靖国神社考

神社についてつらつら考えている。

日本の多くの文化がそうであるように、神社もまた中国起源である。
古代中国では、自分の邑で旅人が斃死した場合、墓を作るだけでなく、社を作って手厚く祀った。

どうしてかというと、旅人は目的の場所がどこか別にあったはずで、魂はそれを求めてさまよいでやすい。黄泉の世界から、うつし世に出た魂は、きっ とわが邑に害をなすだろう。そうならないように、通常の、死体の上に重い石を置く、つまりお墓という物理的な封じ込めのほかに、社というスピリ チュアルなバリアも置いて、二重に封じ込めをはかった。これが、神社の起源である。

時代が下ると、社は旅人だけでなく、強い思いを残してこの世を去った人達にも設けられることになった。例えば、春秋時代の呉のごししょは、主君ふ さに死を賜ったが、その激情ゆえ強い怨念を抱いている、と人からおそれられた。結果、各地に社が設けられ、端午の節句のように、彼の無念を慰める 儀礼も行われることとなった。

中国の社が伝わり、独自発展を遂げた日本でも、神社の目的は結局のところ同じである。例えば諏訪は、はじめ土ぐもがすみ、それを出雲族が追い、最 後に天孫族が侵略してくるという、因縁深い土地だが、そこに築かれた諏訪神社は、鹿の生首に、猪の生肉を捧げ(土ぐもの祭祀儀礼)、建御名方命、八坂刀売命(出雲族の神)を祀っている。最終的な勝者となった天孫族が何を畏れ、誰を封じ込めようと したか、ことさら説明しなくても明白であろう。

また、日本で最も有名な怨霊神、菅原道真が祭られている北野天満宮も、藤原氏の自分達が陥れた政敵を畏れる気持ちが作らせた。元寇の敵側の死者が 祀られている元寇神社も別に博愛の精神によって出来たわけではなく、他神社と同じく敵方の怨みを畏れる気持ちがそうさせているに過ぎない。

つまり神社の本来の目的は、死者のこの世に残した強い思いの影響を遮断、ブロックすることなのである。この時、死者が生前、善人であったか、悪人 であったかは関係ない。斃死した旅人が、強盗にむかうところであったかもしれないし、殺人を犯した後の逃亡犯であったかもしれないことを、古代中 国人が考慮しなかったようにである。

である以上、神社に祀られている人々に祈りをささげることと、その生前の考えを引き継ぐこととの関連性はない。そうでなかったら、天孫族は諏訪神 社に敵対民族の復活を願ったことなるし、藤原氏の人々は北野天満宮に自家の勢力を削ぎ天皇親政を願ったことになる。元寇神社にお参りしている人々 となると正気を疑われるレベルになるだろう。自民族の滅亡を願っていることになるのだから。

ここで靖国神社にまつわる議論を振り返ってみると奇妙なことになることに気づく。「軍国主義者を祀る神社などけしからん。お参りするな」と言って いる人達が、その軍国主義者たちの思いをこの世に野放しにしておいてよいと言っていることになるし、「いや愛国者達だ。その意志を引き継ぎ、きち んとお参りするんだ」といっている人たちが、その愛国者たちの思いを封じ込めようとしていることになる。お互いの議論が相手にむかわず、自分の後 頭部に突き立っているのだ。

神学論争という言葉からも分かるとおり、宗教議論は、何がなにやら分からなくなることが多いが、そのなかでも、最も奇妙な論争が、この靖国神社に まつわるものだろう。一度みな冷静になって、祈るとか、祀るとかいうことが、自分の精神のなかで、どういった意味合いを持っているのかきちんと問い かけた上で、話し合いを進めていくべきだと思う。

ちなみにはゆまは靖国参拝論者です。枕元にカーキ色の軍服着た人が立って「大東亜共栄圏どないなってん?」と聞かれるのはしんどいので。

発売日決定

編集者さんから、発売日の連絡が来た。
また変更あるかもしれないが、来年、2013年2月15日(金)

年内がいいなぁ~と思っていたのだが、こればっかりは仕方がない。搬入日(取次に納品する日)が12日(月)ということなので、東京や大阪の書店に並ぶのはもう少し早いだろう。いずれにせよ、ほっと落ち着いた感じだ。日が近づいてきたら、またタイトルや内容について、ぽつぽつこのブログで公開していきたい。

思えば、その出版社のアニメキャラのポスターがぺたぺた貼られた待ち合わせ室で、初めて編集者という人種に会ったのが、去年の11月。原稿を拾い上げてくれたエージェントさんに付き添われてだったが、それでもかなり緊張した。

作品の修正内容について三人での打ち合わせを終えたときは、もう夢は指呼の間と思っていたが、それから丸一年、結構時間がかかった。編集者さん側の意図をこちらが読み取れていなかったり、歴史的考証の部分での誤りが見つかったりと色々。

この段階でへこたれてしまう人も何人かいるということだったが、確かにしんどい作業だと思う。自分の作品を他人に品評されて、ずたずたに削られたり、あるいは話をつけ足されたりすることを心地良く感じる人は、あまりいない。はゆまは教室に通っていたから、他人から講評を言われること自体にはなれている方だったが、それでもしんどいなぁと感じるところは多々あった。

ただ、そこで脱落する人とそうでない人を分けるのは、結局のところどこまで自作に自信を持っているかだと思う。その作品の根本思想にどこまで自分をかけられているか。これがなかったら、妥協できる最終ラインを引くことも出来なくなるし、自分も自分が伝えようとしたかったことも見失なってしまう。書き直しも、ただただ人の意見を、ペンでなぞるだけの本当の作業になってしまうことだろう。そういう無味乾燥な仕事に長時間耐えられる人はそうはいないものだ。

まぁ、まだデビュー前で、そんな偉そうなこと言える立場でもないので、今日はこの辺で。

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応募ノウハウ

先日、原稿用紙枚数の換算方法について書いた。これは、以前、新人賞に応募した際に得た知見だが、他にもその時学んだノウハウがいくつかある。折角なんで、ここに書いて、読んでくれた人と知識をシェアしたいと思う。

1.印刷

家のプリンタが古いこともあり、さぁ投稿作の印刷となったとき、文字のかすれや、紙の汚れが発生した。何度かやり直したが、全然駄目。やむをえず、セブンイレブンのネットプリントを使う。すると紙も文字もこちらの方が断然綺麗だった。そもそも、300枚~400枚といった大量の枚数を一気に印刷するようには、家庭用に普及しているドットプリンタは作られていない。

締め切り日ぎりぎりまで推敲し、紙に印刷せずPCだけで確認作業を行う人がほとんどだろう。家のプリンタのせいで、原稿を落としたら目が当てられない。一枚二十円なので、少し割高だが、レーザープリンタを買えないのなら、最初からネットプリントを使った方がよいと思う。


2.梗概

大概の新人賞で要求される。はゆまの場合も別紙に添えるようにと応募規定に書いてあった。自作でも短くまとめるのは意外と難しい。最初に目を通されるだろうから、色々書きたい気持ちにもなるし。手探りで書き、あれで良かったのだろうかと不安だったが、駄目だったようだ。賞の中には、梗概を採点に含めるものもあるらしい。

3.作品の綴じ方

作品名、筆名、本名、連絡先(メールアドレスも書いとくものらしい)、住所、経歴を書いた表紙に、梗概、それと作品本体。これら全てをまとめて、ドリルパンチ(はゆまは、プラス ドリルパンチ パイプ式 PU-100DR PU-100DRというものを使った)で右上に穴をあける。で、その穴にコクヨの黒い綴り紐で上に一旦通した後、右側で締める。この時注意しないと穴が裂ける可能性がある。雨で濡れるのを避けるため、以上のようにしてまとめた作品はビニール袋でパックした。

4.郵送方法

これはレターパック500を使った。ネットで配達状況をトレース出来るし、向こうの受け取り印ももらってくれるので、紛失・遅配の可能性がゼロなのが有り難い。ネットで調べても、投稿者の多くがこのサービスを使っているらしい。ただ一部に、先方の受け取り印が必要なものは、心証を害する可能性があるという説もあった。でも、これは別に気にしなくてもよいと思う。こんなことを理由にして賞に落ちることはない。

5.封筒に書くこと

作品は送った封筒と一緒に管理される賞が多い。そのため封筒には、何の作品が入っているかしっかり書いておいた方が親切らしい。茶封筒にフリーハンドで書ける定形外郵便と違い、レターパックは書く欄が決まっているので、悩んだ末以下のように書いた。

依頼主の名前欄:本名に括弧書きで筆名をプラス
品名:新人賞名「小説タイトル」
左下の欄外に、赤字で「応募原稿在中」

以上、FYI (情報の責任は取りません)

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原稿用紙枚数換算方法

こないだ、いきつけのバーで飲んでいると、作家志望の人から原稿用紙の枚数をどう数えたらいいか聞かれた。

なんでも新人賞に応募するのだが、換算の仕方が選考側と違い、読まれずに落選するのが怖いとのこと。その気持ちはよく分かる。

僕は幸いに別ルートで出版が決まったが、作家デビューへの細い道のなかで、一番太く確実なのは出版社が公募する新人賞を受賞すること だ。今も大勢の人が新人賞をめざしペンを走らせ、キーを叩いていることだろう。

大手の新人賞の募集枚数は、大体400字詰め原稿用紙350枚~400枚。たとえ好きなことでも、350枚以上の文章を書くのは、実にきつい。終盤は、もう理屈ではなく、力づくで書き上げる感じになる。本当にそうなる。

そうやって、自分の精魂を叩き込んだ作品が、内容よりも、原稿用紙の枚数の条件にひっかかって落ちる。考えただけでも悪夢だ。

原稿用紙に書いて送れば確実だが、今はIT時代。ほとんどの人がwordや一太郎を使い、募集要項のフォーマット、例えば縦横40×40、に従っ て出そうとするだろう。で、このワードや一太郎で書いたドキュメントを原稿用紙換算するのが実に難しい。難しいというより、色々な意見があって、 どれに従ったら分からないのだ。応募要項に換算方法を明記してくれたらいいのだが、今のところ、そんな親切な新人賞は一つもない。

換算方法については、1)ドキュメントのフォーマットを一度20×20(400字)に変えて枚数を数えればよいという人もいるし、2)いやいや 40×40一枚で1600字なんだから、それを四百字で割り、原稿用紙四枚と換算するんだという人もいる。3)親切にも枚数換算用のマクロを開発 してくれている人もいる。そして、様々な手段を試してみると、その全てで出てくる答えが違う。これは当然で、マクロなら振り仮名の振り方で勝手に 熟語を一字に数えたりもするし、20×20に変更した場合でも禁則処理の仕方で、行数が縮まったり、増えたりする。

僕も自作を新人賞に出したとき頭を抱えた。特に自分の場合、一番簡単なやり方、40×40一ページを原稿用紙四枚で換算すると枚数をオーバーして しまうのでさらに困った。で、文章をもう削りようもなく、20×20に変えた換算方法でギリギリセーフだったので、それで応募した。そして、見事 に落ちた。まぁ、原稿用紙枚数というより、作品に問題があったのだと思うが、しばらくは眠れないほど悔しかった。

で、そんな眠れぬ日々のなか、よくよく考えてみたのだが、換算方法は一番単純なやり方、2)に従うのが正しいと思う。そもそも、新人賞は大体募集過多の状態で、それを裁く選考側の人員は下読みも含め常に不足気味だ。そして募集媒体はこのIT時代でも紙ベースのところがほとんど。一次選考や 二次選考の段階で、いちいちそれを電子スキャンするだろうか? また、さらにそれをわざわざ面倒な1)や3)の手順を使って、原稿用紙換算するだ ろうか? そんな暇はないはずだ。

