄の事業並びに発電用原子力施設に関する 規制その他これらの事業及び施設に関する安全の確保に関すること。
2. エネルギーとしての利用に関する原子力の安全の確保に関すること。
3. 火薬類の取締り、高 圧ガスの保安、鉱山における保安その他の所掌に係る保安(以下「産業保安」という。) の確保に関すること。
4. 所掌事務に係る国際協力に関すること。
5. 前各号に掲げるもののほか、法律(法律に基づく命令を含む。)に基づき経済産業省に属させられた事務

1、2項に、エネルギーとしての利用に関する原子力の安全の確保に関することときちんと記してあります。彼らは、原子力の専門家として、原発の危機を正しく国民に伝え、現場に助けが必要だったら、それを国に要請する責務がありました。才覚も勇気も根性もないごみ共が、分にあわぬ高給をも らっていたのは、ひとえに原発に危機があれば、それを最前線で監視し、国や国民に知らせるというメディアの役割を担っていたからです。それが、 あっけなく職場放棄し、逃げ出したのでした。住民に出された避難指示命令の30km圏外よりもはるか遠くに。そして、戸棚の下に隠れるねずみのように、福島県庁という安全地帯に引きこもったのです。

遠藤未希さんという若く美しい女性が、あのとき見せた、勇気と根性、気高い自己犠牲、崇高なプロ精神は今後学校の教材として取り上げられていくのそうです。でも、 それだったら、彼女より何倍もする高給を受け取っていながら、責務を放棄した、ゴキブリのように脂ぎった40代、50代のクソ親父、クソ爺どもの 卑劣さ、矮小さも、反面教師として追求され続けなくては片手落ちかと思います。彼らは、いかなる人間集団でも最も忌むところの、「やるべきことを分かっていながら、やらない奴」でした。

はゆまも、メディアの端っこで、お金をもらうものとして、遠藤未希さんの姿勢にはあやかり、原子力安全・保安院の愚劣さについては他山の石とせねばなりません。なので、原子力安全・保安院のおじさま、おじいさまたちには、日本の立派な男だったら憤死しかねない、最大級の罵倒語を浴びせたいと思います。

「卑怯者が」

震災により亡くなられたすべての犠牲者の方々のご冥福をお祈り申し上げます。また、傷跡の残る被災地で苦しい生活を送る方々、慣れぬ土地への移転を余儀なくされた方々、被災されたすべての皆様にお見舞い申し上げます。一日もはやい復興が実現されんことを。

サバイバルヤルオ

随分あったかくなってきて、こたつに入りっぱなしだったブーチンも、最近はこたつ布団の裾で眠るようになった。抜け毛もひどく、櫛ですいてやると、綿アメみたいに、毛がまとわりつく。春はもうすぐなようだ。

こたつの仕舞い時も、そろそろ考えはじめないとな~と思いつつ、ネットで遊んでたら、「サバイバルヤルオ」が再開していることに気づいた。去年の夏、最終回一歩手前で休載を宣言してから、随分長いこと投稿されておらず、ひょっとしてエターかとあきらめかけていたが、無事復活したようだ。

はゆまにとって、「やる夫の関が原戦線異常アリ」が終わってから、もっとも面白いやる夫ものになっていたので、かなり嬉しい。

様々な切り口から見れる作品だと思うが、特に素晴らしいのは、料理の描写だ。容量にしたら数十バイトしかないAAでよくもまぁこんなに美味く表現できるもんだと感心する。サバイバル生活における男女の葛藤と性愛を生々しく描いている点も見逃せない。特にハルヒが温泉でヤルオに本当の意味で初めて体を許すシーンは出色。エロティックだが感動的で、生殖以外での性愛の意味が、あますところなく表現されている。

