宮崎駿「風立ちぬ」考察(2)

今、ネットで、下記のような宮崎駿の発言が話題になっているようです。

人がいなければ日本はものすごくきれいな島だと思った。日本の国や日の丸が好きになったのではなく、 日本の風土というのは素晴らしいものだという認識を持つようになりました。


そもそもその土地の風土と、住む人は密接に結びついています。ドイツ人のいないドイツの風土というものが考えられないように、日本人のいない日本の風土というのもありえません。日本に松林が多くなるのは稲作の始まった弥生時代以降のことですが、それは、田んぼの堆肥にするために、せっせと原日本人が山に入り、落ち葉を拾ってきたためです。縄文時代に全盛を極めていた広葉樹は腐葉土がないと涸れますが、松は逆で、腐葉土がたまると涸れてしまうのですね。松に富士山、浮世絵でおなじみの光景は、日本人がいてこそのものなのでした。

ていうか、この程度の知識は間違いなく宮崎駿は持っているはずです。なんてたって、宮崎駿の対談本で上記の知識は仕入れたんですから。なので、上記の発言も、セルジオ越後が日本代表の悪口を言うようなもんだと思えばいいのですが、怒る人がいるんですね。ユーモアを介さない人というのは困ったもんです。

ただ、宮崎駿は若い頃は、本気で日本の風土、特に戦前のものが嫌いだったみたいで、日本の村を見ると、封建主義と迷信人身売買の巣窟だと感じていたといった類の発言をしています。

先日、はゆまは、宮崎駿の「空のいけにえ」を引用して、彼のなかで、飛行機に対する懐疑と、自分自身の職業に対する懐疑が重なりあっていると言いました。が、実は、もう一つ重なっているものがあって、それは日本の風土に対する懐疑です。愛してやまず、自分の創作者としてのルーツに他ならない飛行機と戦前の日本の風土、しかし、そのどちらもが、自分が最も憎むあの戦争へと行き着いてしまった。だとしたら、自分の作品も、いつか戦争に行き着いてしまうのではないだろうか。

「風立ちぬ」で、戦争の描写を飛ばし、その後の焼け野原の光景に、あえて関東大震災後と同じシーンを使っているのには深い意味があります。観客が、東日本大震災後のあの荒廃した光景と重ね合わせて見るようにです。「風立ちぬ」の主人公二郎は、設計者としてゼロ戦に携わり、そのことによって荒廃した日本を子供たちに残してしまった。そして、また自分自身も、アニメ映画監督として子供にずっと関わって生きていながら、結局同じ荒廃した光景の日本を残してしまっている。まだ戦争は起きていないが、ひょっとしたら、関東大震災後に戦争に突入していった戦前の日本のように、これからの日本もそうなるかもしれない。

だとしたら、自分は許されるのだろうか?

宮崎駿はそう何度も自分に問いかけたに違いありません。

そして、その問いへの答えが、この映画です。

映画のラスト、二郎の夢のなかで、ヒロイン菜穂子は、「許す」と言います。この許すは、様々な意味のこめられた「許す」です。

では、何が何に許されたのか?

これをキーに論考を進めて行こうと思います。

◆戦前の日本の風土と飛行機

黒船という西洋の先進テクノロジーへの衝撃から、明治維新は起こりました。そのため、戦前の日本の男の理想像も、それに沿ったもので、いわゆる「末は博士か大臣か」でした。一杯勉強し、よい大学に入り、、出来れば洋行と言われた海外留学をして、世界の進んだ技術を輸入して、理工系の博士になること。それが、当時の男の子の理想の一つとされていました。

劇中の二郎も、またモデルとなった堀越二郎もそうした理想をかなえた人物です。藤岡中学校、第一高等学校、東京帝国大学工学部航空学科をそれぞれ首席で卒業し、三菱内燃機製造(現在の三菱重工業)に入社というのは、一万人に一人もいないエリートコースです。ヒロインの菜穂子は、まっさらなスーツを着た二郎のことを、白馬の王子様と言いますが、そう言われてもおかしくないような立場の人間でした。