それに下読みの仕事はまず原稿を落としふるいにかけること。内容については、どうしても主観的な好き嫌いが入るが、枚数制限ならいやおうなしの客観的な基準だ。引っかかっているものがあれば、これ幸いと落とすだろう。そして、数少ない客観的な基準については、出来るだけ単純に、すぐ判断できるものにするはずだ。

原稿用紙を受け取り、最終ページ番号を見る。40×40で、105ページ。あら~、5ページ、原稿用紙換算で20枚オーバーしてるね。はい残念でした~

こうして、貴方の原稿は読まれもせずゴミ箱行きとなる。

別に出版社の人から裏付けを取ったわけではないが、こう考えるのが合理的なように思う。よかったら参考にして欲しい。責任は一切とらないけど。

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猫となかよくなる方法

三連休、最終日。
布団干して、部屋を開け放って、ピンと清潔な冬の風を入れて、掃除したあと、ジャージに着替えてジョギングに出発。

公園を半周したところで、辺りを見回すと、最近ご無沙汰だった仲良し猫ピーが、いつものケヤキの木の下に箱座りしていた。

「ピー」

と声をかけると、ニャッと短く鳴いたあと、こちらに歩み寄ってくる。尻尾がピンと立って、御機嫌なようだ。

膝に乗せ、日当たりのいい歩道の縁石に腰かける。そのまま、一人と一匹でひなたぼっこしていると、

「えっ、それここにいる猫?」

とおじいちゃんから声をかけられた。

「そうですよ~」

と答えると、

「散歩しているといつも見掛ける猫だからね。はぁ、しかし、よくなついたもんだね」

と頻りと感心された。

公園で猫と座っていると、こんな風によく話しかけられる。お母さんに連れられた子供から、

「それ、どうやってやるん。俺がやるとすぐ逃げよるねん」

と質問されたこともあるし、豹柄のタイツをはいたいかにもな大阪のおばはんから、

「あんた~最近、顔も見せんと、こんな若い子と乳繰りおうてたんか」

と言われたこともある。一応言っておくと、言われたのはピーの方。どうやら餌をあげてくれている人だったようだ。猫はいつだって手広く事業を展開する。

猫となかよくなるにはコツがある。

まず近づくときに、おおまたで歩み寄ってはいけない。特に靴の裏を見せるのは厳禁だ。たいがいの野良猫は、一度か、二度、人間に蹴っ飛ばされた経験を持っている。靴裏を見せるのは、そのトラウマを刺激することになる。いなかっぺ大将のような歩き方は絶対駄目ということだ。

なるべく猫の視線と同じ高さになるように、背をかがめ、足を小さく刻んで近づく。これが鉄則。

運がよければ、この時点で、猫の方からすり寄ってくる。そうでなければ、猫の肩の辺りを見よう、リラックスしているようだったら、大丈夫。だが、盛り上がっているようなら、少し工夫がいる。猫の緊張を解かなくてはいけない。

そのためには、一旦近づくのをやめ、その場で一、二度欠伸しよう。猫の目を見つめ、ゆっくり瞬きしたり、目線を反らせたりするのもよい。もし猫がそれにあわせ、自分の向いた方を見たり、瞬きしたりするようなら脈がある。あとは、ゆっくり近づく、向こうが緊張しはじめたら、立ち止まって先の戦法をやるのの繰り返しだ。

決して焦ってはいけない。じっくり時間をかけて、自分がどんなに君のことを素敵で、美しく、怒らせたら手強い存在と思っているか、リスペクトしているか、仲良くなりたいと思っているか、全身全霊で伝えなくてはいけない。途中で逃げ出した場合は、素直にあきらめよう。追いかけるのは最悪の選択だ。また間をおいてから、再チャレンジすればよい。

さて、幸運にも貴方は猫に手を届く場所までついた。ここですぐその毛並みを撫でてやりたくなる気持ちは分かるが、ぐっとこらえよう。間合いに入ってもなお猫が警戒を解いてない可能性があるのだ。なので、猫と同じ方向を向いてぺたりと地べたに座ることをおすすめする。猫が複数匹一緒にいるときは、横腹をくっつけあった座り方をよくしているでしょう。そのやり方を真似るわけだ。

ここまで来ても、猫が座ったままなら、もう大丈夫。手を出して撫でてやろう。尻尾の付け根あたりを、ぽんぽんと優しく叩いてやるのもよい。でも、抱き上げるのはやめておこう。猫は徹頭徹尾自由な生き物なので、手込めにされることは徹底的に嫌う。もし向こうが貴方のことを気に入ったら、勝手に、玉座に座る王者のような優雅さで膝に乗ってきてくれる。それまでは、バチカンのスイス人の傭兵のようにじっと我慢だ。

アドバイス通りやっても、全然猫がなついてくれないという人もいるかもしれない。だが心配無用だ。

今、猫があの大きさなのは、人間の赤ん坊の大きさと同じになるように進化したかららしい。また、猫の泣き声「ニャー」も、赤ん坊の泣き声と同じ音の高さだ。

一方、人間の成人の手の大きさも、赤ん坊の時の猫を舐める母猫の舌と、比率的に同じ大きさになるようになっている。

つまり人と猫、この二つの種族は、愛し愛される、庇護し庇護される関係を築くために、お互いちょうどいいサイズになるよう進化しあった仲間なのだ。

「自分の手の大きさは母猫の舌と同じ大きさ」

そう念じて、何度でもアタックを繰り返してもらいたい。そうすれば、きっと猫は貴方に心を開く。そして、貴方を椅子にしてくれるだろう。

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織田家の大飛躍を支えたもの

休日の徒然に、信長の野望を久しぶりに引っ張り出す。
海外のSLGと比べたら、設定その他ぬるいのだけど、まぁ日本のSLGはSLGと言いつつ、実はキャラゲーだから仕方がない。

あっ、立花道雪手に入った。これで、島津歳久はクビで、軍団長を道雪にっと。

などとしつつ、戦国大名の一番シビアな仕事って、こういう兵隊の再編成だったんだろうなぁとふと思った。武将と近代的軍人の定義は色々あるのだろうけど、はゆま的には、指揮下の兵員を私財で養っているか、いないかで別れると思っています。

だから、南米やアフリカの軍事指揮官は未だに武将と言ってよい存在なのだろうし、中国の地方長官達も実はそういう性格を隠しているのだろう。だから、先だっての薄熙来の変のようなことも起こるのだと思う。

立花道雪にせよ、島津歳久にせよ、彼らは封建された土地という財産を通して、兵隊と直接結びついた存在でした。そのため、ゲームでだったら、マウス一つで管理出来る、兵隊の振り分けが、当時は難しいというか、ほとんど不可能だったのです。

武田信玄も、上杉謙信も、今川義元も、こいつ無能だから外したいんだけどなぁと思いつつ、だまし、だまし、部下を使っていたというのが実情でした。ただ、戦国の諸侯のなかで、はゆま達がゲームをするときのように、指先一つで、兵隊の編成の仕事をやってのけることが可能な家が、一つだけありました。

それが織田家です。

少なくとも織田家は方面軍システムを取り入れる前までは、現在のサラリー制に近い形で部下達を養い、部下と土地の結びつきを最小限に保つことに成功していました。だからこそ、中村の百姓の木下藤吉郎や、甲賀忍者の滝川一益を大抜擢することが出来たのですね。

こうした事が可能だったのは、尾張の地勢的な特徴によるものだったのだと思います。現在でもそうですが、尾張は、長良川、揖斐川、木曽川という大河が流れ、洪水の多い土地でした。当時は、治水が未発達だったこともあり、、輪中破れ、集落が丸ごと流されてしまうということも、日常茶飯事だったことでしょう。

こうした光景に見慣れた織田家の武士は、土地というものに対して、他家とは違った価値観を持っていたはずです。先祖代々引き継がれてきた、おらが土地という概念がないのですね。

戦国末期の織田家の爆発的といってもいいような大膨張を支えた織田家の家臣群の目裏には、とどろく漆黒の洪水と、それに飲みこまれていく家々や、田畑という光景が翻りつづけていたはずです。土地にこだわって、踏みとどまったら「死」という、彼らの脊髄にまで打ちこまれた価値観こそが、織田家の大飛躍と天下統一を可能にした大思想でした。

とか言ってる間に、織田家、今川家に飲みこまれちゃったよ。やっぱり、キャラげーだな。こりゃ。

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責了

給料日だったので、会社の友人と中之島グリルへ。
骨付き豚ロース肉のグリルステーキ、美味しゅうございました。キールロワイヤルも二杯飲み、ほろ酔い気分で帰ったら、編集者さんからメール来てた。

十月に渡した著者校について、校正者のチェックにひっかかった部分がまだいくつかあったのだが、先日はゆまが回答した内容の反映をもって責了としたいということだった。つまり、もうこの小説に関してはゆまのやることは完全になくなりました。

イラストも出来上がってきたようで、あとは、蓋をしめた後の、炊飯器が米を炊きあげるのを待つように、デザインが完成するのを待つのみ。なんとか年内にと思っていた発売日が2月初旬にずれ込むというのは少々残念だったが、まぁ仕方ないか。

考えてみたら、この小説、2010年の2月くらいから書き始めたんですよね。ちょうど、3年。色々あったなぁ……

エル・グレコ展

四連休最終日。昼までダラダラ寝たあと、エルグレコ展を見に国立国際美術館へ。

血税を惜しみなく投入した綺麗な建物のなかで、しばしエルグレコの荘厳な宗教絵画の世界に浸りました。はゆまのお気に入りは、マリア様が赤子のイエスにお乳を与えているのを、養父ヨセフスと祖母アンナが見守っているシーンを描いた「聖アンナのいる聖家族」

処女母らしく、少女のような顔つきをしたマリア様が本当に美しい。初々しい乳房も、これ罰当たりなんじゃないかと思えるほど妙に肉感的でした。人だかりも、この絵の前が一番多かったんじゃないかと思います。老若男女問わず、皆マリア様のおっぱいに釘付けになっていました。おっぱいは偉大ですね。

考えてみれば、この少女のとっさの嘘によって、キリスト教という人類史上一番多くの人間を救い、一番多くの人間を殺した宗教が出来たのかもしれないということを考えると感慨深いものがあります。マリア様は、多分、世界初にして最強最悪の萌えキャラです。うむ、やっぱりおっぱいは偉大だ。

エルグレコの人生も興味深いものでした。1542年にクレタ島でギリシャ人として産まれ、ヴェネチアでマニエリスムを学んだグレコは、1577年頃スペインのトレドに移ります。当時のスペインは、1490年にレコンキスタを完了、1521年にメキシコ征服、そして1571年レパントの海戦においてオスマン・トルコを打ち破るなど、自他共に認める最強のキリスト教国でした。

敬虔なクリスチャンだったグレコにとって、新大陸の迷信に満ちた蛮族と、残忍なイスラム教徒のトルコ人との戦いの最前線に立つスペインは輝かしい存在に見えていたのでしょう。彼はこの国でその創作活動の全盛期を迎えます。ただ、荘厳な宗教絵画の書き手だったわりに、彼はお金に固執する性格だったようです。展覧会に掲示されていた、年表の履歴のほとんどが作品の発注者と金銭の支払いでもめたということばかりでした。

神に対する盲信と、金への欲求は当時の宗教活動でワンセットのものだったのでしょうか。コルテス初めとするコンキスタドール達の新大陸での所業をふと思い出しました。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版Q

2012年のボジョレーヌーヴォーを飲みながら書いてます。去年のボジョレーは、「50年に一度の当たり年と言われた2009年と同等の出来」だったそうですが、2012年は「凝縮された果実の味わいが、今年の特徴」だそうです。なるほど、確かに凝縮された果実の味わいがします。端的に言うと酸っぱいです。

