ついに発売!!「九度山秘録: 信玄、昌幸、そして稚児」

新刊「九度山秘録: 信玄、昌幸、そして稚児」ついに発売になりました。

見本本も届き、その美しさにひたすらため息。
駄文を包むにはあまりにも豪奢な衣装を、槇えびしさんが縫いつづってくださいました。

本日から、書店にも本格的に並び出すようです。

どうぞ、お手に取って、昌幸の知られざる少年時代を、そしてあの名将との絆の秘密をお読みくださいませ!!

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第二作発売!!!

お待たせしました!

デビュー作「劉邦の宦官」から二年半。
第二作がついに今月二十二日発売となります。

タイトルは「九度山秘録」



その名の通り、戦国時代、紀州九度山が舞台です。

察しのよい方は気づいているでしょうが、来年2016年の大河ドラマ「真田丸」と同じく、
戦国最強の家、真田家がメイン!

テーマは前回「劉邦の宦官」が宦官だったのに対し、今回は小姓。

映画やドラマでは、白面の顔をすまして、大名の後ろに控えるだけのマスコットのような彼ら。

しかし、君主の愛人かつ士官候補生という不可思議な存在であった彼らから、
「前田利家」「宇喜多直家」「高坂昌信」「小早川隆景」「毛利勝永」「松永久秀」
などなど、錚々たる英雄が輩出しています。

現代の視点から見れば、奇妙としか言いようのない不可思議な関係から、なぜ「もののふ」が生まれるのか?
そのなぜを解き明かしたいと思って書いた作品です。

表紙まだお見せ出来ないのが残念ですが、力のある有名作家さんの力作になっており、そちらもお楽しみに。

発売までもう二週間と少々。
是非、ご一読を!!!

高い城の男

高い城の男読了。

映画「ブレードランナー」の原作になった「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の著者、フィリップ・K・ディックの最高傑作ということで、最初身構えていた部分もあったのだが、普通に面白く読むことができた。

本作は、第二次世界大戦で日本とドイツが勝利し分割支配されているアメリカが舞台だ。大雑把に言うとニューヨークをはじめとする東海岸がドイツ、サンフランシスコ・シアトルなどの西海岸が日本領域になっている。

で、はゆまはSFものでアメリカ人の書いた作品だから、きっと圧政にあえぐアメリカ人がとてつもない科学兵器かなにかを発明し、ドイツと日本をやっつける話だと思っていた。

だが、そうではなかった。作中のアメリカ人は、ささやかな反発を覚えながらも、異民族からの支配という現実を「まぁ、ほどほど」という感じで受け入れ、その上で生活をよりよくしようとする、ある意味、良心的で優しい人たちだ。

これは、支配者側の主要人物、日本人たちもそうで、ちょっとアメリカ人を見下したところもあるが、皆概ね礼儀正しく、サディスティックな憲兵的権力を行使するような人は一人もいない。それどころか、あとがきによると、この作品で一番ディックの書きたかったヒーローは、ドイツとの関係に汲々と気を遣いながら、最後の最後でヤクザ映画の高倉健を思わせる大立ち回りをし、ユダヤ人をお前たちなんかに引き渡せないとドイツ人相手にたんかを切る田上らしい。

この作品は確かに歴史改変された世界を舞台にしているという意味では、SFなんだけど、普通のSFのようなとんでもない大破壊とか、あるいは逆の唐突な救済みたいなことは起こらない。強いていえば、作品の後半になって暴かれるドイツが日本を核攻撃しようとする計画、たんぽぽ計画くらいだけど、これも結局止められたのか、止められなかったのか曖昧なまま、田上の奮戦と倒れるまでを描いただけで終わる。

ディックは何を書きたかったのかなぁと色々考えてみたが、これは結局、運命に巻き込まれる側の人たち、つまり歴史の大きなうねりのなかで、否応なく敗者になったり、あるいは否応なく勝者になったりする、私たち大部分の身の処し方を書いた作品なのだ。運命に対する無力さということを強調するために、おそらく主要人物は皆、易に自分の未来を委ねようとしているのだろう。

一方、それらと対照的なのが、ドイツ人。やけに好意的に描かれる日本人に対し、ドイツ人は作中コテンパンに極悪人として書かれているのだが、そのドイツ人、特に指導者層のメンタリティを評してバイネスはこういう。

「彼らの観点――それは宇宙的だ。ここにいる一人の人間や、あそこにいる一人の子供は目に入らない。それは一つの抽象的観念だ――民族、国土。フォルク、ラント。血。名誉。りっぱな人々に備わった名誉ではなく、名誉そのもの。栄光。抽象的観念が現実であり、実在するものは彼等には見えない。善はあっても、善人たちとか、この善人とかはない。時空の観念もそうだ。彼らはここ、この現在を通して、その彼方にある巨大な黒い深淵、不変のものを見ている。それが生命にとっては破滅的なのだ…彼らは歴史の犠牲者ではなく、歴史の手先になりたいのだ。彼らは自分の力を神の力になぞらえ、自分達を神に似た存在と考えている」