ヒロインの話が出ましたが、戦前には、もう一つ理想がありました。これも、先の先進技術に対する憧れと同じく、ヨーロッパ、それもドイツから来たものです。ロマンチックラブというやつですね。もともと日本人は、他のアジア人と比べたら男女間の纏綿たる情緒を大事にしてきた民族ですが、源氏物語の複雑な恋愛模様を見れば分かる通り、一対一の関係を貫き通すのを是とする倫理感は持ち合わせていませんでした。それよりも、嫉妬や疑い、別離の予感といった、湿っぽい情緒も照り映えにしつつ、多対多、複雑な男女の織り模様を綾なす方が好きだったのです。

それが、ゲーテを初めとするドイツ文学によって、初めてロマンチックラブという概念が、日本に持ち込まれました。二郎と菜穂子の関係には、戦前流行したロマンチックラブをほのめかす描写がいくつもあります。そもそも、映画のタイトル「風立ちぬ」が堀達夫の、戦前ロマンチックラブ小説の代表的な作品から来ていますし、菜穂子と再会する山荘で、二人の恋の立会人になるカストルプはドイツ人です。彼は終始、「ここは魔の山」と、ドイツの代表的な文学者、トーマスマンの作品を引き合いに出しています。また、ヒロインの菜穂子の名の由来が、これまた堀辰雄の「菜穂子」という小説です。実は、この小説での菜穂子はロマネスクを完全に拒絶し、心の平和を求めて、愛のない結婚に走ったという人物ですが、わざわざこんなキャラの名をあやかって強調したかったことは明らかです。

西洋から来た、先進技術への憧れと、ロマンチックラブ、どちらも、戦前、日本人が追い求めた美しいものでした。しかし、こうした無垢な憧れは、戦争によって皆命を絶たれます。先進技術への憧れは原爆によって、ロマンチックラブは、日本の男は日本の女を守れなかったという冷厳な事実によって。

しかし、宮崎駿は、この映画で、戦前の日本人が追い求めた美しいものは、あくまで美しいものとして描きました。

そうすることで、彼は、自分が生涯をかけて憎み愛してきたこと、飛行機と、かつて、封建主義と迷信、人身売買の巣窟とまで罵った戦前の日本の風土を「許し」たのです。

◆二郎と宮崎駿

「風立ちぬ」の主人公、二郎はジブリのヒーローとしてはかなり特殊なキャラクターをしています。飛行機の設計ということに対しては少年のような情熱を持っていますが、現実世界に対してファナティックなところはほとんどなく、人当たりはよく、とても静かで、とてもやさしく、そしてとても強い人です。

飛行機を軍事に使われることには戸惑いを時々見せますが、機関銃を乗せなくてはならないという課題のためには、技術的妥協も割合あっさり受け入れます。美しい飛行機を作るという「夢」のためには、彼は不本意な「現実」とも折り合いをつけれる人物なのです。自分の出来ることと出来ないこと、責任の負えることと負えないこと、そうした限界を見極めつつ、ベストではなく、モアベターな選択を重ねていく彼は、欠片も不正を許せず、現実という固いガラス戸に真っ正面から飛び込んで、案の状傷だらけになる、これまでのジブリのヒーロー像、コナンや、パズーや、ルパンといった人達とはまるで違います。彼は戦略や交渉といったカードも切れる、あくまで「大人」の人物なのです。

「大人」なのは、ヒロインの菜穂子との関係からも分かります。印象的だった初夜のシーン。菜穂子は褥に二郎を誘います。二郎は病気の菜穂子の体を「でも」と気遣うのですが、菜穂子が重ねて「来て」というと、二郎は微笑んでそれに答えるのでした。勿論、明かりが消され、立ち上がっていた二郎の体が下に消えてゆくという、小津的嗜みに描写は留められてはいますが、それにしても、ジブリの映画で、ここまで濃厚に性的行為がほのめかされたのは初めてです。二郎は性的エナジーを所有し、そしてそれをコントロールできるという点でも、大人なのです。彼はヒロインを「抱きしめる」だけでなく、「抱く」こともできるのでした。