実はエヴァQを見に映画館に出掛けたついでに買ってきたのですが、はゆまにとってのエヴァもボジョレーのようなものになってきています。今年(今回)も出たみたいだし買い(見に)行くか~と。

作品の感想は、映像は素晴らしいのですが、ストーリーについてはシンジ君がカヲルに言ったことに集約されていると思います。

「君がなにを言っているか分からないよ」

本当にその通りで、全然分かんない。ひとっつも分かんなかったです。破がよかっただけにちょっと残念ですね。

かといって別に不愉快でもない、ボジョレーと一緒。今年は冷夏で出来が悪いと知っていても恒例行事で買いに行って「あ~すっぱいなぁ。まいっちゃったなぁ」って楽しんでる。エヴァも「いや~いきなり破から十四年たったって言われてもなぁ。すっぱいなぁ。まいっちゃったなぁ」って楽しんでます。

十五歳のときリアルタイムで見て、衝撃を受けてからの長いつきあいです。もう今更人生から外すことも出来ません。かつての江戸っ子にとっての初鰹と一緒で、とりあえず食べる、見ることに意義があるのですね。

いっそのこと次回で最終回なんてケツの穴の小さいこと言わずに、これからもどんどん新作出していけばいいんじゃないでしょうか。で、ボジョレーと同じく毎回「1995年以来の品質のエヴァ」とか「ここ10年で最高のエヴァ」とか「出来は上々で申し分の無い仕上がりのエヴァ」とか講評を出していくと。

作家もファンもそれで十分幸せなんだし、全然かまわないと思いますね。次回作に特に期待することはありませんが、それでも多分はゆまは見に行くと思います。もうだってホントにクラス会みたいなノリなんだもん。太学行って、会社勤めもして、色々社会にまみれた自分が、未だに思春期真っ盛りの言動のままのシンジ君を見て、あぁ、僕もこんな時期あったなぁ、それと比べたら大分成長できたなぁと、ほっと安心出来る映画、それが今のはゆまにとってのエヴァだったりします。

「悪名」「彼岸花」

四連休、二日目。
天気よかったので、ジョギングしーの、掃除しーのしつつ、huluで映画を二本見る。

一本目は勝新太郎主演の「悪名」

はじまって五分くらい、どれが勝新かなぁって分からなかったが、そのうちに目のくりくりした可愛らしい元気いっぱいの青年がそれだと気づく。これが勝新!?いけめんやん。

まさか、この色男が数十年後、「もうパンツをはかないようにする」などと言うようになるとは、この映画公開時(1961年)誰も思いもよらなかったことでしょう。この映画は、生まれ故郷の河内から飛び出た元気者、八尾の朝吉(これが勝新)が、田宮次郎扮するモートルの貞とともに、女を助けるため、近畿一円の女達に厄介をかけながら、近畿一円を飛び回る話です。

勝新のぱっちりした二重の目で見つめられたら、女の人は母性本能をかきたてられて仕方ないようで、皆何でも頼みを聞いてしまいます。インテリヤクザという設定の割りには頭よいところは、まったく見せない貞などよりは、よほど女性達の方が朝吉の役にたっています。

勝新を助ける女性のなかには、中村玉緒もいて、劇中「あなたを一生の妻にします」の誓詞を交わすシーンは感無量。本当に可愛らしい少女が本当に重い宿業(夫婦子供四人のうち逮捕されてないのは玉緒だけ)を背負っちゃう瞬間をライブで見ることが出来ます。次々とトラブルを起こしながら、その度に女(妻)に助けられ、しかもなぜか世間からも愛されてしまう、その後の勝新の人生を暗示するような映画として是非一度御覧になることをお勧めします。

二本目は「彼岸花」
名匠、小津安二郎お得意の父娘もの。小津の作品は、決してハリウッド式の「ハイパーな映像体験に開始十秒で貴方は画面に釘付け」式のものではないのですが、最初の退屈さを我慢して見ていると、段々足元から水が満ちていくように、静かに作品世界のなかに包まれていき、気づいた時には画面の前から離れられなくなっています。

落ち着いたカメラワークのなかで、名優達の見せる台詞や所作は、二千万をかけた小道具ともあいまって、とにかく美しい。父娘の結婚話における葛藤を描いた作品でありながら、作中の家族の絆には確かなものを、そして復興期の日本の情景に強さを感じてしまうのは、はゆまが現在衰退期の日本にいるからでしょうか。

「悪名」には女親分として、「彼岸花」には娘を縁づかせようと空回りする料亭の女将をコミカルに演じる浪花千栄子も凄かった。特に「悪名」で追い詰められたシルクハットの親分の後ろから、上体を斜めに影で隠しながら、ユックリ薄笑いを浮かべつつ登場するシーンは、鳥肌が立つような迫力がありました。

まったく正反対の浪花千栄子の演技を見比べつつ、この二作を連続で見るのもお勧めです。

猫なんかよんでもこない

外周三キロほどの近所の公園を、週に二回ほどジョギングするようにしています。今の家に引っ越してから、休止期間(暑いときや寒いときやめんどくさいとき)もはさみつつ、かれこれ三年ほど続けてきた習慣なのですが、その間、顔見知りの友人ができました。

妙齢の女性で、ちょうど公園を半周ほど走ったところの、けやきの木の下でいつも待ってくれています。驚いたようにみはった、目のふち一杯の黒目が美しく、二桁近くの子供をはぐくんだおっぱいも豊かです。時折舌をしまい忘れ、それが口元にはりついた小さな花びらのようになっているお茶目なところもあります。

彼女は、はゆまを見つけると、箱座りから立ち上がり、二、三度ストレッチしたあと足元に駆け寄ってきます。そして、意志的な目をひかせらせてこちらを見つめつつ「ミャオ」と泣くのです。

はゆまは彼女のことを勝手に「ピー」と名付けているのですが、ピーははゆまが歩道の縁石に腰掛けると、膝の上に乗ってきます。そして、彼女が納得するまで、はゆまの膝の上で座り続けます。まだ納得していないときに、どけようとしても無駄で、すぐ膝の上にまた乗って来ます。

どうも、ピーははゆまのことを可動する自分の縄張りとでも思っているようです。

公園には捨てられたアライグマもいて、その中の一匹がはゆまとピーに興味を持ち、円を描きつつこちらに近づいてきたことがあります。はゆまは「おーラスカルや。可愛い」と思っていたのですが、ピーは敵愾心向きだしで、耳がぴんとたっていました。円は段々せばまってきて、ついにラスカルははゆまの膝に足をかけました。その瞬間、

「ギャァッ」

凄まじい気合いの声と共に、ピーの右フックがラスカルの頬に炸裂しました。二匹は、そのまま団子になって、はゆまのまわりを転げ回っていたのですが、やがてぱっと離れると、ラスカルは逃げだし、ピーもそれを追って、どこかへ行ってしまいました。一人残されたはゆまは、河合直子ってこういう気持ちだったのかと思ったものです。

さて、そんな猫好きのはゆまの猫漫画コレクションに、また一つ新作が付け加えられました。「猫なんかよんでもこない。」

怪我でボクシングの道を断たれた作者が、二匹の猫(雄のクロと、雌のちん子)との出会いにより、荒廃した生活から立ち直り、漫画家として再生するまでを描いた物語です。元ボクサーという経歴の割りには、この作者の絵柄はシンプルにデフォルメされてて本当に可愛いく読みやすいです。

しかし、そんな可愛い絵柄で描かれるのは、よくある猫モノのほのぼの系とはひと味違う世界。のっぴきならない作者の状況もふくめ、猫達を取り巻く過酷な世界がありのまま描かれています。猫エイズにかかり弱っていく雄猫クロ、そのライバルだった野良の雄猫達の栄枯盛衰。

胸につまる話も多いのですが、特に切なかったのは、避妊手術をうけた雌猫ちん子(本当にこういう名前)が部屋にひきこもり、雄猫達の盛んな泣き声に背を向けているシーンですね。

作者の確かな描写力で、丸っこく小さく書かれた背中が傷ついているのがひしひしと伝わってくるのです。

猫に避妊手術を受けさせることを、さも良心的な飼い主の行動のようにいう人がいますが、人の身勝手で猫の心と体を傷つけているという後ろめたさは一応感じて欲しいですね。人にとってそうであるように、猫にとっても性愛はただの繁殖活動ではなく、アイデンティティの確率に不可欠な命懸けのことなのです。

この本を読んではゆまも猫を飼いたくなったのですが、じゃぁ、ピーを身請けするかといえばそれは考えもの。週に二、三度会うという、今の距離感が二人にとってベストなのかもしれないし、ピーにはピーで大事な縄張りと仲間がいるでしょう。それに、なにより、人が猫に惹かれる最大の要素は、その本質的な自由さにあるのですから。

書き写し

ほぼ毎日、小説の書き写しをやっています。今、写しているのは川端康成先生の「眠れる美女」

やっぱり川端作品いいですね。最も美しい日本語を書く作家と言われるだけあって勉強になります。時々、読点や言い回しの部分で「うん?」と思うところもあるけど、まぁ川端康成だし、これでいいんでしょう、これが正しいんでしょう。

文章修業時代に、小説書き写しをするのは結構メジャーな方法で、はゆまが知っているだけでも、浅田次郎さん、田中慎弥さんが、先達の作家の小説を筆写することで文体を磨いていました。また、少し違いますが、古代中国を舞台にした小説をお書きになる宮城谷昌光先生などは、130巻、52万6500字の史記を全て書き写しました

ここまで来ると、ちょっと怖さを感じてきますが、いずれにせよ、書き写すという肉体を通したひたすらな反復訓練でしか、技を磨けないという点では、小説もスポーツも同じです。知り合いの作家さんは、文章を書く能力のことを、筋肉と表現しました。

北海道県警で伝説の刑事といわれた人が、尋問のノウハウを綴った論文のなかに「本当に強い人は夢を見る度に強くなれる」という一節があります。はゆまはこの言葉が好きなんですが、そこまでは至れなくても、昨日の次の今日、今日の次の明日、明日の次の明後日、一日一日上手くなっていければいいですね。

孔明のファッション

ひとが衣服を着る動機のひとつに、アイデンティティーの明示というものがあります。ひとは服やアクセサリーを身にまとうことで、職業・地位の表示、集団所属の明示、価値観・性格の明示といったメッセージを所属する社会に対して発します。

このとき、こめられたメッセージは、そのファッションを選択したものが属する社会の文脈のなかで読み解かれなくてはなりません。例えばアウンサン・スーチー女史は常に頭に花をつけていますが、これは決して女性性を強調しているわけではなく、ミャンマーでは女性が頭に花をつけるのは、私は変わらないという意味なのです。頭に花を飾ることで彼女は、民主主義者としての自分の決意を表明しているのですね。

ちなみにミャンマーのおかまも必ず、頭に花を飾っています。これもおかまとして決して変わらないという断固たる決意を表明しているわけです。以上、西原理恵子ネタでした。

さて、話はがらりと変わって、三国志の孔明の話。孔明というとイメージするのは、葛の冠をかぶり、ゆったりと羽毛扇をあおぐ仙人のような格好ですが、あれは演義の空想ではなく、典拠のあることです。

東晋の裴啓が著した『裴子語林』に『诸葛武侯与宣王在渭滨将战,武侯乘素舆,葛巾,白羽扇,指挥三军』という記述があります。孔明と仲達が渭水で対峙したとき、孔明は白木の輿に乗り、葛巾(綸巾)をかぶり、白羽扇を持って三軍を指揮した、としっかり書かれてあるのですね。

さて、この独特な格好によって孔明は自分の指揮する軍、そして敵対する仲達に対して、どんなメッセージを発したかったのでしょうか?