「やる夫の関が原戦線異常アリ」もそうだったが、やる夫ものの作家さん達は、AAという拙い武器で、本当に凄いことに挑戦されていると思う。マリア・テレジアや、ハンニバルなど、日本ではメジャーでない時代・人物を調べ上げ、見事に描ききっている作品も多い。最近だと、「やる夫は赤い皇帝になるようです」があつい。

ちょっと横道にそれたが、「サバイバルヤルオ」の最終回は続き物になっていて、まだ完結していないみたいだ。完結編で数十巻みたいな感じになるのも困りものだが、もうちょっとだけこの作品と付き合えるのは嬉しい。ヤルオとハルヒの関係はどうなるのか、二人は島から抜け出せるのか、今後の展開が本当に楽しみ。

書評を書いてもらいました!

その博覧強記振り、複雑な物事を優しい語り口で解きほぐす分析・表現力において、はゆまなど足元にも及ばない同郷のカリスマブロガー、弓木様が「劉邦の宦官」の書評をかいてくれました。

http://yumiki.cocolog-nifty.com/chrono/2013/03/post-3ac9.html

作者はまるで体験者でもあるかのように、2200年前の漢代の生活をなまなましく語っている。

上のような嬉しいことも言ってくれ、面はゆい限りです。

書評以外の記事も、どれも面白いものばかり。特にお勧めは文化人類学・エスキモーにかんする記事です。是非是非、御覧あれ。

酒と女と周五郎

http://www.aoky.net/articles/daniel_pink/dan_pink_on_motivation.htm

上記のドキュメントがめちゃくちゃに面白い。

まぁ、まずは見てほしいのだが、大ヒット作を出し、莫大な報酬を得た作家の多くが、断筆状態になる理由がわかる気がします。報酬は、太閤記の石垣補修のような、単純なルールと明確な答えのある作業に対しては効果があるが、こと創作のようなクリエイティビティが問われる分野において は、障害になるのです。

海の向こう、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE) に行ってみましょう。11人のノーベル経済学賞受賞者を輩出しています。偉大な経済の頭脳がここで学んでいます。ジョージ・ソロス、フリードリヒ・ハイエ ク、ミック・ジャガー。(笑) 先月、ほんの先月のこと、LSEの経済学者が企業内における成果主義に関する 51の事例を調べました。彼らの結論は、「金銭的なインセンティブは… 全体的なパフォーマンスに対しマイナスの影響を持ちうる」ということでした。


H●NTERH●NTERや、涼●ハ●ヒや、B●STARDがいつまでたっても完結しないわけですね。IF THEN式の報酬というのは、創作活動に必要な脳内麻薬の分泌を妨げてしまうのかもしれません。一方、貧乏なまま傑作を書き続けたゴッホやモーツァルトは、まさにその貧乏のおかげで、創作活動に没頭することが出来た。

しかし、お金は欲しい。おおいに欲しい。

血の涙を流して外から眺めるしかなかったシンガポールのラッフルズホテルのバーでキャビアをつまみにマティーニを頼んだりしたいし、竜宮城かとおもったタイのペニンシュラホテルのプールをバタフライで泳いだりしたい。金銭的に恵まれることと、創作意欲がトレードオフにあるのなら、はゆまのような作家はどうしたらよいのでしょうか?

その解決のヒントになる方がいます。

山本周五郎さん。

いわずとしれた、時代小説の大家です。

「赤ひげ」「もみの木は残った」「さぶ」など数々の大ヒット作を著した方ですから、もちろん周五郎さんの手元には莫大な印税が次々に舞い込んできます。が、周五郎さんの家は貧乏なままだったそうです。なぜなら、一銭たりとも、家族にお金を渡さなかったから。

昭和の女の忍耐強さで必死に耐えていた周五郎先生の奥様にもある日限界が来て、泣く泣く周五郎さんにお金を入れるよう訴えました。

すると周五郎先生はべらんめぇ調で言ったものでした。

「馬鹿野郎。印税は俺の金じゃない。次の作品はもっと面白いものを書けよということで読者様が渡してくれた先行投資だ。つまり公の金だ。一銭たりとも私事に使っていい金じゃねぇんだよ。この金は皆、読者の方々のために芸の肥やしに使う」

すばらしい言葉ですね。印税を報酬ではなく投資だと、コペルニクス的解釈をしたわけです。MBAで取り上げてもいい事例ではないでしょうか。

ちなみに、昭和の男の作家にとって芸の肥やしといえばなんでしょうか?