二郎は、宮崎駿の分身です。これまでのジブリの主人公達も皆宮崎駿の分身でしたが、それは彼の少年の部分の分身でした。しかし、二郎は、宮崎駿の大人の部分、子供の部分、全てひっくるめた総体としての分身です。(まぁ、美化されすぎてはいますが)

宮崎駿もアニメ映画を作ることに対して少年のような情熱を燃やす一方、お金を引っ張り出すためには、スポンサーや広告代理店、また鈴木敏夫プロデューサなどに対し、老獪な駆け引きをしてきました。また、結婚して、子供もいる、家庭人でもあります。

この分身たる二郎に対し、菜穂子に「許す」と言わせることで、宮崎駿は、自分自身の、創作家としての半生を許し、肯定したのです。

◆許すということ

しかし、この「許す」というのは、免罪とは違います。責任もつきまとう重い「許す」です。

菜穂子は、「許す」の後に、「生きて」と言いました。

ひょっとしたら創作家としての創造的時間を終えてしまったかもしれない自分だが、そこで人生が終わるわけではない。今の日本、これからの日本に対する責任は死ぬまで背負い続ける。

だからこその「生きねば」で、だからこその、映画公開直後の、冒頭問題となっている文章もある「熱風」への記事寄稿だったのでしょう。

この映画に対する評価は、全般的な傾向として業界人には好評だが、一般の人には不評なのだそうです。業界人というのは、自分も創作に携わる人全般を指すのでしょうが、何となくはゆまにはその理由が分かるような気がします。この映画は、宮崎駿が創作家としての自分自身に真摯に向き合い、ほとんど、己のためだけに作った映画なのです。声優で参加した庵野秀明氏の言葉を借りると、完全にパンツ脱いじゃった映画なのですね。

そんな映画なのに、ちゃんと芸になってて、作品になってて、おまけにどんどんお金を稼いじゃう。うらやましいな~という気持ちもこめて、創作に携わる人達は、高評価を与えるのでしょう。

ちなみに、17年前に、まったく同じ動機で、同じようなことをした庵野秀明のエヴァンゲリオンは、面白かったけど、芸にも、作品にもなっていませんでした。そんな不肖な愛弟子を、この作品の主演にさせたのは、「いいか、これが芸ってものなんだぞ」という宮崎駿なりの教育だったのかもしれません。

その意味で、宮崎駿は、本当に全ての方面において誠実な人なんだなと思いました。この作品を作った宮崎駿、庵野秀明、ジブリを初めとする、全ての人に、はゆまはブラボーと言いたいです。

宮崎駿「風立ちぬ」考察(1)

風立ちぬを連れ合いと見てきました。

素晴らしい映画。

とにかく、その一言しかない。

家に帰ってしばらくたった今も、興奮さめやらぬの状態です。足がまだ振動するジュラルミンのタラップの上にいるみたい。

しかし、これまでのジブリ映画と、まるで違うものになっているため、首をひねる人も多いと思う。実際、ネット上では酷評の声も目立ちますし、連れ合いも、どこが盛り上がりか分からなかったと、怪訝な顔をしていました。

確かに解釈が難しい映画です。はゆまだって、どう読み解けばいいか困惑している部分もあります。

ただ、はゆまは、この映画を見て、かつて読んだ宮崎駿のある文章を思い出しました。それはサン=テグジュペリの短編集「人間の土地」のあとがきに、彼が寄せた「空のいけにえ」という文です。この奥行きの深く、難解な映画を読み解く鍵に、この「空のいけにえ」がきっとなると思います。

◆空のいけにえ

人間のやることは凶暴すぎる。20世紀の初頭に生まれたばかりの飛行機械に、才能と野心と労力と資材を注ぎ込み、失敗につぐ失敗にめげず、墜ち、死に、破産し、時に讃えられ、時に嘲られながら、わずか10年ばかりの間い大量殺戮兵器の主役にしてしまったのである。……操縦士、機関士、銃手、通信士達は皆おどろく程若く、おどろくべき速さで消耗し死んでいったのだ。……国家は、死の大釜に若者達を送り込みつづけた。……サン=テグジュペリの作品や、同時代のパイロット達が好きになればなる程、飛行機の歴史そのものを冷静にとらえなおしたい、と僕は考えるようになった。