孔明は琅邪郡陽都(現在の山東省臨沂市沂南県)の出身で、光和4年(181年)に生まれました。同年代には漢のラストエンペラー、献帝がおり、劉備や曹操とは一回り下の世代です。今でも山東半島は、山東大漢という言葉の通り、大男の産地として有名ですが、孔明もその例に漏れず、身の丈八尺、晋尺でいうと192cmに達するという長身の持ち主でした。

容貌もはなはだ優れていたと記録にあり、北方人士特有のきりっとした、男性的で精悍な顔立ちだったようです。家柄も、先祖に前漢元帝の時に司隷校尉をつとめた諸葛豊がおり、いわゆる三公を出したぴっかぴっかの名士の出でした。司馬懿も一応は名士の家ですが、精々が群太守を勤めれば上出来の家柄で、家格としては随分劣ります。蛮族とさげすまされることさえあった、蜀の人々からすれば、まことにコンプレックスを刺激される人物だったはずです。

史書をひもとくと、孔明のような格好をした人は他に何人かいます。袁紹、崔エン、また周瑜も三国志演義が出版されるまでは、綸巾をかぶり、白羽扇を持ったイメージで語られていました。いずれも、代表的な名士出身の家柄の人物です。

もともと、綸巾・羽扇のワンセットは、漢代から読書階級の間ではやりだしたもので、当時時代の主役だった名士の人からすればナウい格好でした。

今の感覚からすれば仙人じみた、脱俗的な感じを受ける格好ですが、当時は時代の最先端をいくファッションだったわけです。この格好を名士という枠からは随分外れている、曹操・劉備・孫権がしたら、陰でクスクス笑われてしまっていたことでしょう。

鎧も兜もつけずに、綸巾・羽扇をまとうだけという格好は、孔明にとって武装する以上に戦闘的な意味合いを持っていました。寸鉄も帯びない戦闘服だったわけです。

「僕は背が高くてイケメンで、頭もよくて、おまけに中原のやつらも、特に司馬氏なんか目じゃないくらいの名家の出なんだよね。お前ら逆らったらぶっつぶすぞ」

茶目っ気もけれん味も十分にある性格だった孔明が、装いにこめたメッセージは実は上のようなものでした。

このように、歴史上の服装やスタイルは、当時の文脈から読み解いていかないと駄目なのですね。現代の価値基準で判断すると、誤読してしまうのです。結構老練な作家さんのなかでもミスしてしまう人が多いので、はゆまも気をつけたいところです。

女性が戦場にたつとき

歴史上、女性が戦場にたち、将軍となるケースが多々あります。日本では、忍城を守り抜いた甲斐姫、薩摩隼人の兵団をほぼ皆殺しにした吉岡妙林尼、中国では岳飛と並ぶ名将だった韓世忠の妻梁紅玉、夫の勢力圏を引き継ぎ虐殺魔の張献忠と戦い抜いた秦良玉、フランスではあの有名なジャンヌダルクがいますね。彼女達が戦うことになった理由は様々ですが、結果たいてい勝ってます。

まぁ、もともとむくつけき男共を率いて、自ら戦おうとするような人ですから、才気と活力に満ちた女性であったのは間違いないでしょう。しかし、それにしても、この勝率は異常です。なぜでしょうか? ひょっとして、女性の方が戦争にむいている?

その強さの秘密は、彼女達が、女性であるために、戦場に男の持ち込むルールを一切無視できたからなのだと思います。もっと言うと、彼女達は男が本能的に感じる戦場美というものを、女の本能で完全に馬鹿にしきっている人達でした。

ジャンヌダルクのケースを見てみましょう。彼女、実はヨーロッパ史で初めて大砲を集中運用した将軍でした。

当時のフランスはイギリスの百年戦争のまっただなか。戦争はすっかり慢性化していて、ロートル同士のボクサーのクリンチばかりの試合のように、ぐだぐだな戦闘が続いていました。当時、戦争の主役は騎士でしたから、彼らからすれば、戦争が続くのは、自分の領主としての地位も強くなるし、なにより戦争ごっこが出来て素晴らしいことでした。むしろ戦を引き延ばすために、重厚な鎧や、戦いの前の名乗りや、一騎打ちなど、騎士の名誉に名を借りた戦場のルールがあったのかもしれません。

そんな爺のファックのような気合いの入っていない戦場にたったのが、神の声を聞いてしまい、宗教的使命感に燃える電波少女、ジャンヌ。彼女は高らかに自分の家名を告げ古風な一騎打ちを続ける騎士達を無視し、大砲に目をつけます。

「この大砲いうのすごいやんけ。これをあの敵が一杯集まってるところにガーン打ち込んだらええんちゃうんか」

男達はびっくりします。

「ええっ、そんなむごいことできませんよ」
「なに言うとんねん。これは戦争やぞ。敵がぎょーさん死んだら、それでええねん。ガツーンいってまえ」

ガツーンいった結果、人がぎょーさん死に、オルレアンは解放され、パテーの戦いも勝利をおさめました。花試合のようだった戦いの雰囲気は一変し、相手を殺すか、こちらが死ぬかの悽愴な雰囲気が戦場にただよいはじめます。

「男共、これが戦争だ」

ジャンヌはそんな気持ちだったのかもしれません。これらの戦争の結果、ジャンヌの片腕として、戦場をかけた名将ジル・ドレが心に傷を負い、戦後少年を誘拐しては、陵辱と虐殺を繰り返すという変態になってしまいました。彼の行状は、グリム童話の「青鬚」とう物語も産みます。神の子ジャンヌの戦いの副産物というべきでしょうか。

彼女の戦い振りは、男達に畏怖の念を覚えさせたようです。王太子シャルルが、フランス王位につき、シャルル7世になると、戦争に必要なのは軍才より政才になってきます。というか、戦争そのものが、政治の延長に他ならないのですが、男達に戦場の一側面をつきつけたジャンヌも、そこまでは見抜くことができなかったのでした。

多くの女性将軍達が輝かしい才能を戦場で示しながら、結局のところ、ワンポイントリリーフのような形でしか、歴史に関われていないのは、戦争と政治を結びつけるセンスの欠如のせいだったのかもしれません。戦場美というものに対しては、徹底的に批判的だった彼女達も、こと戦うことの意義に対してなら、男以上に盲目な崇拝者でした。

ジャンヌがイングランドによって火刑に処されるのは、1431年。彼女が救ったはずのフランスから救いの手は一切無く、煙によって窒息死した彼女は、ただの女性であることを示すため、スカートの前をはだけ性器をさらされ、それからもう一度火あぶりにされました。神の声を聞いてから六年後のことです。彼女は、まだ十九才でした。

いよいよ

エージェントの方から、本のイラストのラフがまとまってきた、と連絡がありました。

自分の本ですが、著者校は先週終え、もうあとは編集者さん、漫画家さん、デザイナーさんの仕事になっています。かれこれ三年携わり、その間、恐らく百回は見直したんじゃないかという小説ですが、その作業ももう終焉を迎えつつあるようです。

小説が完成するのはどのタイミングなのでしょうか?

カートヴォネガットの「あおひげ」のなかで、登場人物の作家が、推敲に推敲を重ね「もう二度と見たくない」というくらいになったときが小説が出来上がるときだと、言う場面があります。うろ覚えですが、多分そんな感じです。

それはそれで一つの見解ですが、はゆま的には、小説が完成するのは、推敲を終え、作者が筆を置いたときではなく、読者がテキストを読み、その頭の中でなにか物語世界が構築されたときだと思っています。テキストだけ出来、机の上に置かれていても、それはプログラムのソースと同じで何も価値はなく、それが人の頭にインストールされ、解釈・コンパイルされたときに初めて価値を産む、とそう思っているのです。

人に自分の作品を読んでもらうと、自分が思いもしなかった反応が返ってくることがよくあります。でも、作者が考えていなかったから、その解釈は誤りということは決してなく、読者がテキストをきっかけに、自分自身の経験と考えに基づいて、立ち上げた世界は全て真実です。テキストまでの距離は、作者と読者で等距離だと思うのです。

読者の言葉から、想定していなかった作品世界の広がりを感じるとき。そのときに、あぁ、この作品は自分の手から離れたと、一抹の寂しさを感じるとともに、やり遂げたという達成感を味わうことができるのでしょう。

どうか色々な人の手元に届き、様々な世界を見せてくれますように。

反日デモ

中国に長期出張に行っていたメンバーが戻ってきたので飲み会。

反日デモのニュースを見て、ハラハラしていましたが、心配していたほどには危険はないとのことでした。ただ、デモ真っ盛りの時期はやばかったらしく、外のレストランには行かないようにし、もっぱらホテルのクソ高い上にまずいルームサービスで食事をすませていたとのこと。また、タクシーも危ないので、必ず空港からホテルまでの送迎のハイヤーを確保してから、日本を出発するようにしていたそうです。

日中関係なかなか難しいですね。

でも、大体隣国同士って仲悪いもんなんですよね。

カンボジアに観光に行ったとき、温厚なガイドさんがアンコールワットの壁画を指差し「ここに描かれているのはタイ人の捕虜で作った部隊です。他の部隊と違って服装も違うし、行進もバラバラでしょう」と憎々しげに言っていた姿を思い出します。

また、そのタイもミャンマーからは古都アユタヤを略奪された記憶があって、被害者意識を持っているそうです。

はゆまなんかは、もう隣国が仲悪いの当たり前なんだから、それを前提にドライにお付き合いしていけばいいんじゃないかなぁと思います。よく日本でも、中国でも、日中友好と声高に言って、両方の旗振ったりしてますが、あれやめたほうがいいんじゃないでしょうか。そんなことするから、期待値が無駄に高まって、裏切った、裏切られたと言い合うような事態になるんだと思います。

そういえば、理想的な隣国関係と言われる、イギリスとフランスが英仏友好活動やってるなんて話聞いたことないですね。実は心の底では、互いに互いのことを心底から馬鹿に仕切っている両国ですが、ビジネスライクにうまくやっている。離合・集散を繰り返し、二つの世界大戦の主要な戦場となったヨーロッパの大人の知恵なのでしょうね。見習いたいものです。

家で同居する犬と猫のように、互いを舐めきりながら、冷ややかな不可侵条約を結ぶ間柄。それが、はゆまの理想とする隣国関係です。

眠れる美女

ある日のこと、川端康成先生の前に、新人の女性編集者が挨拶にやってきました。若い綺麗な女性です。康成先生は、あのぎょろっとした大きな目を向いて、彼女を見つめます。見つめます。見つめます。一言も声をかけません。

そのまま、一時間が過ぎ、女性編集者さんはいたたまれなくなると共に、なにか失礼があったかと、ついに泣き出してしまいました。

そこでやっと康成先生が口を開きました。

「えっ、どうして泣くの?」

世界に誇る日本のノーベル賞作家、川端康成、美しい日本の風土を書くと共に、そこで育まれた美しい日本の女性の悲しみを書き続けた人でした。作品の内容と同じく、とにかく女好きで、担当編集者は若い美人な女性でないと機嫌が悪くなったそうです。件の気の毒な女性編集者さんも先生の好みにあわせ、出版社から担当につけられた人でした。

軽井沢にあった先生の別荘には、そうした美人編集者が、中国の皇帝の後宮のようにたくさん出入りしていたそうですが、気むずかしく、また大作家だった先生と四六時中顔を見合わせるのは、女性達には苦痛だったようです。お喋り上手でプレイボーイだった遠藤周作先生が「海と毒薬」を書くために、同じく軽井沢の廃病院に住んでいたときは、わざわざそんな薄気味悪いところに息抜きに遊びに行っていたほどでした。

康成先生に負けず劣らず女好きだった周作先生は、はじめこの状況を喜んでいたのですが、その女性編集者達が勝手に病院の電話を使って東京の出版社と連絡を取るもので、電話代がかさみ、最後は「もう頼むから来ないでくれ」と泣いて頼んだそうです。

康成先生の作品には、多くの魅力的な日本女性が出てきます。彼女達は一様に美しく、そして悲しみを背負っています。先生の分身である主人公の男は、彼女達を愛し、見守りますが、積極的にその苦しい境遇から救おうとはしません。なぜなら、主人公が、また先生が愛しているのは、女性の美しさとともに、その宿命的な悲しさでもあるからです。

眠れる美女は、多くの川端作品で書かれた、主人公の男性の態度、美しい女性を「見守る」が、積極的にその運命とは関わろうとしない、を究極的に推し進めた作品でした。

なんといったって、舞台は、もう不能となった老人のための売春宿。娘達はみな死んだように眠っていて、だからこそ、老人は安心してそい寝できるという、異様な場所です。主人公の江口老人は、実はまだ不能ではないのですが、この売春宿で、これまでの人生で接してきた女性達との交流を振り返ります。眠れる少女達の体温と香りに包まれながら。

なぜ川端康成先生はこんな異常な舞台設定を思いついたのでしょうか?