作中のドイツ人だけでなく、歴史のなかで転轍機を握ってきた人々のある型を表現したまことに秀逸な言葉だ。

ディックは、歴史を作ってきた人間達がどのような人間だったかこう定義したうえで、そうでない無力な人たちのささやかな抵抗と魂の美しさを丹念に描く。世界がどうあるべきかでも、指導者がどうあるべきかでもなく。

先述のバイネスの言葉はこう続く。

「彼らが理解できないもの、それは人間の無力さだ。おれは弱くて、小さい……だが、どうしてそれが悪い? そのほうがましじゃないのか?」

第二次世界大戦の勝敗が逆になっていたり、作中、連合国側が勝った世界が舞台の仮想戦記小説が流行っていたりするのは、大きな歴史のうねりがどちらに転ぼうが、人どうあるべきかという根幹のところは決して変わらないということをディックが強調したかったからではないだろうか。

日本人の書かれ方が変に持ち上げられすぎてこそばゆい部分もあるが、この小説が発行された当時、1963年(東京オリンピックの一年前)の日本人はディックにはこう見えてたのかもとか色々想像して面白い。是非是非、読んで欲しい小説。

男子厨房に入るべからず?

男子厨房に入るべからずという言葉があります。

女性が料理し、男は食べるだけというのが、日本の伝統的家族生活であるという印象を、この出典不明な言葉は作り上げてきました。

で、今、はゆまの手元には「幕末下級武士の絵日記」という本があるのですが、このなかの絵を見ると、男は厨房に入りまくっています。別に厨房でなくても縁側に長火鉢を置いて豆腐田楽を焼いたり、芋汁をよそったりと、結構、昔の武士は気さくに料理したり、配膳したりしていたようです。

大体戦国時代に遡っても、伊達政宗は「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなす事である」と言っていますし、由緒正しい室町武士の気質を残した細川幽斎も料理が大好きでした。イメージと違い、武士はひょこひょこ厨房に顔を出していたようです。

ただ、これまたはゆまの手元にある「中世の家と性」という本によると、厨房のなかに男女共いる場合、まったくジェンダーがなかったかというとそうでもないようで、野菜や果物は女性が小さなまな板を使って切り、肉や魚は男性が大きなまな板を使って切っていました。そして煮炊きなど火を使うのは女性で、意外なことに、お櫃を手元に置いて家族全員にご飯をよそってあげるのは男の役割でした。

「かぁちゃん、おかわり!」

じゃなく、

「とうちゃん、おかわり!」

だったのですね。

何にせよ、家事は男女分担というのが、実は日本の古きからの伝統でした。

じゃぁ、いつから男子厨房に入るべからずになったのかというと、どうも明治時代からのような気がします。男が女に厨房での仕事を押しつけたというより、富国強兵を国是とした近代国家が厨房から男を取り上げたのですね。

なので、男が料理をするのは草食化でも新しい家族の形でも何でもなく、長いスパンで日本の歴史を見ると実に当たり前な、むしろ保守回帰なことだったりするのでした。

読書会

友人のTさんが、大阪文学学校の生徒さん達六人と、はゆまを囲んでの読書会を開いてくれた。場所は、天満橋のエル大阪。一度に複数の読者さんに囲まれて、自作について、やいのやいの言われるというのは、デビューして初めての経験。かなり緊張した。

皆様、純文学が中心の文校で、頑固にエンタメを志望し続けてきたという方々。全員はゆまよりも年配で、なかには地方の文学賞を何度も取ったという方もいた。選りすぐりの古豪が集まったという感じだ。

当然、読書会の合評も、ありがちな花相撲的なものにはならなかった。いろいろ突っ込んだ質問もされたし、鋭い指摘もあった。皆さん、文校で、自分も創作し、合評を重ねてきた方たちなので、大変有意なものばかり。セッセとメモを取らせてもらった。

はゆまからデビューの軌跡や、創作のヒントを学ぶという趣旨だったらしいが、あまり大した情報も伝えられなくて申し訳なかった。どちらかといえば、こっちの方が学ぶことが多かったように思う。おまけに、合評の後は、おいしい料理とお酒をごちそうになってしまったし……また、どっかでお返しさせてもらいたい。

しかし、大阪は、はゆまが学んだ「玄月の窟」含め、いろいろな小説教室もあれば、大阪文学校もあるし、同人活動も盛ん。出版社はほとんどないとはいえ、意外と文学活動のすそ野は広いんだなと思った。何ができるというわけでもないが、自分はそのすそ野の村で育ったという意識もあるし、どんな形でもいいから少しずつ恩返ししていきたいものだ。
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三国志連載小説
花武担 花武担
プロフィール

黒澤はゆま

Author:黒澤はゆま
歴史小説家。はゆまは古語で「早馬」「報せ」の意味。小説のことや歴史のこと、また日々の徒然のことを、「報せ」ていこうと思います。三国志を舞台にした小説「花武担」連載中。

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