サン=テグジュペリは「星の王子様」を書いたフランスの作家で、同時に飛行士だった人です。生前は、自分の飛行体験を書いた小説の方で著名で、「星の王子様」が大ヒットするのは、その死後のことでした。人間の土地も、彼の職業飛行家としての思い出を綴ったもので、まだ脅威の世界であった時代の空の猛々しさと残酷で透き通った美しさ、その空を未成熟な飛行機という野蛮な道具を駆って、勇気一つを武器に、征服しようとした若者達の目映い生と死、そしてその特殊な環境で培われる清浄なモラルや友情が描かれています。

宮崎駿は、こんな作品に、上記のような後書き、「人間の土地」だけでなく、自分自身にも批判の矢を向けた文章を書いたのでした。さらに、「空のいけにえ」はこう続きます。

飛行機好きのひ弱な少年だった自分にとって、その動機に、未分化な強さと速さへの欲求があったことを思うと、空のロマンとか、大空の征服などという言葉ではごまかしたくない人間のやりきれなさも、飛行機の歴史のなかに見てしまうのだ。自分の職業は、アニメーションの映画作りだが、冒険活劇を作るために四苦八苦して悪人を作り、そいつを倒してカタルシスを得なければならないとしたら最低の職業と言わざるを得ない。それなのに、困ったことに、自分は冒険活劇が好きだと来ている。


宮崎駿のなかで、飛行機の歴史に対する懐疑と、自分自身の職業に対する懐疑が重なりあっていることが分かります。それは彼の生い立ちを考えると当然のことでした。

◆宮崎航空興学と飛行機と戦争

宮崎駿は1941年、宮崎航空興学という飛行機メーカーを一族で経営している家に生まれました。彼の飛行機や、飛翔することに対する強い憧れは、この会社から来るもので、自分自身のルーツも、クリエーターとしてのルーツも、遡れば、当時軍需産業と密接に関わり合っていた飛行機工場に至ります。戦時中、零戦は、10、430機作られますが、そのなかには、宮崎航空興学で組み立てられたものもあるはずです。彼が憧れを持って見あげた飛行機達は、他国の都市に爆弾の雨を降らせ、他国の若者の駆る飛行機を打ち落とし、最後に炎に包まれながら自国の若者の鉄の棺桶となる運命をになっていました。

宮崎駿が四歳のとき、日本は戦争に負けます。軍国少年だった彼は、反動から、以後、徹底した戦闘的平和主義者となります。そして、学習院大学を卒業後、アニメーターとしての道を歩み出し、その後の成功については皆が知るとおりです。

しかし、一方で、彼が、自分の創作者としてのルーツを辿るとき、その源泉には、必ず格納機のなかに、静かに羽を休める軍用機の群れがありました。それは、軍需産業という直接的かつ親子の結ぶ付きだけでなく、未分化な強さと速さへの欲求、そしてカタルシスを根源的に求める人間の業から産み出されたものとして、実は同時に戦争と兄弟の関係にありました。

そして、この関係を敷衍すると、駿自身の作品も、飛行機を介して戦争と孫の関係にあり、また、創作への衝動が、同じく、未分化な強さと速さへの欲求、そしてカタルシスを根源的に求める人間の業から産み出されたものとして、戦争と兄弟の関係にもあるのでした。