それは、この眠れる少女との添い寝というのが、先生が長い間、求め続けた女性との最良の距離だったからなのだと思います。先生は女が本当に好きで、ずっと見ていたいし、触れていたい。しかし、先述の泣き出した女性編集者のエピソードのように、女性のリアクションは、先生にとっては常に唐突で困惑させられるものでした。(一般常識的にどうかは置いておいて)

そこで考えたのが、絶対にリアクションが取れない、死んだように眠る少女。これが、康成先生のたどりついた理想の女性像だったのだと思います。

ただ少女が眠り続けるためには、男の側もアクションを取れなくする必要があります。だからもう不能になった老人という設定が必要だったのでしょう。作中、江口老人の友人が死にますが、これは江口老人自身も死に近いこと、そしてだからこそ眠れる少女との距離を安定して保てることを暗示しています。

が、物語の終盤、少女は死にます。友人の死から一転、安定したかに見えた少女との距離は果てしなく遠いものとなります。江口老人にとって、そして康成先生にとって理想と思えた眠れる少女と不能の老人との距離もまた成り立たないものだった。

男女は究極の意味では、決してわかり合えない。安定して保てる距離など、この世にはない。

現実の女性の迷惑おかまいなしに、理想の女性像を追い続けた康成先生がたどり着いた一つの境地が上のようなことでした。

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ぼくのともだち

昔、だめ連という集団がありました。1992年に誕生した、「普通の人のように働けない」、「異性と恋愛できない」、「家族をもてない」といった者たちが、その「だめ」な有り様を否定的に捉えるのではなく、敢えてそのようなだめ人間であることを積極的に表に出し、「だめぶり」を語り、そこを立脚地にして生き直そうとして誕生したオルタナティブな「生き方模索集団」です。

登場時はセンセーショナルな存在で話題にもなったのですが、そのうち日本経済が左前になり、別にそんな肩に力を入れなくても、結果として駄目人間になってしまう人が急増。駄目であることが珍しいことでもなんでもなくなり、この集団の活動も沈滞気味になってしまっているそうです。

さて、今回はゆまの読んだエマニュエル・ボーヴの「ぼくのともだち」の主人公ヴィクトールも、別にオルタナティブに生き方を模索しているわけでもないのに、普通の人のように働けず、異性と恋愛できず、家族をもてない、駄目人間です。

世に駄目小説は多いのですが、太宰治の「人間失格」のように、実はイケメンでやりまくっていたりして、はゆま的には駄目男とは認めたくなかったりします。でも、この小説の主人公は合格。もう百点満点です。

パリ在住のフランス人という、金ぴかのアドバンテージを一切いかせず、第一次世界大戦に従軍したときの恩給で、細々と食いつなぐヴィクトールの生活は本当に貧相。唯一の願いも友達が欲しいというささやかなものです。この小説はヴィクトールが貧しいニート生活のなか、友達を作るために悪戦苦闘するさまを描いたものなのですが、願いの真摯さにも関わらず、彼の試みはことごとく失敗します。

それは彼の不器用さのせいでもあるのですが、相手の見てくれや態度や社会的地位に敏感に反応して、自分との優劣をつけようとするこざかしさも原因の一つになっています。解説でも書かれていますが、彼の観察は本当に細かい。彼の意識が、他人の前に立つとき、あまりの自信のなさに、溺れるものが藁もつかむ感じで、相手の細部にしがみついているのです。

告白して振られた牛乳配達の娘のスリッパの染みや、自殺志願の水夫の耳毛など、普通の人なら見落とす細部を彼はよく見ています。

しかし、一方で、彼はその細部から視界を広げることができず、人間の個性に対するとらえ方も、染みや耳毛に留まり、全体を見渡すことが出来ません。相手の目を見ているときも、瞳孔の大きさや色しか見えず、その後ろに広がる相手のインナースペースに心を配ることができないのです。

そんなわけでヴィクトールが友情を育もうとした五人――この五人の名前が、章の名前にもなっているのですが――は、皆彼の前からいなくなり、さらに追い打ちをかけるように、安アパートからも住民の苦情が原因でたたき出されます。

強い人は、孤独でもさみしさを感じない。でも、ぼくは弱い。だから、ともだちが一人もいないと、ぼくはさみしい。



上記のモノローグで小説は終わります。純粋な善人というわけでもなく、嫌らしさやこざかしさもあるヴィクトールですが、不思議と読後、彼に対する愛しさがわいてきます。それは自分より駄目な人間に対する優越感などではなく、自分自身も持つ、不器用さや、嫌らしさやこざかしさ、それを増幅した戯画として、彼の心境や環境に共感を覚えるからなのでしょう。

北斎展

あらゆる意味で大阪らしい公園、天王寺公園のなかに大阪市立美術館があります。そこで、葛飾北斎展をやっているということで見に行きました。

真っ赤なフラミンゴやバースの狂ったシマウマなど、世界の終末というお題でディスプレイしたのかしらという、悪夢のような公園の飾り付けを横目に見つつ、美術館に入ると、日曜日ということもあるのでしょう、なかなかの人出でした。展示物の量もすごいボリューム。皆絵に夢中で列がゆっくりしか動かないこともあり、全部見るのに二時間かかりました。

でも、それだけの価値はあります。現物で見る北斎ブルーというのか、あの独特の青色の深さは本当に吸い込まれそうになります。大阪に居る人は是非見に行ってみてください。

はゆまは、甲州三坂水面がお気に入りでした。夏の富士を三坂峠から描いたものですが、湖面に映る富士山が雪を抱いた冬の格好になっていて、それで、しんと静かな河口湖の水面の青に、真っ白な富士山が、巨大なカクテルグラスのなかの氷のように溶け入っているように見えます。その静謐で清潔な感じは、北野監督の映画のワンシーンを思わせるものがあります。最も有名な神奈川沖浪裏も躍動感に満ちていいですが、はゆまはこれが一番好きでした。

さて、北斎といえば、ゴッホなどの印象派のヨーロッパの画家に影響を与えたことで有名ですが、実は彼自身もヨーロッパの影響を色濃く受けています。遠近法や、輪郭を書かずに色の濃淡だけで雲や岩を表現する手法は、幾つかの作品で取り入れていました。

晩年には、銅版画やガラス絵も研究、試みたようです。油絵に対しても関心が強かったようですが、残念ながら、作品を作り上げるまでには至りませんでした。

また、はゆまが興奮した北斎の青色自体、実はベルリンからやってきた顔料を使ったものです。これは、偶然開発されたもので、プロシアの青、ということでプルシャンブルーと呼ばれました。当時は青の顔料というと、ラピスラズリなどの高価な顔料しかなかったので、価格の安さからすぐに各地に広まりました。

日本は、これを中国経由で取り入れ、既に1763年には平賀源内の『物類品隲』にベイレンブラーウとして紹介されています。浮世絵などの出版関係者からは、ベルリンから来た藍という意味で「ベロ藍」と呼ばれることが多かったようです。日本の藍と違って色ののびと発色が抜群によい、この顔料によって、北斎はあの独特の海や空の鮮烈な表現を手に入れました。

皮肉なのは、明治期に日本にやってきた欧米人が北斎や広重の青色の表現に注目し、JAPANブルーとして本国に紹介していることです。色彩の逆輸入といったところでしょうか。

浮世絵というと、鎖国期の日本の、その独自の閉鎖性のなかで産まれた芸術というイメージがありますが、こうしてみると、決して世界史の大きな潮流に無縁だったわけではなく、それどころか、西洋の技法や道具を積極的に取り入れようとした開放的な芸術だったということが分かります。

そもそも、浮世絵の版画制作方法自体、あの平賀源内が開発したものですしね。

葛飾北斎がなくなったのは嘉永2年、1849年のこと、同年に旅順の英雄、乃木希典、またフィクションですが、るろうに剣心の緋村剣心が生まれています。ペリーが黒船を率いてやってくるのは、その三年後のことでした。

まどかマギカ 考察 ―エディプスコンプレックスの物語として―

友人のすすめでまどか☆マギカを見ました。最初は、いかにも、萌え萌えした絵柄に抵抗があったのですが、一話半分過ぎた辺りから引き込まれていき、三話でマミさぁぁんと叫び、あとは最終話まであっという間でした。こんなにアニメを見て興奮したのは、エヴァ以来です。

見終わったあとのシクシク感もいいですね。ハッピーエンドのはずなのに、なにか心に穴があいたような、ほろ苦い感じ。とくにラストの、さやかが自分の願いに殉じ、消滅するシーンは思い出すだけで涙が出ます。

「いやぁ、いいアニメやった。えがった。えがった」

別にこんな感想でもよいのですが、はゆまも一応物書きのはしくれである以上、このアニメの構造をひもとき、この物語の非凡さが一体どこから来るものなのか、突き止めなくてはなりません。誤読、妄想てんこもりになるかと思いますが、論考を初めていこうと思います。

◆まどか☆マギカの物語とは

はゆまは、このアニメを、父性的、あるいは父権的なシステムを、平凡な少女が、その平凡さゆえに超克することができた物語と読みました。

父性的、父権的なシステムというのはちょっと小難しい言い方かもしれません。別の言い方をすると、男性原理から発する少年漫画的な文脈、価値観の侵犯によって崩壊しかけた、魔法少女としての物語世界を、まどかがその少年漫画の文脈も一部取り入れつつ再構築するオハナシ。そんなふうにはゆまは読んだのです。

父権システム? 少年漫画的な文脈?

何のこっちゃという感じでしょうが、つきあってもらいましょう。キーワードは二つ。

1)キューべー、2)暁美ほむら です。

まずは、あのにっくき白い淫獣のことから。

◆キューべー

キューべーが象徴するものとは何でしょうか? 