酒と女です。

というわけで、周五郎先生は、お金を妻にも子供にも渡さぬまま、色町にくりだしては、親の敵のように使いまくったのでした。

江戸は貧乏長屋の、つつましやかで人情ぶかい庶民の生活を美しい言葉で描いた周五郎先生は、その一方で自分の家族を貧乏のどん底に突き落としていた人だったんですね。貧乏を放置したままの権力(国)の冷淡さに対してもっとも強く憤る小説家だった(引用:マガジン9条)周五郎先生も、家族の貧乏はどうでもよかったみたいです。

まさに、ピー作家のかがみです。

はゆまも見習わずにはいられません。どれくらい売れるかは分かりませんが、印税が入ったら、これは先行投資やと、「花の慶二」のクライマックス並の勢いで使いまくったろうと思います。キタかミナミで巨大な馬に乗って朱槍をかつぎ、「銭まくど、銭まくど」と叫んでいる人がいたら、それははゆまです。だから、読者の皆様も、安心してお金を預けてくださいね。

三週間

ブーチンが来てから、気づくと三週間がたっていた。

相変わらず無口だが、最初来たときよりは随分おしゃべりになった。しかし、それでも、昭和の亭主のように「めし、トイレ、寝る」くらいのタイミングでしか鳴かない。

お風呂は一度湯船に落ちて懲りたのか洗い場には入らなくなった。代わりに、五分おきくらいに、「まだか~?」という感じでのぞきに来る。本を読んでいると、つまらなそうに、濁点付きでナッ!と鳴いたあと、リビングに戻っていく。

寝るときは、こたつをつけてあげていても、布団にもぐりこんでくる。夜型のブーチンは出たり入ったりを繰り返すので寝苦しいのだが、朝起きて、おなかのところで丸まっていたりするのを見ると、愛おしくてたまらず、寝室から締め出すこともできない。

心配なのは急速に野性味を失い、さほど高さのない机や本棚の上から飛び降りても、無様に腹やわき腹で着地するようになったことだ。さっきなどは、何十回と食べているはずの餌皿につまずいていた。長居産まれ、長居育ち、悪いやつは大体友達の、生粋の野良の癖に、なんと情けない。

写真はこたつで甲羅干し中のブーチン。白目をむいている。短い夏に日光浴を楽しむロシアンガールでも、ここまで隙だらけにはならないと思う。
20130303140630.jpg

売れ行き

エージェントさんから「劉邦の宦官」の売れ行きについてのメールが来た。

上々の滑り出しらしい。

どうして売れ行きが分かるのかというと、某有名書店の売り上げは見られるようになっていて、それを○十倍すると全国の実売数とほぼあうとのこと。

この勢いでいけば、増刷の目も見えてくる。

それもこれも読者の皆様のおかげである。本当にありがとうございます。

買ってない方は、三年寝たきりのおばあちゃんがこの本を読んで四股を踏み出した、認知症のおじいちゃんがこの本を読んでインド式九九を唱えだした、妊婦さんがこの本を読んだら鼻をかむよりお産が楽になったなど、様々な効用があるそうです、お早めにお近くの書店へ。

インタビュー

大変お世話になっている著作権エージェント会社、アップルシードエージェンシー様のメールマガジンでインタビューを受けてきました。

http://archive.mag2.com/0000149736/index.html


録音した自分の声を聞くときのような、こっぱずかしさとむずがゆさを感じています。
三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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