根源的な平和主義者としてアニメにたずさわってきた、自分自身のルーツ、創作への衝動、どちらも辿ると飛行機に、そして戦争にたどり着いてしまう。

はゆまは、この自己矛盾への、宮崎駿の解答が「風立ちぬ」だったのだと思います。

長くなってきたので、続きは明日以降に。

ワイルドシングズ

いかにもアメリカンなB級サスペンス映画、「ワイルドシングズ」が見てみると意外とよかった。

「こんなんお前ら好きやろ」といった感じのセクシーカットの連続には辟易したが、何度も何度も、どんでん返しのあるストーリ展開はスリリングで目が離せない。

主役のマット・ディロンが、スクールカーストの頂点、ジョックそのものの容貌なので、アメリカ ンマッチョ万歳の犯罪映画とばかり思っていたら、最後の最後、作品のテーマそのものがひっくり返される。本当にハードでタフでマッチョなのは誰だったのか明らかになるラストは秀逸。

主演兼製作総指揮のケビンベーコンは、最もハリウッドの中心に近いといわれる人物だが、実はかなり知的で、ハリウッド的風潮に批判的な人なんじゃないかな。素直に面白かったです。

ユーガットメール

ユーガットメールを見た。

1998年製作だから、もう15年前の作品だ。今でこそ、ネットといえば、ネットオタクとか、ネット弁慶とか、マイナスの接尾語がつくことの方が多いが、当時は、ネットサーフィンが趣味と中田英寿が言ったりしたことからも分かるとおり、とにかくナウく(古いね)かっこいい印象の言葉だった。

その世相を反映して、本作でも、ニューヨークのシティボーイ、シティガールによる、正体を隠したままのネットでの交流は、とてもクールなこととして描かれている。

もともと本作は、1940年に製作されたエルンスト・ ルビッチ監督の『街角/桃色(ピ ンク)の店』のリメイク作品。元映画の「手紙で文通」の設定が「インターネットでメール」に置き換えられているだけでストーリは大体一緒。そのため、最新の技術をモチーフにしている割に、話運び自体は古臭い。ネットによる、限られた情報のもとでの交流によるすれちがいや、独特の空気感、そしてどこまで繋がりが広がるか分からないワクワク感(当時からしたら)を描いたということなら、加藤茶が主演した1989年の日本のドラマ「空 と海をこえて」の方に軍配があがるだろう。まぁ、メグライアンはすごく可愛かったけど。

「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」

永遠に続くと思ってたGWも終わってしまった……

まぁ、何にせよ、学生時代、和○山県の○○党の○○長を、食前食後にぶん殴り、野球部相手に「先攻永遠に俺」というジャイアンでもやらないようなむごいことを強制してた方の飲み会を無事終わらすことが出来てよかった。まだ、60代なんだから、もっと長生きしてもらって、どんどんこの方を囲む飲み会を開いていきたいな。

ちなみにこの方は親戚もユニークで、材木を売りに行くと言って、奈良杉の筏とともに熊野川を下り、半年帰って来なかったという叔父さんがいる。ハックルベリーフィンじゃないんだから。熊野川はミシシッピー川なのか。

そんなこんなで賑やかに過ごしたGWだが、ちょっと体が空いたときに、HULUでみた「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」が良かった。

主演のおじいちゃん二人がとにかく愛しい。キューバ出身の元理髪師の老人役は凄い演技だなぁと思ってたら、ゴッドファーザーのロバート・デュヴァルだった。スピードでブレイク前の、サンドラ・ブロックの落ち着いた演技も素敵。多分、この人は本来こういう性格派俳優の方が向いていたのだと思う。

見ていて思ったのは、やっぱり男はじたばたするんだなぁということ。

孤独をどっしり受け入れて生きる、アパートの管理人シャーリー・マクレーンや、規則正しく映画を楽しむパイパー・ローリーの落ち着き方と比べて、男達の老いと孤独に対する悪あがきの見苦しいこと……でも、それが見苦しければ、見苦しいほど、みっともなければみっともないほど、二人のおじいちゃんが愛しくて仕方なくなってくる。う~ん、可愛いってなるのだ。

どこのシーンで昂ぶるっていうわけでもないけど、2時間見ているうちに、おじいちゃん達の孤独が染み渡ってきて、最後にはじんわりおへその辺りに温かいものが残る映画でした。是非是非皆様に見て欲しいな。良い映画です。
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三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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