彼は、魔法少女アニメのマスコットにふさわしい可愛らしい外見を持っています。真っ白でふわふわなぬいぐるみのような体、赤いまん丸な目、猫耳とそこから伸びるもう一つの長い耳といった具合に。魔法少女達の年頃、十代前半の女子の心をわしづかみするにたるキューティーな容姿です。

しかし、その実正体は、魔法少女のマスコットなどではなく、彼女達の希望が絶望に変わる瞬間のエネルギーを、グリーフシードに変えて搾取しようとする宇宙人でした。彼自身がたとえたように、キューべーと魔法少女の関係は、畜産業者と家畜のそれに似ています。彼は確かに魔法少女達に対して助言をすることもありますが、それも全て彼女達から獲られるエネルギーを極大化させるという目的一つのためです。決して、彼女達のためなどではありません。

ただ、キューべーは、透明に残酷ですが、悪意はありません。それどころか、彼は宇宙を延命させるという、これ以上ない大義に従っています。また、劇中の魔法少女達に対するあまりな仕打ちに忘れがちですが、彼もまた自身に対する保身や自己愛というものは一切ありません。それは、ほむらに射殺された際の「かわりはいくらでもいる」という台詞からも分かることです。魔法少女達に対すると同等、彼は自分自身に対しても、大の前の小ということで、平気で犠牲にすることが出来るのです。

◆父権システム

はゆまは、いや私たちはキューべーに似たものを知っています。普通、私たちは、彼のことを国家、もしくはおおざっぱに組織、システムと呼びます。はゆまが最初に言った父権的システムというものです。国家というような大きなものでなくても、暴走族や暴力団、学校、もしくは会社など、集団の最適化のために小を切り捨て、そして自己拡大しようとする仕組みを内包する、全ての人間の集まりのことを、ここではゆまは父権システムと言おうと思っています。

父権システムも、また大義のために常に個人に犠牲を強いろうとします。終盤、ついに魔女のからくりが露呈し、本音を出さなければならなくなった、キューべーがまどかに言ったことを思い出して下さい。

「宇宙のために命をかける気になったらいつでも声をかけて」


この宇宙の部分は、なんにでも変換が容易なことに私たちは気づきます。米国、日本、中国、イスラエル、天皇、大王、ハーン、法皇、キリスト、総長、組長、尊師……歴史上、キューべーの台詞は宇宙の部分を替えて、繰り返し、繰り返し、唱えられてきました。キューべーの言っていることは、つまりこういうことなのです。

「大義のために死ね」

そして、通常、この言葉に殉じた人は、英雄と呼ばれることになっています。

はゆまは英雄を頭のなかでひねり出して、それを物語にすることを商売にしようとしています。だから、この台詞自体がいけないとか、安易に国家、父権システム反対とかいうつもりはありません。キューべーと同じく、これらの仕組み自体は透明で残酷ですが、悪意はなく、また哀しいことに私たちは、この文脈上でしか生活できないのです。

「ぼくたちがいなかったら、君たちはまだ洞穴のなかで裸で生活しているだろうね」


ただ、魔法少女達の悲劇は、突き詰めると、本来女の子達の世界である魔法少女モノの物語空間が、実は父権システムを支える歯車になっていることにあると、はゆまは言いたいです。

◆まどかの嘆き

「ひどいよ…こんなのあんまりだよ…」


魔法少女はいずれ魔女になるという仕組みを知ったときのまどかの嘆きです。しかし、まどかが、それを知るまでに享受してきた平和な生活というのは、実はまどかが嘆いたまさにその仕組みによって成り立っているものでした。その意味で、まどかもまた無邪気な加害者でもありました。

一年前の東日本大震災の悲劇の際、私たちは、怒り狂う原発の姿に戦慄するとともに、私たちの生活を根っこで支えていたものの仕組みを知りました。うんちゃら号機建屋とともに、私たちが知ろうとすれば幾らでも機会があったのに、顔をそむけてきたもののベールが、文字通り吹き飛ばされたのです。そこでは明らかに癌障害などの健康リスクを抱えながら働く人がおり、そして、そういった人々は減るどころか、今後増えていくという事実を突きつけられたのです。その時、私たちも、またまどかと同じことを言いたくはならなかったでしょうか?

「ひどいよ…こんなのあんまりだよ…」

さらに言えば、あの大災害のときの、政府、東電をはじめとする国家システムを代表する連中の言動は、知性やエレガントさにおいては比べものにならないものの、キューべーと同種のものでした。いざとなれば、平気で大のために小を捨てる、父権システムが持つ宿命的な冷血さもまた私たちは目の当たりにしたのです(ただ、キューべーが魔法少女と時に肩を並べて戦い、少なくとも安直な嘘はつかず、また先述のとおり自己保身は一切ないことを考えると、どうやら私たちが今抱えている国家システムの運営者というのは、キューべーにも劣る連中のようです)

◆少年漫画的な文脈

ちょっと話がずれましたが、一方で、この父権的なシステムが語る言葉は、実は少年漫画と実に相性がいいのです。

「大義のために死ね」

日本でも、中国でも、モンゴルでも、ヨーロッパでも、米国でも、イスラムでも、この御旗の元、斃れた少年兵、元少年兵が、何十万どころか何千万という単位でいることを私たちは歴史から知っています。そして、現在でも、少年ジャンプ、少年マガジンなどを開けばこの言葉に勇躍し、死地に赴く少年達を幾らでも見ることが出来ます。

無論、この言葉がそのままで語られることは少ないでしょう。微細なレベル、血が通っているかのようにさえ見えるレベルにまで、分解・再構築されて語られることの方が多いはずです。例えば、「家族のために」「街の平和のために」あるいは、あの有名なキーワード「勇気、友情、勝利」といったふうに。

父権的システムは狡猾なのです。キューべーの愛らしい外見のように、時に耳障りのよい言葉を語り、時に魅力的な武器や、能力でつりつつ、少年達の魂を差し出せと要求してくるのです。

◆斃れた三人の少女

劇中、斃れた三人の少女。マミ、さやか、杏子。彼女達が、魔法少女になった事情はそれぞれですが、戦う理由は大方共通しています。それは、下記のさやかの台詞に代表されるでしょう。

「これからのミタキハラ市の平和はこの魔法少女さやかちゃんが、ガンガン守りまくっちゃいますからねー!」


しかし、それがどれほど崇高で、善意に満ちた理由から出たものでも、彼女達の戦いは、自分達を苦しめ、破滅に追い込み、そのことによって延命を図るシステムを強化するという運命から逃れることができません。杏子は、若干この事情に気付き、利己的な戦い方をすることで、自らの破滅を先延ばししようとしますが、傷つきながら戦うさやかへの共感、友情もあって、結局キューべーの陥穽に落ちます。

「そういうもんじゃん?最後に愛と勇気が勝つストーリー、ってのは」
「アタシだって、考えてみたらそういうのに憧れて魔法少女になったんだよね」


そう、武器を取れという、アンクル・サムは、目の澄んだ、純粋な子供しか狙わないのです。

クライマックスの十一話で残ったのは、暁美ほむら、そして鹿目まどかの二人だけででした。

では、なぜこの二人だけが生き残ったのでしょうか? 彼女達が、父権システムに絡め取られなかった理由とは、一体何なのでしょうか?

◆鹿目まどか

「鹿目まどか。貴女は自分の人生が、貴いと思う? 家族や友達を、大切にしてる?」


第一話でほむらがまどかに対して言った言葉です。これは、もしそうだったら、今と違う自分、つまり魔法少女になりたいなどとは思うなという意図をこめて発せられた言葉でした。

まどかは答えます。

「え…えっと…わ、私は…。大切…だよ。家族も、友達のみんなも。大好きで、とっても大事な人達だよ」


自分の人生が貴いと思う? という質問には答えていないことが重要です。マミの戦い振りに憧れた時もありますが、彼女は自己実現よりは、他者との良好な関係性の方に重きを置く女の子です。魔法少女としての才能があると言われたときも、戸惑いの方が大きく、それは、自分の戦い振りを自慢するさやかの態度とは対照的でした。

またマミがまどかとさやかを、初めて魔法少女体験ツアーに誘ったシーンを振り返ってみましょう。このとき、さやかがバットという戦いに有効性のあるものを持ってきたのに対し、まどかが皆に見せたのは、ピンクの愛らしいコスチュームの描かれたノートでした。そのことに、マミとさやかは微苦笑を誘われるのですが、このシーンも実は重要で、まどかの価値観が、マミやさやかのように、「大義のために」戦える人とは違うということを如実に示しています。

まどかは、手の届く範囲のもの、家族や友人に興味は限定され、戦いにおもむくシーンでも、武器よりも可愛い衣装の方が気にかかる当たり前すぎる女の子です。過去の時間軸、そして最終回をのぞけば、彼女は決して、武器を取ることも、それを敵に向けることもありませんでした。

結局の所は、「大義のために」という言葉に収斂される動機で戦う、マミ、さやか、杏子とは違い、彼女はラストギリギリまで、自分の感じるかもしれない痛みにおののき、立ちすくみ、恐怖に震えていました。そして、だからこそ、彼女は、キューべーの誘惑を拒絶し、彼の背後にある父権システムから自由でありつづけることが出来たのです。普通の少女としての平凡な善良さを、彼女が失わなかったからこそ、彼女は奇跡を起こせたのです。

そんな彼女がラスト、ワルプルギスの夜に立ち向かうために、寄ってたったもの、それはまさに最初に暁美ほむらによって投げかけられた質問への真の回答となるものでした。彼女は、第一話では、おずおずとほむらに告げていたことを、今度は堂々と、自分を産んでくれた母親に告げます。

「私だってママのことパパのこと、大好きだから。どんなに大切にしてもらってるか知ってるから。自分を粗末にしちゃいけないの、わかる」
「だから違うの。みんな大事で、絶対に守らなきゃいけないから。そのためにも、私今すぐ行かなきゃいけないところがあるの!」



彼女が、その後、いかにして、父権システムを超克したかについては、また詳しく述べますが、ここまでの議論で、一つ重要なことが漏れ落ちています。あの最終回で語られた時間軸でのみ、なぜ、まどかは救済の結論に至れたのでしょうか?

それは、彼女のために無数の時間軸で戦い続けた一人ぼっちの少年がおり、彼の苦難の試みの積み重ねがようやく成功をおさめたからです。

その少年の名を暁美ほむらといいます。

◆暁美ほむらは超王道少年漫画の主人公である

暁美ほむら=少年という言説は別に、はゆまが言い出したことではなく、北への。国からさんのテキストを下敷きにしたものです。多分、他の考察サイトや、批評本などでも述べられているかもしれません。二番煎じになるかもしれませんが、まずは暁美ほむらと、鹿目まどかの出会いの場面から振り返ってみましょう。

第一話、冒頭、まどかは母親と鏡の前で身支度を調えています。彼女はリボンを二つ取り、どちらを結ぶかで悩んでいました。このときの、母親と、まどかの会話の流れはこうです。

まどか「リボン、どっちかな?」
まどか「え~。派手過ぎない?」
詢子「それぐらいでいいのさ。女は外見でナメられたら終わりだよ」
詢子「ん、いいじゃん」
詢子「これならまどかの隠れファンもメロメロだ」
まどか「いないよ、そんなの」
詢子「いると思っておくんだよ。それが、美人のヒ・ケ・ツ」



後に分かることですが、ほむらはまどかの隠れファン以外のなにものでもありません。そして、詢子がめろめろと言っているのは、明らかにヘテロ的なもので、この母と娘の会話のなかに、秘められているのは、異性との出会いの予感でなかったら、なんなのでしょう。

また、登校中のさやかとまどかの会話。

まどか「いいなぁ。私も一通ぐらいもらってみたいなぁ…。ラブレター」
さやか「ほーう?まどかもヒトミみたいなモテモテな美少女に変身したいと。そこでまずはリボンからイメチェンですかな?」
まどか「ちがうよぅ、これはママが」
さやか「さては、ママからモテる秘訣を教わったな?けしからーん!そんなハレンチな子はー…こうだぁっ!」
まどか「や…ちょっと…やめて…や…め…」
さやか「可愛いやつめ!でも男子にモテようなんて許さんぞー!まどかは私の嫁になるのだー!」


まどかが、ヘテロ的なリビドーに対して語る唯一のシーンです。またさやかの台詞は、女の子同士のホモソーシャルな世界に、ヘテロが侵入してくることを示唆しています。

ちなみに、まどかの恋愛に関わる事柄について、まわりの登場人物が言及したのは、このシーンまで。あとは最終話になっても、一切出てきません。開始わずか三分で、主人公の恋バナに関する話題が一切なくなるというのは、女の子を主人公にしたアニメとしては、かなり異質なことです。

そして、朝のHR。暁美ほむらがを紹介する直前に、担任の和子は言います。

和子「女子のみなさんは、くれぐれも半熟じゃなきゃ食べられないとか抜かす男とは交際しないように!」
和子「そして、男子のみなさんは、絶対に卵の焼き加減にケチをつけるような大人にならないこと!」


この直後、さやかは、和子が自身の男女恋愛における教訓を先に、転校生の紹介を後回しにしたことの不自然さに、

さやか「そっちが後回しかよ!」


と、突っ込みます。しかし、これを、女の子まどかに対して、男の子ほむらを紹介するシーンだと解釈すると、不自然でもなんでもなくなるのです

そして、暁美ほむらがあらわれます。彼女は、自分の名前を黒板に書き、まっすぐまどかだけを見つめて言います。

ほむら「暁美ほむらです。よろしくお願いします」


黒板に書かれた彼女の名前を、よく見てみましょう。他の魔法少女の名前と比べて異質です。他の子達の名前は、まどか、さやか、マミ、杏子。どんな漢字をあてようが、女の子につける名前にしかならないのですが、ほむらは、炎、やわらかい語感にだまされそうですが、実は男性的な意味を秘め、男の子につけてもおかしくない名前になっています。

さらに付け加えると、一回目の時間軸の時に、ほむらの名前に対して、まどかはこう言います。

まどか「えー?そんなことないよ。何かさ、燃え上がれーって感じでカッコいいと思うなぁ」
ほむら「名前負け、してます」
まどか「うん?そんなのもったいないよ。せっかく素敵な名前なんだから、ほむらちゃんもカッコよくなっちゃえばいいんだよ」


つまり、まどかとほむらの出会いの場面は、ボーイ・ミーツ・ガールのシーンなのです。

そう考えると、ほむらとの出会い以降、まどかの恋バナの話が一切出てこない不自然さも納得することが出来ます。

また、第一話では、文武両道の謎めいた黒髪美少女としてあらわれるほむらですが、もともと一番目の時間軸では、心臓の病が癒えたばかりのひ弱で臆病な、三つ編みメガネの少女でした。そんな彼女に転校初日に声をかけたのが、鹿目まどか。この時間軸のまどかは、魔法少女にすでになっていたためか、自信に満ちていて、第一話の時間軸とは若干キャラが違います。まどかは、退院したばかりで、戸惑うばかりのほむらに手を差し伸べ、初めての友達になってくれます。

そして、ほむらは、魔法少女に変身したまどかによって魔女から襲われているところからすくわれ、その後、彼女の戦いを傍観者として、見守り続けることになります。やがて、ワルギルプスの夜が訪れ、まどかは、ほむらをすくうことが出来た誇りを口にした後、特攻、戦死します。

ほむらは、まどかの亡骸を抱きながら、キューべーに願いを叫びます。

「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」


この願いも実は奇妙です。ほむらは一つの願いという約束事を破っています。「鹿目さんとの出会いをやり直したい」と「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」は、別々のことです。キューべーは、この誤りを特に訂正することもなく、願いはかなえられたというのですが、その直後、二回目の時間軸のほむらのつたない戦い方を見ると、「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」という願いは無視されているように見えます。この件については、また別途詳述しますが、ひとまず、ほむらの願いを他の魔法少女の願いと比較してみましょう。

考えてみると、さやかの悲劇は、一つの願いの後ろに隠されたもう一つの願いのためでした。「恭介の腕を治してあげて」の文章の後には、「そして私を恭介の一番にさせて」という文が実は隠されていました。一見、利他的な願いごとの裏に、その貢献した他者からの見返りの期待が隠されている、それがさやかを破滅に導きました。父親からの感謝という見返りを期待していた、杏子の願いも同質のものです。

しかし、その願いの後ろに隠されていることも含めて叫んだ、ほむらの願いはまどかからの見返りではなく、自分自身が変わること、端的に言えば強くなることでした。ここにほむらの異質性があります。

「彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」

自分の庇護者であった女性を守る男になりたい。

これは、銀河鉄道999の鉄郎とメーテル、三つ目が通るの保介と和登千代子、スラムダンクの春子さんと桜木花道、バスタードのヨーコとルーシェ・レンレン(D.S)、聖闘士星矢の星矢と城戸沙織、史上最強の弟子ケンイチのケンイチと美羽など、少年漫画のなかで繰り返し繰り返しあらわれるテーマです。これが、少年ではなく、男性の願いであったら、「そして彼女を自分のものにしたい」が続きますが、性徴前の少年の欲求は、そこまでたどりつきません。相手を守る自分になれたら、強くなれたら、そして、それでいいのです。

また、魔法少女になったあと、彼女に備わった能力も特殊です。他の魔法少女が、魔女への主要な攻撃手段となるメインウェポンと、戦いをサポートするサブ能力のセットが授けられているのに対し、彼女には、時間停止のサブ能力だけで、メインウェポンは与えられませんでした。そのために、彼女は、マジカルなアイテムではなく、ゴルフのドライバーからはじまり、拳銃や、焼夷弾、はてはミサイルランチャーなど、物理的な鋼鉄のアイテムで戦うことを強いられます。

拳銃、手榴弾、ミサイルランチャー、全てストロングでマッチョな男のアイテムです。また、彼女が、それを盗み出した場所も、やくざの事務所や、自衛隊、米軍など、暴力に携わる徹底的な男の世界でした。

燃え上がる火を意味する名前を持ち、マジカルなアイテムでなく、鋼鉄のウェポンを操り、肉弾で血反吐をはきながら、たった一人の好きな女の子のために戦う、暁美ほむらは、どれほど愛らしい容姿をしていようと、実は少年なのです。彼女が、五人の少女のなかで、一番ささやかな、ひらべったい胸をしていることにも留意する必要があるでしょう。

◆暁美ほむらとキューべーは同じ男性原理のポジとネガ

さて、はゆまは、先に父権システムとか、男性原理から来る少年漫画的な文脈が、魔法少女ものの物語世界に入ってきたため、こ魔法少女達は苦しむことになったと述べてきました。しかし、別にはゆまは、いちがいにだから男性原理は駄目とか、どこかのフェミニストみたいなことを言おうとしているわけではありません。

原理自体は、ただの思考システム、考え方なのですから、キューべーのように悪意があるわけではないのです。

一つの物象には、必ず光と影があります。それと同じで、男性原理にも、陽と陰の部分があります。(善と悪ではありません)

最終話、Cパートのラストのシーンを思い出して下さい。みたきはらを見下ろすビルの上に、ほむらとキューべーがいるのですが、このシーンのときの二人は、それまでの激しい対立が嘘のように打ち解けて、親しげに語りあっています。考えてみれば、まどか以外で、ほむらが親密な態度を見せたのは、この時のキューべーに対してだけでした。

これは、なぜかというと、実はこの二人は、同じ根から産まれた兄弟だからです。

つまり、キューべーが男性原理のネガ、陰の部分を象徴しているのに対し、ほむらは、男性原理のポジ、陽の部分を象徴しているのです。

ちょっと整理してみます。括弧のなかは、はゆまが、それぞれの要素にたいし、思いつくまま単語を並べたものです。

男性原理(陽):暁美ほむら
 (情熱、恋、システムからの自由、冒険、歌、踊り、狂的な興奮、ゼウス)

男性原理(陰):キューべー
 (非情、理知的な判断、父権システム、システムへの服従、法律、選別、切断、裁判、クロノス)

キューべーの言説は、すべて「大義のために死ね」という冷酷な言葉に収斂されるものでした。そのため、「○○のために戦う」という言葉のなかに、一度でも、みたきはらの街とか、世界とか、第三者の単語を入れて、武器を取ったマミ、さやか、杏子は、キューべーの背後にある父権システムの燃料となる運命から逃れられませんでした。

しかし、ほむらだけは、この○○のなかに、第三者ではなく、「貴方、まどかのためにこそ戦う」という二人称の単語入れました。恋愛は常に反社会的、反システム的なものです。少年漫画に存在するもう一つの文脈、

「好きな女の子のために命を捨てる」

ほむらは、この言葉の体現者でした。縦軸の圧力である父権システムを、男性原理のなかで横断的に切り裂く力のあるもの、それは少年の少女に対する恋しかないのです。

そのため、彼女は、同根の兄弟が造った父権システムからまどかと同様、最終話ギリギリまで自由であり続け、そしてこの父権システムを滅ぼす戦いを続けることが出来ました。

もっと議論を大胆に推し進めると、まどかマギカは、父キューべーから、母、聖処女まどかを奪い返そうとする、少年ほむらの戦いの話と言ってすら、よいのかもしれません。あの最終話の二人きりのシーンは、エディプスコンプレックスの対立と葛藤を乗り越え、対等の戦友となった、父子が、遠いところに行った母について、同性同士の緊張感は保ちつつも、鎧と兜をぬいで率直に語り合っているようにも、はゆまには見えました。

ほむらの戦いは、無数の時間軸での試行錯誤の末、ある程度の成功をおさめます。最終話まで、まどかを魔法少女にすることを防ぐことが出来ました。ほむらの活躍があったからこそ、まどかは、普通の女の子であり続けることが出来、その平凡な善良さも、優しさも、失うことがありませんでした。そして、少年が好きな女の子に絶対にして欲しくないこと、武器を取るということも、しなくてすんだのです。

まどかが、あの奇跡に至れた最大の要因である、平凡で普通の少女であり、武器を取らずにすんだこと。それは、少年ほむらの捨て身の戦いのおかげでした。

◆まどかの願いが教えてくれるもの

第11話。ほむらは、ワルギルプスの夜と単騎戦います。しかし、彼女が集めた全ての武器、を持ってしても、それまでの魔女の呪いの集合体であるワルギルプスの夜を破ることは出来ませんでした。父権システムを滅ぼそうとするほむらの戦いは、結局のところ敗北に終わります。

これは、当然で、「武器を取って相手を滅ぼす」という行動自体が、男性原理のネガ的、父権的な考え方なのです。父権システムの反逆者であった、少年ほむらですが、彼の奮闘も、端的に言うと、外に出ず家の中で、父親に刃向かう不良息子のそれでしかありませんでした。彼には、父権システムを超克することは出来なかったのです。

そのことに気付き、魔女化しようとするほむらの前に、まどかがあらわれます。

まどか「ごめん。ホントにごめん。これまでずっと、ずっとずっと、ほむらちゃんに守られて、望まれてきたから、今の私があるんだと思う」
まどか「絶対に、今日までのほむらちゃんを無駄にしたりしないから」



その後、まどかが起こした奇跡については、皆知っての通りです。彼女は、世界を変えます。ここで、重要なのは、世界を変えたあとも、キューべーは存在し続けるということです。

父権システム。

まことに厄介で、一度暴走をはじめると、おぞましいカタストロフィを起こすシステムですが、哀しいことに、私たちは、この仕組みなしでは生きることが出来ないのです。もし、このシステムを破壊しようとしたとしても、ほむらに殺されるたびに、また新しい個体のあらわれるキューべーのように、すぐさま、別のシステムに代替されてしまいます。

そのことをまどかは知っていました。だから、彼女がしようとしたことは、ほむらのように父権システムを破壊し尽くすことではなく、システムと交渉し、より穏当で血の通った仕組みへ変えていくことでした。そして、自分自身が、システムのブレーキ、監視役として、そのシステムを内包する神となることでした。

まどかの奇跡が、その映像の鮮烈さの割りに、改変前と改変後で、魔法少女達の悲劇性がそんなに変わっていないように見えるというのは、よく指摘されることです。

しかし、改変前と改変後の、エネルギー回収の仕組みを、男と女の役割分担の公平性という観点から見ると、劇的に改善されていることに気づきます。

家畜がとさつ人の役割もかね、しかもそのとさつという作業のなかに、家畜を肥えさせる仕組みも含まれている。そして、この一連のエネルギーサイクルは全て少女達の世界で完結され、サイクルが一巡りするごとに、回収されるエネルギーは螺旋状に増大していく。これが、改変前の魔女システムによる、エネルギー回収の仕組みでした。

男性がいっぺんの血も払っていないわけですから、これは男女の関係においては、かなりアンフェアなものだといってよいでしょう。(そういえば、少年ほむらが、父に叛逆、キューべーに銃をむけだしたのは、この不公平さに気づいてからでしたね。少年ほむらは、ジョン・アーヴィングのような、戦闘的フェミニストなのかもしれません)

一方、改変後は、魔女は消え、代わりに魔獣があらわれるようになります。裏設定ファイルによると、彼らは直線的で男性的な力の持ち主なのだそうです。また、グリーフシードの形も卵形のものから、角張ったキューブ状のものに変わっています。以上を考慮すると、恐らく、彼らは、もとは人間の男であったと断定してもよいでしょう。

ということは、エネルギー回収システムは、とさつ人が少女なのは、変わりませんが、家畜の役は男が担うようになったのです。少女達の呪いは、それがグリーフシード化し、父権システムに利用される前に、まどか神によって浄化されます。女から男への一方的な収奪システムだったものが、役割を、家畜は男、とさつ人は女と分け合ったわけですから、男女の関係において、随分フェアなものになりました。ただ、これは、改変前の仕組みよりは、エネルギー回収の効率性が落ちるようで、それは、キューべーの下記の台詞からも分かります。

キュゥべえ「人間の感情エネルギーを収集する方法としては、確かに魅力的だ」
キュゥべえ「呪いを集める方法としては、余程手っ取り早いじゃないか」


燃料が燃料を産む仕組みが失われたわけですから、これは当然といえば当然の結果です。しかし、ワルギルプスの夜や、まどかの最強魔女化が、まさにその異常な効率性の良さから発生したことを考えると、穏健で、安定的な仕組みに改良されたと言ってよいのでしょう。

男と女が手を取り合って、ある経済活動にいそしむ。これは、結婚以外のなにものでもありません。永遠の少女にして、永遠の処女母でもある、まどかは、実はキューべー、父権システムと結婚し、それを完全にコントロール下に置いてしまっていたのです。

まどかの願いのなかには、キューべーもすくいたいという思いがあったのかもしれません。

改変後の、キューべーからは明らかにモンスター性が失われています。ほむらともなごやかに話せるまでになったのは、彼の、父権システムの体現者としての業すら、まどかから許されたからなのでしょう。

父権システムを超克し、それを血の通った人間的なものにするためには、まどかのように、身体性、自分のなかの、やわらかく、やさしい、繊細な震えのようなもの、つまりは少女的なものを決して手放してはならない。彼女の十二話での神々しいまでの活躍振りは、そのことを教えてくれています。

◆少年ほむらと少女まどかの恋の物語

では、少年ほむらと、少女まどか、二人の恋はどうなったのでしょうか?
無論成就します。しかも最高の形で。

ほむらの願いを思い出してみましょう。それは、

「私は……。私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい」

でした。そして、この文章は、二つの文節に分けることが出来、最初の願いはかなえられたが、最後の願いについてはかなえられていないと指摘したのは、先述の通りです。

この物語のなかで、魔法少女の願いは、ほむらのようにおおっぴらに語られるにせよ、語られぬにせよ、二つの文節に構成されます。さやかの場合なら、「恭介の右腕を治して欲しい」「そして恭介から愛されたい」でしたね。そして、さやかは、その後半の願いは、結局かなえられぬまま消滅、もしくは神になった、まどかにより救済されました。

神に等しくなったまどかも、魔法少女達の後半部、秘められた願いについてかなえることはしませんでした。なぜなら、後半部がかなえられないにもかかわらず、前半部の願いに自分の命をかけることが出来た。そこに願いの崇高さがあり、少女達の偉大さがあることをまどかは知っているからです。安直に後半部の願いも奇跡でかなえることは、魔法少女達の尊厳を穢す行為であり、まどかにとって大好きなさやかちゃんを、さやかちゃんたらしめている根幹の部分を、破壊する行為でした。

しかし、たった一人の例外があります。

それが、ほむらです。彼女だけが、まどかによって、実は二つ目の願いもかなえられたのです。最終話、Cパートのほむらのモノローグを思い起こして下さい。

(悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だけれど)
(だとしてもここは、かつてあの子が守ろうとした場所なんだ)
(それを、覚えてる)
(決して、忘れたりしない)
(だから私は、戦い続ける)


まどかは神なわけですから、世界も場所も、まどかそのものです。だとしたら、そこを守るためのほむらの戦いは、好きな女の子を守る戦いに他なりません。この唯一の例外があったのは、まどかが少年ほむらを特別扱いした。つまり、ほむらの恋に、愛でむくいたと解釈してよいでしょう。

最高の友達と言っていたんだから、恋人じゃないのじゃないの?と言われる人もいるかもしれませんが、まどかは、永遠の聖母でありながら、永遠の処女でもあります。そのため、最高の異性に対する称号は、最高の友達しかないわけです。これは、恋人と同種、もしくはそれ以上の価値があることです。

無論、これはとても過酷なことです。まどかが未来永劫存在し続けるということは、彼女を守るほむらの戦いもまた未来永劫続くということになるわけですから。この点について、どうもまど神様は気づいてない形跡があります。神であるまどかにとっては、ほんのちょっとでも、生身の人間のほむらにとっては、とてつもなく長い時間です。悪意なく、無邪気な言動で、少年を地獄のような試練に追いやってしまうというのも、少年漫画のヒロインの典型ですね。

しかし、少年ほむらは喜びに打ち震えていることでしょう。神となったまどかは、どこにでもいる存在です。ほむらは常に彼女の手のなかに、優しく包まれながら戦い続けることになります。戦う自分の姿を、好きな女の子がいつも見守ってくれ、そして頑張れと声をかけてくれる。これは、少年なら、誰しもが夢見ることです。(少年漫画のスポーツものを、二、三思い出してみて下さい。スポーツに打ち込む少年と、それを見守る女子マネージャーという組み合わせは腐るほどあります)

そして、「いつかまた会える」というまどかの言葉を信じるのなら、気が遠くなるほどの、先の未来で、ほむらが戦いに斃れた時、永遠の少女、まどか神は、満身創痍の少年ほむらの前にあらわれます。そして、今度は「がんばって」ではなく、「よくがんばったね」と、ほむらを抱きしめ、その胸のなかで、ほむらは消滅、もしくは救済されます。果てしない戦いの果てに、好きな女の子の腕のなかで、安らかに眠る。少年が持つ究極の夢をかなえたとき、永遠の少年ほむらと、永遠の少女まどかの、永遠の恋愛は完璧な形で成就することになるのです。

◆締め

まどかマギカは、少年ほむらが、血みどろの戦いによって、普通の少女まどかの、優しさと善良さを守り抜く話です。(守り抜いたもののなかには、普通のという部分も含まれています)これが少年漫画でなくてなんでしょうか?

また、同時にまどかマギカは、普通の平凡な少女が、愛と祈りによって世界に奇跡を起こす話です。これが魔法少女モノでなくてなんでしょうか?

まどかマギカは、超王道少年漫画と超王道魔法少女ものとの幸せな結婚によって産まれた、世にも稀な幸福な作品なのです。この素晴らしい奇跡のような作品を作った、全ての方々に、はゆまは最大限の敬意を表します。

そして、最後に言わせて下さい。

杏子ちゃん、まじ聖女。

→2013/10/16公開の映画「まどかマギカ[新編]叛逆の物語」についての考察はこちら
http://hayuma7931.blog.fc2.com/blog-entry-165.html

潁川の名士

三国志の名士を調べているうちに思ったことを、とりとめもなく。

有名な三国時代、当時、時代の主役だったのは名士層と言われる人達でした。色々と定義はあるかと思いますが、ざっくり言ってしまうと、1)豪族(大農園経営者)で、2)読書階級で、3)過去に中央政府に人材を輩出した家系で、さらに4)他の名士達から名士と認められている、人達です。

魏なら郭嘉、司馬懿、呉なら周瑜、張昭、陸遜、蜀なら孔明、劉巴などが、それに当たります。

公教育が発達していない時代は、やはり氏素性が一番の教育機関となります。彼らの家には代々積み重ねてきた豊富な蔵書があったでしょうし、先祖が役職についたときの行政記録も残っていたはずです。また、名士同士で縁戚も重ね、その人的ネットワークも強固なものでした。

この名士層にも、ワインや牛肉のように出身地による階級があり、質量ともに最も高いと言われていたのが、潁川出身の人材達でした。

ざっとあげてみると、荀彧、荀攸、鍾?、郭嘉、陳羣、郭図、淳于瓊、辛評、辛毘、徐庶、司馬徽 等々、錚々たる顔ぶれです。他にも、彼らより、一つ上の世代になりますが、党錮の禁で弾圧された清流派知識人、陳蕃、李膺なども、この地の出身でした。また、あの魔王董卓の父親が、ここで役人をしていたりなんかもしています。

潁川は、現在の河南省許昌市にあたり、後漢の行政区分でいうと豫州になります。首都洛陽のすぐ西南の土地です。曹操の出身地、沛国?県の東隣に位置する場所でもありました。中原のど真ん中ですね。当時、中国で大きな経済圏は、三つありました。中原から山東・琅邪にかけての中原地帯、長安を中心とする関中地帯、最後が成都を中心とする蜀地帯ですが、そのなかで最も生産力の高く、重要だったのが、中原地帯でした。

潁川が人材の輩出地帯になったのも、この高い経済力によるものです。

ただ、後漢末の動乱期、この豊かな土地が一転地獄絵図に変わります。まず黄巾の乱が潁川を拠点として発生、朱儁や皇甫嵩率いる官軍と黄巾党との戦いの主戦場となります。また董卓と反董卓連合軍との戦いの際にも戦場となり、剽悍きわまりない涼州軍に荒らし回られることとなります。

また気候においても、漢やローマの繁栄を産んだ、古代温暖期が終末を迎えていました。その結果、土地の生産力が落ち、飢饉が発生します。これは、全ての経済圏で起きたことでしたが、中原は最大の人口を抱えていたために、最も悲惨な結果となります。次々に村落が放棄され、難民が産まれ、難民の集団がまだ食料の残っている村を襲い、また難民が産まれます。この凄惨な玉突き現象はついに、青州兵のような、百万単位の大難民群を産むまでに至ります。

こうなると蝗の大群のようなもので、どこの群雄も彼らを抱えるのを嫌がり、袁紹に利用されたり、公孫瓚にたたきのめされたりと、さんざんな目に会っていました。後に、曹操が彼らを吸収し、自分の配下としたことが、彼の躍進のきっかけとなるのですが、そのことはまた別の機会に詳しく話そうと思います。

つまり潁川は、後漢末の動乱の被害を最も大きく受けた場所でした。曹操の「蒿里行」という詩に、「鎧甲は蟣蝨を生じ、萬姓は以て死亡す。白骨は野に露われ、千里に鶏鳴無し。生民は百に一を遺し、之を念えば、人の腸を断つ」という一節がありますが、この頃の潁川の詐らざる光景があらわされたものかと思います。

曹操は、群雄のなかで、潁川出身の一流の名士層を取り込むことに最も成功しますが、彼の勢力のどこか鬼気迫るような迫力は、故郷の土地を復興させたいという、名士達の願いによるものだったのでしょう。

それを考えると、呉・蜀もまた、中原の名士を取り込むことにある程度は成功していますが、彼らは、結局のところ、争乱の土地を「逃げ出した」人達でした。魏・呉・蜀の領土の大きさの違いは、留まった人達と、逃げ出した人達の、中原にかける思いの差、だったのかもしれませんね。

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執筆した小説のことや、好きな歴史のこと、あるいはリスペクトする様々な表現者達のことを、つらつら、つらつら書いていこうと思います
三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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